18-9
「ふむ……であればこの家を去るのはそう遠くはないでしょうね」
羽田の推測に陸島は渋い顔をした。
「来月?それとも再来月?」
「わかりませんが……嫌ですか?あの人がいなくなるの」
羽田の質問に陸島は暫く顔を俯かせ、彼は間を置いて答えた。
「父親のいない俺にはアイツが父親代わりだったところもあったからな」
父親代わり。
陸島のその言葉に牙谷は心を裂かれる感覚を覚える。
「なるほど。確かに親がいなくなると考えれば嫌になりますね」
「ああ。お前たち二人は……なんだろうな。親戚のいとことか?」
「ふふ。私も爪島もまだ若いですからね。父と母というにはいささか早いといいますか」
「ああ。家族がいなくなるっていうの今まで考えたこともなかったよ」
陸島が見せる寂しい表情を見た羽田は、彼に近寄ってそっと頭を撫でる。
陸島はこれを拒むことはなかった。
「でもいつかは坊ちゃんも一人になります。勿論悪い意味ではありません」
「どういう事だ?」
「独り立ちと言いましてね。要するに親元を離れて一人で暮らすことです。私も爪島も、牙谷さんもそうでしたよ」
「じゃあこれは自然なことなのか?」
「はい」
羽田は首を縦に振って答える。
(独り立ち……か)
牙谷はまだ物陰に隠れて話を耳にしていた。
陸島の独り立ち。それに関してはまだ早い気がしていたが、いずれは来るものだと考えてみると牙谷の胸中には何か寂しいものが広がっていた。
「なので坊ちゃん。牙谷さんがいなくてもあの人に依存しないように生きていくことも大切ですよ」
「……ああ。そうだな」
「明日もみんなで運動です。いつも通りに運動に励みましょう。だから今日はもう寝た方が良いかと」
「そうだな。ところで羽田。ちょっとこれを見てほしいんだが」
「はい?」
陸島は手に持っていた紙を羽田に渡した。
羽田はそれを手に取ると、じっと見つめだす。
「……宿題ですか?」
「ああ。先生はテーマをこのタイトルで出してきたよ」
「そうですか……このまま書けそうですか?」
羽田の目はどこか心配そうであった。
「書くさ。それで提出する」
これに対し陸島はきっぱりと答えた。
その表情には曇り一つなかった。
「良い文章が書けるといいですね。で、見た感じですが――」
羽田はあれやこれやと陸島にアドバイスを始める。
陸島はそれを全て否定することなく受け止めていた。
「――というのはいかかです?これなら問題ないかと。勿論難しいようでしたら、今のは無視していいですからね?」
「いや、やってみるよ。ありがとう」
「いえいえ。ところで明日はみんなでランニングです。その後は弓道をやるので今日はもう早めに布団についてくださいね?」
「わかった。お休み」
「はい。おやすみなさい」
陸島はそのまま自分の部屋の方に向けて歩いて去っていった。
羽田は彼をはにかんで見送る。
(なんだ最後の?宿題の相談か?)
「で、いつまでそこに隠れてるんですか?」
「……ばれてる?」
「バレバレです。私と鉄明さんが話をし始めたあたりから」
ひょこりと姿を見せる牙谷。
羽田は呆れた顔で彼を見ていた。
「そんな嫌なもの見る目しなくても――」
「どうして説明しなかったんですか?」
「……すまん。機関からのトップシークレット扱いなんだよ」
「……貴方本当に何者なんです?」
羽田の牙谷を見る目はますます厳しくなった。
それに対し、牙谷は申し訳ないという顔で返す。
「いやまあ何というべきか。とにかく時期が来たら説明するさ。それまでは我慢、な?」
「まあいいですよ。それで鉄明坊ちゃんの方ですが、貴方が離れることになっても面倒を見ることになってます。長くても多分あと六年くらいですかね」
「六年?そんなにいる気か?」
「まあ護衛ですから。牙谷さんは坊ちゃんについて何か聞かされていないのですか?」
「それもトップシークレット扱いって言ったらどうする?」
「どこまで訳ありなんですか貴方たち親子は」
「親子ってなあ……」
「坊ちゃんはそう思ってるみたいでしたよ?」
羽田は陸島の歩いて行った方に目を向けた。
「そうか?普段からあまり慕われているって気はしてなかったが」
「作文で色々書いてましたよ?」
「作文?」
「ええ。学校で先生に出された宿題だそうです」
羽田は先ほど陸島が見せてきたものについて説明を始めた。
陸島はその日、学校で宿題を出された。作文だった。テーマは家族。家族について書くように言われたのだ。
「私たちの事を書いてましたよ。ああ、親父さんとかも書いてましたね。特にあなたの事について書かれてました。幼少期から車を出してもらって送迎に始まり、ファミレスや旅行、ドライブとかに連れ出してもらって嬉しかったと。そうそう。運動の時も一緒にやっててそれも書いてました。私も爪島も兄や姉のような存在だと書いてましたね。でも一番よく書いてあったのは牙谷さん。貴方でしたよ」
「……そうか」
「お別れがいつになるかはわかりませんが、今やれることをやりましょう。悔いのないように、ね?」
羽田は牙谷ににこやかにアドバイスをする。
牙谷は静かに涙を流した。
「慕われてるって……いいもんだな」
「涙拭いてください。鼻水も。今の牙谷さんを坊ちゃんが見たら失望しますよ?もう私はしてますが」
「酷くないかお前!?」




