16-4
(なんだ?コイツ何をする気だ――)
封印の詠唱を唱えていた最中、根岸の視界は閉ざされて真っ暗になった。
「え!?」
慌てて首を右に左に、周囲を見ようと必死に動かす。
しかし根岸の世界は依然暗いまま。
「なんだ!?何が起きた!?」
「そう慌てなくていい。さあ、見ろ」
声がした。鉄の精霊の声だ。
その声が聞こえてしばらくして根岸は自らが何かに引き寄せられる間隔を、意識を引っ張られる感覚に襲われる。
「ううっ……!?」
そして次の瞬間、根岸の脳裏にそれは叩き込まれる。
――お前の家族には死んでもらう。俺の家族を殺した仲間の家族なのだからな!
――罪を償わせる方法はただ一つ!処刑だ!!
――コイツは魔女だ!違いない!!今はそれが嘘でもいい!!コイツのせいかどうか確かめるためにもコイツは殺さなくてはならないんだ!!
――ぎゃはは!!これだから人を斬るのはやめらんねえ!!
「うう……ああ!?」
根岸は脳に送られてくる情報によってひどくもがき苦しんでいた。
家族の仇として、ナイフで切り刻まれて殺される兵士の記憶。
縛られた男に光る処刑の斧が向ける処刑人の記憶。
魔女狩りに鼻息鳴らして少女に槍を向ける男の記憶。
罪なき者を刃物で切り刻む殺人鬼の記憶。
「なによ……これ!?」
「死に際に血を啜った鉄が見た光景だ。そしてこれが――」
さらに記憶の群れは根岸を押しつぶすかのようにそのすべてを突き付ける。
――やめろ!!俺は誰も殺しちゃいないんだ!
――ふざけるな!税金を減らしてほしいってだけだったのに!
――違うわ!!私は魔法なんて使えないのに!!
――痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
根岸はのたうち回るように苦しんだ。
家族の絶叫を聞きながら死んでいく妻と子の最期を見る者の記憶。
横暴な領主の為に立ち上がった結果、処刑される市民の記憶。
槍を向けられて泣き叫ぶ、魔術使えぬ少女の記憶。
そして四肢を、皮膚を切り裂かれて死んでいく罪なき人の記憶。
その全ての憎悪と痛みが一斉に根岸の脳内と全身に駆け巡って彼女を無数に引き裂こうとしていたのだ。
「我は知っている。人間とは欲望によって動く者。人間とは憎悪によって正義を決める者。人間とは正義の為に戦い、正義を利用するもの。そして人間とはその始原たる欲望に強く動かされるもの。それがたとえどれだけ悍ましいものであっても」
鉄の精霊は自身の振るう鉄にしみ込んだ血と憎悪より人間について学んだ。それによって人間の形というのを自らの内にその形によって確かにしていた。欲望を至上とし、その下に正義を築くのが大好きな存在であるものだと。
「さあ、受け取るが良い。人間の正義を、詭弁を、痛みを」
振るわれた記憶はこれだけにあらず。
人の歴史は古く、鉄を使い始めた頃に至ってもそれは同じ。
切り裂かれた者、叩き伏せられた者、貫かれた者。
今日までに響いた全ての断末魔がそこにあるわけではなかったがそれでも一部だけでもその形は大きなものであり、根岸達エメラルドナイフを苦しめるには十分すぎる量であった。
「おい!あれ!」
鴉田が指さした先で、エメラルド・ナイフの一行が地面に落ちてもがき苦しんでいた。ある者は叫び、ある者は気絶し、またある者はそれでも立ち上がっていた。
「ほう。どうやら強者のようだな」
根岸を見て鉄の精霊は笑った。既に精霊の周囲には封印の魔術の軌跡はなく、自由の身である状態であった。
一方の根岸はその足を生まれたての小鹿のように震え、立つのがやっとの状態だった。それでもその手には封印の木札が握られていて、戦う意思はまだ消えてはいなかった。
「ええ。これでもリーダーやってるからね」
「すばらしい。では死んでもらおう」
鉄の精霊が右手に魔力を集中させる。
黒く淀んだ泥の群れがその右手に集って、そして一振りの刃が生まれる。それは刀というには太く雄々しく、長さもまた刀というにはあまりにも大きかった。
「喜べ。貴様はこれで葬ってやる」
鉄の精霊が向けるその刃は白く煌めいており、武器というにはその輝きは眩しい物であった。
「……こ、光栄じゃないか。それは」
「ああ、ではさらばだ」
精霊は振るう。重く輝くその刃による一撃を。
根岸はひざを折ってそれを受ける以外なかった。
「やめてーっ!」
相原は叫ぶ。しかしてそれで止まることはない。
それが言葉で止められるものなら、すでに世界でいくつもの凶刃は止まっているのだ。
ならばそれを止める方法があるとしたら。
「はい、そこまで」
刃が根岸の頭部を真っ二つに裂く直前、その刃に無数の根が絡んで止まる。
黒く輝く杖を持っていた一人の魔女がそれをやめさせた。相原以外にもそれを振るえる者はいたのだ。
「うわ……こりゃあ一体何なんです?」
「いいから布塚は動けない人を担いででもなんでも避難させて!」
「は、はい!!」
闘技場に入り込んで来たのは二人の魔女。
「あれは……確か布塚さんと……三田川さん!?」
蛇島は目を見開いた。
未だ魔術師見習いとしての彼の目でも、はっきりと見える三田川杏美の持つ魔力の流れ。轟々と彼女を中心に溢れる魔力。歩き出す彼女の足にはいつもの穏やかさはなく大地を踏むというより踏みしめるかのような勢いがあった。
そこにいた三田川はいつもの優しい男子寮の管理人の三田川の雰囲気が完全に消滅していたのだ。
その手に盛った杖は相原と同じような上級者の振るう杖。そして三田川本人は威圧をまき散らし、来るものすべてをねじ伏せるような目の色をそこに見せていたのだ。
「ああ、そうか。いたのか『暴虐の英雄』が……」
「その呼び名やめてほしいんだけどね……まあいいわ――」
根岸の言葉を否定しつつ、三田川は鉄の精霊に向けて杖を構える。
精霊は根に絡んでいたそれを全て振り払って、睨む彼女に視線を合わせる。
「選手交代。こいつは私が抑えるから」




