幻覚の花園
第96階「幻覚の花園」。
そこは、この世のものとは思えないほど美しい色彩に溢れた、安らぎの地――のはず…。
しかし、一歩足を踏み入れたハーベルを襲ったのは、懐かしくも残酷な「過去」の幻影。
カンニングの汚名、冷たい視線、そして愛する人々からの拒絶。
精神を削る悪夢を打ち破る唯一の鍵は、アーティファクト【真実の花】。
ハーベルは己の心に咲く「真実」を掴み取れるのか?
「……今度は、花園か」
「おいおい、これまでの殺風景な迷宮が嘘みたいだぜ」
96階に足を踏み入れたハーベルとブリッツは、視界を埋め尽くす色とりどりの花々に言葉を失った。
手元には、第60階で手に入れたアーティファクト【真実の花】。
「何に使うのかと思ってたけど……嫌な予感がするな」
ハーベルが呟いた瞬間、甘い香りが脳を痺れさせた。
「……おい、聞いたか? ハーベルの奴、カンニングしたってよ」
「マジかよ、最低だな」
気がつくと、ハーベルは教室にいた。
ついこないだまで通っていた、あの息苦しい学び舎だ。
「ハーベル、本当なの?」
親友だったはずのトッチやマユが、汚物を見るような目で自分を見つめている。
反論しようとしても声が出ない。
「静かにしろ! テストで不正を働いた不届き者は――ハーベル、お前だ。今すぐここから立ち去れ!」
担任の怒声。
そして、クラスメイトの冷笑…。
「違う……俺は……」
助けを求めて視線を彷徨わせるが、鏡のように並ぶ「能面」のような無表情がハーベルを囲い、嘲笑いながら回転を始める。
『追放だ』『クズめ』『死ねばいいのに』…。
「……やめてくれぇぇぇ!!」
暗闇の中で手を伸ばした先、指先に触れたのは一輪の冷たい花だった。
「……っは! はぁ、はぁ、はぁ!」
顔が涙でぐちゃぐちゃになりながら、ハーベルは現実の花園に這いつくばっていた。
「おい、しっかりしろ相棒! 酷い魘され方だったぜ!」
ブリッツが必死に尻尾でハーベルの頬を叩いている。
「……ブリッツ。ああ、お前は……本物だよな?」
「当たり前だろ! カンニングなんて趣味の悪い夢でも見たのか?」
ブリッツの憎まれ口に、ハーベルは震える手で胸を撫で下ろした。
どうやら【真実の花】を握っている間だけは、幻覚を無効化できるらしい。
だが、最深部にはさらなる試練が待っていた。
そこにそびえ立つのは、三階建てのビルほどもある巨大な人喰い花。その中央には、醜悪な能面の顔が浮かんでいる。
「ハーベル様! 覚悟!」
「えっ、ガルシアさん!?」
突如現れたガルシアが、必殺の閃光拳を放つ。
「ぐっ……本物か!?」
「いや、偽物だ! 敵はあのでかい花だが、お前の目には仲間の姿に見えてるんだ!」
ブリッツの叫びでハーベルは目を覚ます。
次々と現れるネル、クラリッサ、そして「お仕置きだ」と笑うレオン…。
愛する者たちの姿をした幻影が、容赦なくハーベルを追い詰める。
「……くそ、悪趣味すぎるだろ」
ハーベルは《エーテリアル・エンバー》を構え、震える指をトリガーにかけた。
「ごめん、みんな。……これは、俺が守るべき『現実』のための戦いだ!」
迷いを振り切るように、幻影のネルを撃ち抜く。
巨大な花の根元、不自然に鈍く光る「核」を見つけ出した。
「そこだ――《エーテリアル・エンバー》、最大出力!!」
炎の魔弾が核を貫いた瞬間、すべての幻影がガラスのように砕け散った。
ブオォォォ…。パリーーン!!
「……はぁ……はぁ……」
静寂に戻った花園で、ハーベルは膝を突いた。
身体的なダメージは少ない。
だが、仲間を撃ち続けた精神的な消耗は、これまでの戦闘の比ではなかった。
「……キツすぎるな。これを作った奴は、よっぽど性格が悪いよ」
涙を拭い、ハーベルは立ち上がる。
100階まであと4階…。
その先に待つのは、もはや「技」も「心」も通用しない、根源的な力のぶつかり合い。
「行くぞ、ブリッツ。……次は、六元素の試練だ」
「ああ、付き合うぜ。どこまでもな!」
後書き
精神をゴリゴリ削られる「幻覚の花園」編でした。
前世のトラウマと、今世の絆を天秤にかけるような残酷な試練。
それを乗り越えたハーベルの瞳には、より強い覚悟が宿っています。
アーティファクトを使いこなし、ついに五行を超えた魔導の真髄へ!
100階目前、物語は最高潮へと向かいます。




