18-6
「なるほど。ひょっとしたら知らない大人ばかりの環境だったから話が進まなかったのかもしれませんね」
「……だろうな。何より親をいきなり失ったんだ。そりゃあ気の毒な話だ」
「ええ。気の毒ですよ、本当に」
陸島は廊下を歩く途中で自分の部屋の隣でスーツの男たちがわっせわっせと荷物を運びだしているのを目撃した。スーツの男たちは埃にまみれた道具類を掃除しつつ、別の場所に運び出そうとしている。
「そういや……隼人だっけ?あいつもここに住むのか?」
「それなんですがね。どうやらこっちに住みたくないって駄々こねてて。住んでたお家を離れたくないって言ってるんです」
「ふーん……」
子供の部屋として使えるようにせかせかと働く大人たちを見つつ、陸島はしばらく考え込む。
「じゃあさ、そうしてみたら?」
「といいますと?」
「爪島と羽田の二人に頼んでしばらくその家に住んでもらう。小学校を卒業するまででいいからさ。その間は今までと変わらない生活が出来るじゃん」
その提案の最中、陸島の脳裏にはある言葉が浮かんでいた。
――お前んち、危ない人たちの集まりだってマジ?
その言葉は一年以上前に沼野の仲間に言われた言葉だった。
(この家の人間の事は俺もよくはわかってない。親父から聞いた限りじゃ各地の孤児院や事業に人を送っているって言ってたけど。ここの人達が悪事に手を染めてる様には見えないんだよな……)
「なるほど。親父さんに相談してみますね。坊ちゃんはいいんですか?」
「え、なにがだ?」
陸島が考え込んでいると牙谷が心配そうに問う。
「二人ですよ。爪島と羽田。しばらく離れますよ?」
「良いよ別に」
牙谷の疑問に陸島はすぐに答えた。
「わかりました。坊ちゃんの優しさで親父さんを動かせないか、俺が掛け合ってみます」
笑って親指を立てて、牙谷は陸島の下を離れた。
「優しさ……ねえ」
陸島はその言葉にしばらくじっとしていた。
まるでその場にはあり得ないものが見つかって驚いて固まっているようだった。
――隼人に関しては最初に出会った時、ひどく泣いていたのをよく覚えてる。だから俺は手を伸ばすことにした。外の家族を、血のつながりを持っている連中とは違ってそいつは無くしてしまった方の人間……俺に近かった。怒鳴って追い払おうと考えていたけど、それじゃあ俺の事を親がいないとなじる連中と一緒だ。だから俺はあの時、手を伸ばしたんだろうな
「というわけです。親父さん。少しばかり猶予をくれませんかね?」
「ふむ……」
橘樹龍弦の書斎にて。
にこやかに笑う牙谷の報告を聞いて、龍弦はしばらく考え込んでいた。
「そりゃあまあ悪い話じゃないが、鉄明は大丈夫なのか?」
「大丈夫でしょう。坊ちゃんももう小学四年生ですし」
「ふむ。あいわかった。手を打っておこう。小学校卒業するまでならいいんじゃないか?」
「おお、それならちょうどいいですね。そのあたりでこっちに来てもらう算段ですか?」
「ああ、ただ爪島と羽田は二週間くらい、そこにいればいい。後はこっちで手配した連中に面倒を見てもらうさ」
「わかりました。話の方はまとまったら鉄明坊ちゃんにも伝えます」
「おう。それにしてもあの鉄明が人に手を差し伸べるたあ、珍しいな」
「ええ。坊ちゃんも成長しましたよ本当に!」
「嬉しそうじゃないか牙谷」
尻尾を振って喜ぶ犬のように牙谷は目を光らせて喜んでいた。
龍弦もまた笑っていた。
「学校じゃずっと一人だって聞いてたもんで。誰かが話しかけてもしかめっ面でいつも読書ばかりで。友達は作らないのか聞いたらいらないだろって言うもんですから。このままだと意地悪な大人にならないか心配だったんですよ」
「ああ。とにかく隼人の件は任せろ。お前は鉄明を引き続き頼む」
「了解です!!」
元気に返答する牙谷。
この後、陸島の提案でしばらく橘樹隼人は元の家で住むことが可能になった。二週間の合間、爪島と羽田を隼人の方に向かわせて陸島はしばらく牙谷だけが付いていた。
ある日、学校に牙谷が運転する車で向かう途中で陸島は牙谷に質問する。
「で、どうだ?あの隼人って子は」
「ああ、どうやら今はだいぶ落ち着いたらしいです。両親の死からさらに、家から離れるって聞いて最初はだいぶ泣きじゃくっていましたけど、今は元居た家にいることでどうにか落ち着いている状態ですね」
無理もない、幼くして両親の死に立ち会ったのだからと陸島は心の中で彼の状況を振り返る。
「二人からの報告だと、また坊ちゃんに会ってみたいそうですよ」
「俺にか?」
「ええ。今度会いに行きます?」
「……わかった。いつになるかはわからないが多分あの家に来るんだろ?」
「はい。小学校卒業と同時に来るそうですよ」
牙谷から隼人の今後について聞くと陸島は『そうか』と返答した。
「あ、学校着きますよ」
彼の事よりも自分の事。
陸島は今日も車を降りて学校に向かう事にした。
(まあアイツには友達というか仲間くらいならいるだろうし。俺には牙谷たちがいるからいいが――)
車を降りて牙谷に『行ってくる』と言って昇降口に向かう。
そのまま教室に入る。陸島が教室内に入るといつも通り、周囲の声が少し小さくなった。その前に彼に視線が向けれていた。その目は軽蔑というよりクマやイノシシを見た時のような色が含んでいた。
「うわ……出たよ……」
近くの女子二人が陸島の耳に届かないくらいの小声で話す。
「やめなよ。クラス替えまで我慢しなって。こっちから何かしなければいいんだから。沼野君が去年喧嘩して思いっきりボコスカやられたじゃん」
「でも沼野君、仲間連れてアイツをやろうとしたんでしょ?」
「黒いスーツの人達がいつもいるのよ。そいつらに何かやられたのよ。ほら、沼野君次の日に顔にあざ会ったじゃん。あれ本人何も言わなかったけど絶対そうだって」
陸島の耳は届いていないわけではないのだが、ぼそぼそとこちらを見てその口から出る言葉は陸島にとって気味が悪く、舌を打たざるを得なかった。同時にその声の方をじっと怒りで見る。
「ひっ」
思わず口をつぐんだ。
このようなやり取りは実はすでに何度もあった。
(ったく。このバカバカしいやりとり何度目なんだか……)




