18-2
ちなみにインフィールドフライというのは野球の用語で、ノーアウト、もしくはワンアウトの状態で走者が一塁と二塁にいる状態もしくは満塁の状況にて審判が判断するフライ。打者が打ち上げた球が普通の守備行為を行えば、捕球できると審判が判断した場合、これがインフィールドフライになるのだという。
「陸島くんは色んなところに連れてってもらって良かったですね。それじゃあ次の子の日記ですが面白いところがあって――」
先生の夏休みの宿題の評価はしばらく続いた。
にこやかに笑いのあるクラス。その片隅で一人の生徒が淀んだ目で陸島を見ていた。
(ふざけんな……)
陸島と同い年の幼い彼の顔には怒りが見えていた。
でも誰もそれを見てはいなかった。
そして秋が来て、冬が来る。
その間、陸島はクラスメイトの誰かと仲良くすることはなくずっと一人でいた。家に帰れば牙谷を始めとした家族代わりの頼もしく、優しい大人達がいたからだ。彼らがいればそれでよかった。幼稚園での記憶もあって彼は誰かと仲良くすることはなかった。
時の針は進んで陸島が小学三年生になった。
クラス替えもあった年。陸島も成長していたがやはり基本は一人。そうしている彼には色んな意見が来た。
ある者はミステリアスに見えるとか、実は王子様じゃないのかというものもいた。これは陸島が普段から静かに一人でいることや本を読んでいることが多いこと、さらに牙谷を始めとした迎えの大人達の存在が大きかった。
またある者達には良くない目で見られていた。
――金持ちなんだろあいつ?だから親が家にいないんだ。本当にいないらしいが、知らねえよ。いつも一人で楽しそうにしてるのがむかつく。
金持ちのドラ息子というレッテルを貼られていた彼にいたずらを仕掛ける者達もいた。しかし当の本人は気にすることなく日々を送っていた。たとえ作った図工の作品を壊されようが体育の時間にわざと攻撃されても、何も気にはしなかった。
「なあ、あいつおかしいって。沼野、あいつが気に食わないのはわかるけど、何かやばいんじゃない?」
「だな。積もったあたりであいつが反撃して来るかもしれないぞ?金持ちってのマジらしいし」
沼野とその仲間達が昼休みの最中にそんな話をしていた。
「じゃあいいよ。俺一人でやるよ」
「冗談。でもどうすんだ?」
「無視できないことにしてみようぜ!」
沼野はニヤリと笑った。
そしてある日のことである。陸島が帰ろうとした時、自分の下駄箱を開いた。
「あれ……?」
手に取った靴には泥が詰められていた。
当然靴表面も泥まみれ。
「誰だ……これやったの」
ひとまずは昇降口付近の水道で水を注ごうと水道に近づく。
「あ、いけないんだよ?そこで洗うのは?」
にかにかと笑って出てきたのは青いシャツの男の子。名前は沼野。
さらにその背後には数人の男子生徒。いずれも陸島と同じ年代の生徒だ。
「じゃあどうすんだよこれ」
手に持った汚れた新品のスニーカーを呆れたように陸島は見る。
「しらね。そのまま履いたら?」
笑う生徒。陸島は汚れた靴を見て察した。
――こいつか
即座に行動を起こした。
瞬時に飛びかかって陸島は彼を殴り倒し、大声と同時に彼の顔に蹴りを数発叩き込んだ。
「痛い痛いイダイ!!やめ――」
謝罪の声を聞く間もなく彼はとにかく攻撃を続ける。
「や、やべ――」
真っ赤に怒る彼を止めに入ったのは呆気に取られていた沼野の仲間達。大慌てで一斉に陸島を掴んで引き剥がし、怪我をする沼野によりかかる。
「大丈夫か沼野!」
「てめえよくも!!」
一人よりも二人。二人よりも三人。
暴れる陸島は沼野の仲間たちに簡単に止められた。
「いまだやっちまえ!!」
「金持ちだかなんだかしらねえが生意気なんだよお前!!」
一斉に彼を床に倒すと、仲間達は一斉に彼に罵倒と蹴りを浴びせる。立ちあがろうとする彼を立たせまいと蹴りを浴びせ続けた。それが騒ぎになって一人の先生がその場に急いで駆け寄った。
「何やってんだお前ら!!」
「げ、先生だ!逃げろ!」
一目散に逃げる彼ら。陸島は身体中に蹴りを浴びて服も汚れ、顔も腫れていた。それでも致命傷に至ることはなかったのか、なんとか起き上がれていた。
「ま、待ちやが……れ」
膝から崩れて倒れる。
先生は陸島に駆け寄った。
「おい大丈夫か。おい――」
「で、どうなんだ実際は?なあ?」
「く……靴にイタズラしました。俺がやりました!」
震える声によって次に陸島が目を覚ました時は保健室の天井を目にしていた。
慌てて起き上がると所々の痛みを感じ、顔を歪ませる。
「あ、無茶はダメっすよ坊ちゃん」
近くに座っていた爪島が陸島に寄り添って傷の具合を見る。
陸島が視界を震えた声の方に向けるとそこには顔に絆創膏を貼った震えている沼野と彼に質問している鬼のように険しい顔の牙谷がいた。
「他にいたのは?誰かいたよな!」
「牙谷さん。小学生相手に凄むのはちょっと――」
「テメェは黙れ!」
「……はい」
怒鳴る牙谷に縮こまる爪島と沼野。
保健室の中に羽田が入ってくる。
「牙谷さん、その辺で。やった連中についてはこっちで調べておきますから」
「……ああ。大丈夫ですか坊ちゃん?」
陸島に近づく牙谷。
怪我の具合を彼はじっと見ていた。
「問題なければ帰りましょう。こんなところにいないでお家に、ね?」
「……ああ」
陸島は首を縦に振った。
そしてベッドから起き上がって沼野を見ることなく、そのままきばたにたちと一緒に帰っていた。
一人残された沼野はその場にへたり込んでしまう。
「なんだよ……あれ。ふ、普通じゃないって」
怯える沼野の脳裏には怒る牙谷の表情が深く深く刻まれていた。




