18-10
「酷くありません。寧ろ酷いのは下手すれば貴方の方かもしれませんよ?」
羽田の目つきが鋭くなった。
「で、やっぱり話してはくれないんですね?貴方の事は」
「……そうだな。機関の軸に触れるかもしれん」
「軸?それってどう言う――」
「あ、やべ!そろそろ寝ないとなー!明日も送迎あるしなー!!」
わざとらしい大声を出して牙谷は強引にその場を去った。
その姿を羽田は呆気に取られて暫く固まっていた。
(……軸?牙谷さん、貴方に何があったと言うのですか?)
羽田の内で疑問が深く減り込む。
しかしてその減り込む疑問の種は最後まで取り除かれる事はなかった。
翌朝。
陸島はいつも通りに牙谷の運転する車に乗って学校近くまで送ってもらう予定だった……のだが。
「なんで寝不足なんすか牙谷さん」
呆れた顔で運転席に着いていたのは爪島。
一応彼も運転免許は持っている。そして助手席には牙谷が座っていた。
「やースマン。ほら、遠足とかあると人間寝れなくなる時あるじゃん?」
「遠足!?」
無論、大人の牙谷にそんなイベントがあるわけない。
そしてしばらく沈黙が走る。
(うーん……坊ちゃんが黙ったまま……こりゃあ顔には出さないけどやっぱりダメージ大きかったんですかね?)
車はそのまま学校近くまでに差し掛かる。
その間、後部座席に座っていた陸島は黙ったままだった。
「それじゃあ今日の送迎はやる手筈になってますから。帰りはまたこの近くで暫くいるっすよー」
爪島が説明するも陸島は終始口をつぐんで黙ったままだった。
重い空気が車内に流れる。
(うーん……何か手はないものか)
車を歩道近くに停めて、ハザードランプのついた車内から陸島は何も言わずに出て行った。その背中を爪島は気まずそうに見ていた。
「ありゃー……こりゃ思った以上っすね」
「……言葉にせずともってことか。まいったな」
「牙谷さん。一度ちゃんと話してみてはいかがです?今日、自分に今後坊ちゃんの面倒を見るにあたってのイロハを叩き込むのも大切っす。でもちゃんとお話ししてからでも良いかと」
「ああ、うん。一応やることは昨日のうちから進めてる。話は坊ちゃんが帰ってからでも良いだろう」
「それで良いっすよ。そうそう羽田は運転免許持ってないんですけど、取らせた方がいいっすか?」
車を家のある山の方へ向けて走らせる最中に爪島は今後の陸島の面倒を見るにあたって、質問を始める。
「ああ、時間があればでいい。それよりお前らは疑問に思わなかったのか?」
「何がっすか?」
「……鉄明坊ちゃんだよ」
車の中は重い雰囲気の元がいなくなったにも関わらず、また空気が重くなろうとしていた。
「この任務、陸島鉄明という人物の護衛というのが表向きの任務だ。それで何か引っかかった事はなかったのか?」
牙谷は疑問点がなかったのかを爪島に問う。
「引っかかりっすか……うーん。普通の子供に見えなくもないっすよ?それに坊ちゃんと一緒にいるのは楽しいっす。悍ましい魔女やクズどもを相手にしないでいいのは楽ですよ?最初はちょっと気の抜ける任務かなって思いましたけど、相手が相手だから合わせたりするのに最初は苦労しました。でもやっぱり楽しいに尽きます。あ、羽田は違う意見を出すかもしれないので俺の意見としてください」
「おう。組織や悪しき魔女との戦闘ではなく、裏方の事務員みたいなことさせてスマンとは思ってるさ。だがこれも魔女と眷属達の仕事だとは思ってるさ。将来はきっと坊ちゃんも……」
何かを言おうとした牙谷はしばらく固まっていた。
「どうしたんすか?牙谷さん?」
「……なんでもねえ。俺って悪いやつだなって」
「そっすね。悪魔っす」
「酷くないか!?二人揃って!」
「そりゃあいきなり消えますって言われたらそうなるっすよ。特にまだ幼い坊ちゃんには効いたでしょうね」
「ああ、うん」
車は街から山道に入ってそのまま橘樹邸まで進んで行った。
その合間に牙谷は別れるまでに何をしてあげるべきか悩んでいた。
「え?出張?」
「ああそうだ」
その日の夕方。
沼野の父の書斎で慌ただしく動く沼野の父は自分の息子を呼び出して自分の予定を早々とだが説明していた。
「仕事でな。遠くに行くことになった。言っとくがその間、勉強の手を抜くなよ?渡した問題集のノルマをこなせよ?」
「……はい」
「声が小さい!!」
「はい!!」
機嫌の悪い父に振り回される沼野の表情は萎れた花のようだった。
その時、玄関のチャイムが鳴り、来訪者を告げる。
(誰だろう?)
「夏久。出てこい」
「あ、はい」
リビングの方に急ぎ、壁に設置されたインターホン越しの相手を確認できるモニターから相手を見た。モニターから見えたのは一人の女性だった。おろし立てのようなベージュのスーツを着た黒く長い髪の若い女性。沼野から見れば母より若いというくらいの歳に見えた。
「はい」
「こんにちは。沼野弁護士の事務所で勤めている留目といいます。えっと……お父さんはいるかな?」
向こうからすれば相手が誰かわからなかったが、声からして子供だと推察したのか、モニターの中の女性はそう答えた。
「あ、ちょっと待ってください」
また急いで沼野の父のところに向かう。
「父さん。留目って女性の人が――」
「何?わかった。すぐ行く」
書類整理をしていた沼野の父はその書類をすぐに置いて息子を払うようにして部屋を出て行った。しばらくして二人は戻ってきた。互いの表情は明るく、笑い合っていた。




