15-7
(どうするこの状況)
囚われの陸島は必死に暴れてその中からの解放を力によって望んでいた。
しかし根は一切彼を解放しようとせず、ただ締め付けをさらに厳しくする。
(くそ……他に手は――)
力が抜ける。息が切れ始める。
先ほどの攻撃で魔力を吸われたこと、そして根によって振り回されて負ったダメージ。どちらも回復してはない。
(まだ手段はあるはずだ!俺はこんなところで負けるわけには――)
――残念ながらないぞ
(その声は……!)
陸島は自身が、いや世界そのものが止まった感覚に襲われる。
その威厳、そして冷気を纏う声が陸島のみに届く。
――哀れなり、その姿。実にみじめだな
鉄の精霊が陸島の前に現れる。
相も変わらず黒いもやを全身に纏ったその姿は陸島の目を細める。
(黙れ。まだ俺は戦える……!)
――いや、これは我も完全に予想外であった。あの少女、ここまでやるとはな
鉄の精霊は相原に目を向ける。
彼女は息を切らしながらも陸島の方をじっと見ている。
(あいつ……!)
――待て。このままでは負ける
(黙れ!!お前は消えろ!戦っているのは――)
――いいのか本当に。それで
陸島の叫びをかき消すように精霊は口を開く。
その時、陸島の意識が何かに飲まれる。
(な……!?)
泥のような液体に取り込まれ世界が、いや自分が沈んでいく。
(これは……まさか!)
次に視界に映ったのは雨の夜、殺された三人の姿。
映る各々の表情はいずれも苦悶を浮かべ、血の池に浮いている。
戦って生き残りたい、あるいは殺されて死にたくないと願っていた者たちの最期がそこにあった。
(なんだよこれ……なんで今ここに)
――決まっている。お前が折れる時、負ける時にはいつもこうだったではないか
精霊は断言する。
そして血の池の中にある最期を迎えた者たちは信じられないことに動き始めた。
ゆっくりと。ふらりと立ち上がって。
(な……なんだ今度は)
「たす……けて」
羽田の声がする。
顔を焼かれて射抜かれた足で必死に立ち上がってふらついてこちらに向かってくる。
「いたいっすよ……いたい」
爪島の声がする。
手のあった個所から血を大地に流しながら、そのちぎれた腕を伸ばしてこちらに温もりを求めてくる。
「なんで、お前らどうして――」
思わずその場を離れる。
必死に走る陸島の足元には絶えず血の海が広がっている。
(いやだ……どうしてこんな。死にたくない!!)
「ああ、そこにいたんですね」
走る中で声がした。
その声に思わず陸島は立ち止まって後ろの方を向く。
そこにいたのは腹を裂かれ、貫かれ、幾多の傷を負った一人の男。
「きば……たに?」
牙谷がいた。
青ざめた顔で陸島はそれを見た。
「ぼっちゃん。俺たちを見捨てるんですか?」
「いたいんすよ。とっても」
「私たち……くるしいのよ」
いつの間にか三人は陸島を囲う。
共感を、温もりを、そして最後に――
「俺たちを見捨てないでくださいよ坊ちゃん」
赤色の光景は何度も繰り返されてきた。
だがなぜ今なのか?その答えを精霊は示す。
――さあ、今こそお前を……我が大願の中心に。世界の理を打ち直そう
鉄の精霊は闇に告げる。
そして陸島へその黒き手を伸ばす。
「行こう。悲しみのない世界を創世する道を」
観客席にて鼠川一行は陸島の動きが鈍くなっていくのを遠くから見ていた。
時折止まる彼をみて流山が一言。
「あ、死んだ」
「死んでない、死んでないよ流山さん。まだ動いてる……っていうか殺しちゃダメでしょ」
流山は鼠川がツッコまれつつも、根に捕らわれた陸島を笑いながら見る。
試合の流れは今や完全に相原紫苑の手にあった。というより既に決着が見え始めていた。
「シオンちゃん、まじでやりやがりましたね。大金星です!」
「それわたくしも言ったのですが……まあいいでしょう」
燦央院もまた相原の勝利を確信した。
周囲が決闘の終わりを悟っていた。
(終わったんだよね……?)
相原は審判がいまだに終了の声を上げないのが気になった。
理由として、自分がまだ魔術を行使しているから。つまりは決闘が続いていると思っているのだろう。
(下ろしてあげなきゃダメだよね)
相原は魔術を解除しようと杖を下ろして構えを解く。
その時だった。自分が膝をついたのは。
「あ――」
視界が傾く。
戦いの消耗が彼女の足に重く、確かに圧し掛かっていた。
「シオンちゃん!」
相原の異変に流山が身を乗り出す。
「おやめさない。ここで乱入すれば決闘は中断、下手すればあの子の負けもあり得ますわ」
「あ……そうでした」
その場にすっと座る。
(ツバキちゃん、私は大丈夫だよ)
笑顔で手を振って彼女にアピールする。
親友は驚いた顔をし、今度は笑顔で相原に手を振った。
「すげーな。これで――」
鴉田が何かを言おうとしたその時だった。
「紅より世界を知るもの――」
声がした。
相原はびくりと震えてその方角を見る。陸島がいまだに捕まっているその根の中より声は聞こえた。
「え……?」
「数多の叫びと嘆きの螺旋築く存在よ、言祝ぐために我は謡う」
観客席の者たちにもその声は届いた。
「な、なんだね今度は?またあの時と一緒か!?」
「いや、違う。あの時とは。だけど――」
蛇島が恐れ、鴉田がそれを冷や汗を流しながらも冷静に分析する。
「引き裂き、貫き、叩き伏せる業の中心よ、源よ。いまここに顕現せよ」
根の中心で陸島は詠唱する。
大いなるものの存在を顕現し、それを言祝ぐために。
彼を中心に淀んだ波動が周囲に流れ出す。一番最初に気付いたのは、鴉田だった。
「やべえ……来やがった!」
鴉田はその波動に流れる冷気を、悍ましき感触を知っていた。
しかしそれを知っている者は他にもいた。彼の一番近くにいた少女、相原紫苑だ。
「そんな……どうして」
大地に深く根差す根の呪縛は勢いある斬撃の雨が降り注いだ。
根は切り裂かれ、その中より陸島が降り立つ。
そして今、それは彼の上に姿を現した。黒く淀み、赤き瞳を宿した人の形で。
「ああ、待ち焦がれたぞ。この時を」
鉄の精霊。
それは長き時の中で人の悪意に染まった呪われし大霊。
そして人に、魔女に……全てに深き災いをもたらさんとするもの。
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