17-5
既に日が落ちて夕方。
屋敷から屋根のある渡り廊下を伝った先にある一つの家。そこには橘樹陸島の部屋の出入りには襖ではなく、ドアがついてあった。
「坊ちゃん失礼します」
ノックをしてから牙谷は陸島の部屋に入る。
「何?」
買ってもらったばかりの学習机の上で彼はゲーム機をポチポチと遊んでいたのを遮られたせいか、不機嫌になった。
「実は今度、新しい人が来るんです。坊ちゃんの方に」
「俺に?そう……」
会話はそこで切れる。
しばらく沈黙があり、陸島は再度ゲーム機に視線を向けようとする。
(ああ、坊ちゃんにはあまり興味ない話題か……。やっぱあの日の出来事が効いてるのかなあ……)
あの日の出来事とは牙谷がキレた日である。
あの日から小学生になる今日まで陸島は家以外の人間とはろくに会話もしなかった。園児たちはそっぽを向き、先生方も最低限の話しか彼とはしなかった。陸島もそう悟ったのか、家に帰ってはゲームばかりやるようになった。
「あれ?興味ないですか?」
「誰が来ても同じだよ」
「そうですかね?二人なんですが」
「……なんでまた?」
「坊ちゃん小学生になるでしょ?」
ここから牙谷は説明を始めた。
「親父さんが言うんです。学校からが色々大変だと。二人を鉄明の近くに置いといてほしいって。何かと入り用とかあるでしょうし。自分も度々離れるでしょうから」
「え?」
そこでピクリと陸島の眉が動く。
「離れるってどういうことだよ?お前ずっといるって話じゃないの?」
「ああ、それなんですがね。親父さんみたいに離れるわけじゃないんです。色んな人がいた方が良いって親父さんが言ってまして。今度来る二人は俺より若い……といっても坊ちゃんからしたら」
「いつ来るの?そいつら」
陸島の目は細かった。
猜疑心がそこから洩れていた。
「明後日ですね。その日は坊ちゃんの好きなファミレス行きますからそこで会う予定ですよ」
「……わかった」
陸島は嫌そうであったが、了承した。
牙谷はひとまず胸をなでおろした。
(よし……これでいい。坊ちゃんと会う機会が減っても機嫌を損ねなくて済むようにしないとな。いつかは俺も元の場所に帰るんだから)
「どうしたの?」
「ああいえなんでも。明後日はよろしくお願いしますね」
ドアとそっと閉じて牙谷は部屋を後にした。
(そういや、あの任務。家族が待ってた奴もいたな)
宿舎のある方に向かう途中で牙谷はそれを思い出す。
(生き残ったのは俺だけ。でも呪いをかけられているせいでオチオチ元の居場所に戻れないと来たもんだ)
心臓の位置から時折感じる悪意孕む痛み。
かつての任務にて、牙谷を呪いを受けていた。
(どんな呪いだよあの女……。アイツを死なせたくなければお前が死んでいればいい?クソが)
脳裏に浮かぶのは任務の仲間を殺した一人の魔女。
ケタケタと不気味に笑う表情に牙谷は焦りを覚える。
(ああもう、こうしている合間にもアイツは弱っているというのに――)
「牙谷」
声がした方を向く。
そこには橘樹が険しい顔で牙谷を見ていた。
「呪い、まだ痛むか?」
「え?ああ、大丈夫ですよ。ただ、あっちの方が心配で」
「そうか。お前にはもう少し悪いがこっちにいてもらう。でないと――」
「わかってますよ。俺は生きてるだけマシです……そのはずなんです」
「魔女機関の方から大体の事情は聞いているさ。お前がかなり上級の任務についていたこと。家族が危機にさらされている事。その危機が去るにはあと九年くらいか?」
「はい。向こうが安全になる条件があるのならば、この家に来てから計算で約十年あれば呪いは消えるかと。本当は急いで消したいから調査を依頼してるんですけど多分それでもまだかかるって話でした」
「呪いってのは心臓以外にはあるのか?」
橘樹の質問に牙谷はこう答える。
「いえ。心臓だけです。魔女の話によれば複雑な構成をしているみたいで時折痛みが走るんですが、それ以外はとくには。でも解除にかかった魔女の話によれば、俺の呪いは恐らくある一定の他社とのかかわりで発動するらしく、厄介なのは何が起きるのかがまだわかってないんです」
「……爆発するとかか?」
「ありえますね。それ。なのでしばらくは機関と話をした結果、この竹月組で静かな任務をやってると良いってなりましたね。敵の目もあるかもしれませんが、少なくとも呪いと放ったやつのセリフからしてここで坊ちゃんの護衛してれば問題はないと思います」
「ふむ。お前はその呪いを放ったやつを覚えているのか?」
「はい。それは――」
直後、ずきりと心臓が痛む。
「う……」
痛みに思わず牙谷は顔をゆがめた。
それを見て橘樹は目を見開く。
「大丈夫か?焦るなよ?帰る場所に帰れなくなる」
「ええ。すみません。ご心配をおかけしました」
牙谷の心臓の呪いは未だ溶けずにいた。不安を抱えながらもその時は来る。
二日後の昼、牙谷と幼い陸島は車でファミレスに向かった。 ファミレス『さがみや』は幼い陸島にとってお気に入りの場所だった。店内の装いは和風を意識しているのか、靴を脱いで座る座敷型の席もあるお店だった。食事も和風だけでなく洋風も中華もあるメニューが人気だった。
「着きましたよ。坊ちゃん」
車から降りて牙谷は後部座席に座っていた陸島に声を掛ける。
陸島はその間、寝ていたようだ。
「ふわあ……おなかすいた」
「ええ。それもありますが今日は他に予定があります。二人がもう少しできますよ」
やがて来るその二人。
そこで陸島が出会った二人が後に彼にとってかけがえのない者達になる。
「どうも。羽田と言います。貴方が鉄明君ですね?こんにちは」
席にやってきたスーツを着た女性は笑顔で陸島に挨拶をした。
彼女の名前は羽田由香。魔女である。
「自分は爪島って言うっす。これからよろしくお願いします!」
元気に挨拶をした男性は羽田の隣に座った。
爪島昭仁。羽田の任務における相方である。
「……よろしく」
陸島はその間、メニュー表に釘付けだった。
「ああ、話は聞いてると思うが牙谷牧久だ。今日から鉄明坊ちゃんのお目付け役としてよろしく頼む」
「ええ。お話は聞いてます。色々あるみたいで……とにかくしばらくの間はお任せください!」
「俺も力になるっすよ。何せこの羽田って人、おっちょこちょいの足太女で――」
「ぶち殺すぞ」
「すみません」
足が太いことを気にする女子は少なくはない。
そんなやりとりの最中で陸島はメニュー表を見て牙谷にお願いをした。
「あれ、無視?」
「足が太いって子供からしたらわからんぞ?」
牙谷のツッコミで羽田は気づく。子供である陸島にとって足の太さより今日のメニューをどれにするかが優先されたのだ。
羽田はしばらく足の太さを気にしなくていいのかと安堵の表所を浮かべた。




