18-1 Five yeas ago -頼もしきものたち-
そして陸島鉄明は一年生になって夏休みに入る。
まだ暑い日差しが照り付ける外とは反対に涼しさ満ちる宿舎にて牙谷と爪島が学校内での陸島についての話をしていた。
「え?鉄明坊ちゃん、学校じゃいつも一人なんですか?」
「ああ、そうみたいだ」
牙谷が学校の陸島の担任からの報告を受けて、それを爪島に教えていた。
心配そうな目をする爪島に牙谷の方はまたかという顔をしていた。
「大丈夫なんすかねそれ」
「わからない。だがこのまま俯いた人生送るというのはどうかと思うんだよな。爪島は?」
「そうっすね。俺も同じ意見っす」
「だな。よし、そうと決まれば予定を立てるか。思い出作りくらいなら親父さんも悪い顔をしないだろう」
「おっけーっす。じゃあ羽田には俺から伝えておくっす」
「おう、頼んだ」
スタスタと去っていく爪島の背中を見て、牙谷はオールバックにしている髪を壊さぬように触れる。
(ああ、宿題も自分でやるように言わないといけないよな。それに思い出作りか。親父さんに許可取るためにもまずは)
照りつける日差しで流れていた汗。
クーラーが効いているとはいえ、まだ暑さが身体に残っていた。
(今頃向こうも夏休みか?大丈夫かなあ……)
脳裏によぎる不安。
考え込んでいた時だった。
「牙谷」
声がした方を向く。
そこには陸島がいた。
「爪島に聞いた。どこか行くのか?」
「え?ああ、恐らくですが。家と学校だけじゃ退屈でしょ?それで親父さんに相談して出かけようって話です。ちなみにどこか行きたいところはあります?」
「……じゃあ海。夏休みの宿題で日記書くことになってるから何か書きたい」
「わかりました。しばらく待っててくださいね」
牙谷は笑って答えた。
やがてその日の夕方に橘樹が戻り、牙谷は彼に相談を持ち掛けた。
「遠いところにお出かけ?いいぜ。旅行でも何でも行ってこい。家にいるばかりじゃダメだ。でもレシートや経費や全部報告しろよ?特にお前ら中心で買い物してたら説教もんだからな」
橘樹龍弦の書斎にて二人は陸島の夏休みの予定について相談していた。
橘樹はおおむね了承しており、難色を示すことはなかった。
「といいますと?」
「酒、たばこ禁止」
「……まあそれくらいなら全然」
「爪島と羽田にも言っとけ。ちなみにどこ行くつもりだ?」
「坊ちゃんのリクエストで海に行こうかと。灯台が近くにある海辺がこの家からなら近いのでまずはそこで日帰り旅行でもどうかなと」
「いいじゃねえか。それ。あ、そうだ。土産もよろしく」
「ええ。検討しておきます」
「馬鹿野郎。誰が金出すと思ってんだ」
笑いながら橘樹はツッコミを入れた。
こうして陸島と牙谷たち三人の部下で夏休みが始まる。
一年生の夏。彼は海に向かった。
「おお……これが海」
車から降りて、階段を下って砂浜に吸い寄せられるように陸島は駆けだしていた。
照り付ける夏の日差し、波の音、潮風の匂い。
全てが陸島にとって新鮮だった。
「どうですか坊ちゃん。初めての海は?」
爪島が近くに寄り添って感想を聞こうとする。
「なんか匂う」
「ああ、潮風の匂いですね。慣れると気になりませんし、海に来たーって感じになるんすよ」
「なにそれ?」
「あほの爪島の言う事は気にしなくていいですよ」
羽田が呆れた目で爪島を見る。
「近くに海の家があります。そこでお昼にしましょう。爪島、分かってると思うけど酒は禁止よ?」
「わかってるって。お前こそ食べ過ぎるなよ?体重五キロも増え――」
勢いのある鉄拳が爪島を波寄せる海辺へと吹き飛ばす。
派手な音を立てて、彼は水の中に落ちた。
「五キロじゃないわよ!」
「……痩せればいいじゃん」
「ソウデスネ。ボッチャンノイウトオリデスネ」
羽田は正論に殴られてしばらく固まった。
ふと陸島は辺りを見渡した。
「あれ?牙谷は?」
「あら?どこに行ったのかしら?」
二人は周囲を見渡す。
そして打ち寄せる波を足に受けながら、茫然と立っている牙谷の姿を二人は見つけた。
「いた」
陸島は牙谷に駆け寄る。
「どうしたの?」
「え?ああいやなんでも。どうです?初めての海は?」
「匂う。でも音が良い」
「波の音ですか。良いもんでしょ?心が洗われるというか――」
そう言って牙谷は海の向こうに視線を向ける。
果てのない世界。空と海の交わる一本線が出来上がった世界にじっと目を向けていた。
「牙谷は海が好きなの?」
「……かもしれませんね」
牙谷は苦笑いを浮かべていた。
まだ幼い陸島にはその笑い方がどこか変に見えた。
――今になって思えば、アレは牙谷が誰かの事を考えていたんだろうなと察しのできる顔だった。でもまだガキだった俺には正直わからなかったが。海に連れ出してもらって、その日のお昼に食べて、周囲を歩いてはまた食っての繰り返し。その間、写真もいっぱい取ったさ。日が落ちるまで辺りを歩いたもんだ。初めて作った夏休みの思い出だからだからかよく覚えてる。帰ってからお土産忘れてたことで親父がしょぼくれてたのもな。夏休みの間、それからはよく出かけたよ。ああ、全部楽しかったさ
二学期に入り、夏休みの宿題を提出してから三週間後のこと。
当時の陸島のいたクラス担任は陸島の日記をよく褒めた。
「陸島君は休みの間、いろんなところに行ったようですね?」
「はい。海とか山とかに行きました。キャンプっていうのをやりました」
おおーとクラス中の生徒が声を上げる。
「あらいいわねー。ところでこの野球観戦って?」
「ああ、えっと……おじさんの趣味です」
クラス中に笑いが走った。
ちなみにここで陸島が言った『おじさん』とは牙谷の事である。
「なるほど。どうだった?」
「何してるのかよくわからなかったけどおじさんめっちゃ怒ってた」
さらに笑いが走る。
「まあそうよね。野球はルール難しいところあるから。インフィールドフライって何なのかしらね……」




