マールの罠
第97階…。
マールによる「元素の実験」はさらに陰湿さを増していきます。
ヒントが見えるアーティファクト【虹色の瞳】の没収、そして破壊。
「これがないとクリアできない」と高笑いするマールに対し、ハーベルが取り出したのは魔法の杖ではなく……まさかの「塩酸」と「炎色反応」!?
知識という名の最強の武器が、ドワーフの常識を覆す。
「……おい、マール。それはズルだろ!」
「うるさーい! この実験からはモノクル禁止でちゅ!」
ブリッツの抗議も虚しく、ハーベルは右目のモノクルを没収されてしまった。
マールが提示した次の課題は「土の実験」。
広場に立つ女神像と「全く同じもの」を、魔法で隣に作成せよというものだ。
「これ、モノクルの透視機能がないと素材が分からないやつだろ!」
「フフフーン、さあ、どうするのかなぁ?」
マールが鼻歌まじりに見守る中、ハーベルは女神像をまじまじと観察し始めた。
「……見た目は石膏だが、この重量感。……マール、少し削るよ」
「お好きにどうぞぉ!」
ハーベルは像の裾をわずかに削り、小瓶に取り出した。
まず、魔法で生成した「塩酸」で粉末を溶解。そこに「塩化バリウム」を滴下し、白い沈殿を確認する。
(……硫酸カルシウム。やはり主成分は石膏か…)
さらに、像の奥に隠された金属の破片を、銃口から放った青い炎の中へ振りかけた。
一瞬、炎が鮮やかな「緑色」に変わる。
「……なるほど。芯材は『銅』、表面は『石膏』か」
ハーベルは《設定》スキルを使い、まずは純銅で像の骨格を練り上げ、その上から硫酸カルシウムを均一にコーティングした。
「……どうかな?」
「……っ! ちっ、正解だよ!」
マールが苦虫を噛み潰したような顔をした。
魔法のヒント(モノクル)を無視し、未知の「化学」で正解を導き出した男に、マールのプライドはズタズタだった。
「マール! 悪ふざけが過ぎますよ!」
虚空から響いた凛とした声…。
階層管理者アウリエルの叱咤だった。
「だってアウリエル様、コイツ全然モノクル使わないんだもん!」
「いいから返しなさい。さもなければ……」
「わーかったよ! ほら、返すよ!」
投げ返されたモノクル。
しかし、マールは密かに指先を弾き、モノクルを石畳の上へと叩き落とした。
パリーーン……。
冷たい音がして、虹色のレンズに大きなヒビが入る。
「ああ、ごめんよぉ。手が滑っちゃった」
「テメェ……わざとやりやがったな!」
ブリッツが毛を逆立てるが、ハーベルは静かにその壊れたモノクルを拾い、再び右目に装着した。
「……いいよ。マール、ありがとう」
「次は『光』の実験だ。……鏡の角度を調整して、的の中心を射抜け。もうモノクル(ヒント)は壊れてるけどね!」
部屋中に配置された無数の鏡。
光を一回反射させるだけでも至難の業だ。
ハーベルは《エーテリアル・エンバー》を構え、まずはスタート地点から赤いレーザー(低出力魔力)を放った。当然、光は明後日の方向へ消えていく。
「ハーベル、こればっかりは計算じゃ無理だぜ!」
「……いや、計算する必要はないよ。――『逆』にすればいいんだ」
ハーベルはゴールである「的の中心」の前に立った。
そして、的からスタート地点の鏡に向かって光を照射する。
ピュン、ピュン、ピュン……!
光は鏡を逆走し、スタート地点の鏡の上に一点の「赤い印」を刻んだ。
「ブリッツ、そこをマークして!」
「お、おう! 了解だぜ!」
ハーベルはスタート地点に戻り、ブリッツが指し示した「逆算の到達点」に向けて引き金を引いた。
放たれた光軸は完璧な軌跡を描き、迷うことなく的のド真ん中を貫いた。
「……正解。……もういいよ、勝手に行けよ!」
マールは投げやりな態度で背を向け、地駄を踏んだ。
ハーベルはヒビの入ったモノクルをかけたまま、微かに笑って次の扉へ。
その時…。
壁の向こうから、階下を文字通り「破壊」しながら登ってくるレオンの咆哮が微かに聞こえた気がした。
「……レオン、もう少しだな。俺も負けてられない」
モノクルがなくても、現代知識(化学と逆算)で無双するハーベル!
薬剤師らしい「炎色反応」の活用が光りましたね。
マールの嫌がらせを涼しい顔で受け流す姿は、まさに強者の余裕です。
ついに98階…。
100階を目前にして、この塔最大の「壁」が崩壊します。
そして、ついにあの男と背中合わせになる時が――。




