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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
外伝(0271年6月) ソラネとマーズ・ウォーター社<完結済み>
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外伝 ソラネとマーズ・ウォーター社 02節

 「それで、本日は何を?」

 そう問うのは、イシガヤから召集を受けたモガミ長老だ。同様に、アークザラットとクスノキ、そしてソラネが集まっていた。

 「来てもらったのは他でもない。今後の方針についてだ。」

 そして、彼らを見まわしてからそう伝えるのがイシガヤである。

 「お聞きしましょう。」

 モガミが応える。この家臣団の中では筆頭級であるためだ。クスノキの方が一門扱いではあるのだが、まだ若く、家臣団への影響力はモガミと比べたら余りにも少ないのである。このため、代表となり得るのはモガミであった。

 「まず、優先順位だが、マーズ・ウォーター、CPG、黒脛巾の順で立て直す。」

 「ほう?」

 「私設工作部隊である『黒脛巾』は、当家にとってもっとも大切な組織だが、立て直すには信頼できる家臣が少なすぎる。クスノキに任せつつ現状を維持し、信頼出来るものを増やしていくしかない。マーズ・ウォーターの方も人が不足しているが、とりあえずは株主の強権で現状の方針を否決し、当家の方針に従わせる他はない。反発は必至だが、私有会社であるから出来ないことはない。ここをまとめてから、CPGの対策だな。どちらにしても金の確保が優先だ。マーズ・ウォーターを押さえれば、これだけで黒脛巾も他の家臣も養えるのだから、完全掌握が望ましい。」

 「なるほど。良い考えですな。」

 モガミはその意見に頷く。実際、マーズ・ウォーター社は木星圏の穀物の大半を抑えるほど影響力がある企業であり、イシガヤ家の財源の過半数はこの企業の利益から出ているのである。

 「だが、何にしても誰が信用できるかわからん。モガミとアークザラットからの推薦を受けたい。」

 「我々を信用される、と?」

 「そうだ。現状で本当にお前たちが信頼できるのかは分からないが、オニワの爺の推薦もあるし、不承不承でもこうして子供の俺に従ってくれているのは事実だ。能力もわからない部分はあるが、ともかく、俺には手勢がいない。お前達を信用するので、助けて貰いたい。」

 イシガヤがはっきりとそう述べる。当主としては泣き言に聞こえるようなことを言うのはよくないのかもしれないが、言いつくろったところでわかりきったことであろう。

 「ほう?では、我々をCPGの本拠に役員クラスとして押し込んで頂けますかな?」

 モガミがそう尋ねるが、別に彼自身の利益を得ようという話でもない。本社の役員でなければ強い権限を行使できないためである。

 「無論だ。マーズ・ウォーターを掌握すれば、それも容易になる。そのために必要な事を教えて貰いたい。」

 「後で役職を奪われてはたまりませんぞ?」

 「モガミ、アークザラット、お前達2人に関しては、血判でもなんも用意しよう。当家の家老として働いてほしい。」

 「……宜しいでしょう。こうして辺境に飛ばされても、我々は不義理は働かぬつもりです。御屋形様におかれては有能な家臣も必要かもしれませんが、先ずは信頼出来るものが必要とご理解された御様子。」

 モガミがアークザラットの顔を横目に見ながら、満足そうにそう頷く。有能な人材は確かに必要ではあるのだが、足元の勢力基盤を固めるために必要なのはまず信用できる人の数である。何かをやらせようとしても、忠実に実行してくれる人材を集めなければ、総ては机上の空論に過ぎなくなるのである。

 「俺が何もしなくともカネはある程度入るが、あまりにも勢力基盤が脆い。これではいつの間にか勢力を失ってしまう。」

 「その通り。カネと人、これを抑えることが重要です。」

 「それで、人集めだが、このソラネに屋敷を建てる。本邸の敷地内にするつもりだ。」

 顔色を伺いながらの様子ではあるが、しかし異議は許さないといった体でイシガヤはそう告げる。

 「屋敷を?」

 無論、唐突な内容であるから、モガミは問い返すのだが、

 「このソラネは、本人は俺の側室を希望しているが、とりあえず能力次第と言うことで現時点では侍女にしている。将来的に能力に問題なければ、重臣や側室に取り立てる約束だ。こんな娘に屋敷を与えることで非難はあるかもしれないが、先ず隗より始めよと言う言葉もあるから、忠臣たれば抜擢すると示したい。」

 「なるほど。この、ソラネ殿についてはオニワ長老が教育されていましたな?」

 「そうだ。当家の家宰は今までオニワの爺が務めているが、オニワ家は準王族であるから、独立性を高めた方が良い。孫のヨシノブは俺の1歳下だが、家宰よりは別の立場を担って貰いたいと思っている。いずれ代わりが必要だから、ソラネはその候補にも考えている。」

 「一理ありますな。しかしソラネ殿は何故側室になりたいと?」

 彼がそう問うのは重要なことではある。イシガヤ家の側室ともなれば、場合によってはその権限は絶大である。ソラネの事もあったので正妻候補としてはオニワ長老の親族を養女に加えて、これを充てる方針だとの事だが、それでも現状で妻のいないイシガヤ家にとっては大きなことだ。幼いと言っても野心故の発言であれば油断をする事は出来ないだろう。

 「食うに困らないから、らしいが。ソラネについては特に悪意も欲望もあるわけではないから、あまり心配しなくていい。これでもイボルブであるから、悪意があれば排除することくらいはする。」

 「なるほど。若はイボルブ、つまり、人の心の揺れに敏感でしたな。戦乱の世の中で『食うに困らないから』というのは確かに重要なことですが、幼いものにそのような考えを持たせるなど、大人としては恥ずかしいものですな。さて、件のご当家の家宰であれば、御屋形様の代行として家の事を纏める役職ですから、確かに奥方か子飼いのものがやられた方が良いかもしれませんな。」

 モガミが一先ず頷く。将来的に問題があればオニワ長老と相談して対応すればいいだけだろうし、現状で未来を確定していないイシガヤに対して、不確かな内容でこれ以上苦言を言っても仕方ないし、今後の教育によって実際に優秀な人材となる可能性もあるのだ。

 「そういうわけで、このソラネの事も頼む。また、気の効いた者は身分を問わず紹介してくれるとありがたい。」

 「承知しました。」

 モガミが承知する。アークザラットはそれに頷いて賛同を示す。基本的に、年長者であるモガミが主導権を握っているが、現状ではそれで問題ないのだろう。



 「御屋形様、先ほどはお屋敷を頂けるとのこと。ありがとうございます。」

 モガミ、アークザラットの退席ののち、ソラネとともに再度応接に引き籠ったイシガヤに対して、彼女はそう礼を述べる。どこの馬の骨ともわからない『隗』扱いされた彼女ではあるが、実際にどこの馬の骨ともわからないのだから洒落は効いていたかもしれない。

 「構わない。与える敷地内なら、常識の範囲内で好きなように縄張りして良いぞ。」

 「では、御屋形様をいつでもお迎え出来るように、頑丈にしますね。」

 ソラネがそういうのは、イシガヤが安心して訪問するための警備機能である。屋敷の敷地内に作ると言っても、安易な屋敷では襲撃された場合の対応が取りにくい。本邸の防御機能と併せて構築することで、充分な設備を付けなければ、イシガヤは安心して滞在することが出来ないのである。

 「そうだな。」

 「でも、私は御屋敷を頂くより、ご側室にしていただきたいです。」

 「嬉しいが、拘るな。」

 イシガヤの顔をまっすぐ見ながらそう言うソラネに対して、彼はそう応じる。彼女や彼に恋愛感情があるのかというと、微妙なところである。寝食を同じ屋敷で共にしているため普通の家臣よりは親愛の情は深いことは確かであるし、彼女の境遇を含めてイシガヤにとっては信頼できる家臣の一人である事は事実だ。だが、だからと言ってすぐに側室に加えていないのは、正室が確定していなかったこともあるが、ソラネの能力が不確定であることと年齢が幼すぎるところであり、経年によって心境に変化が起きないとも限らないからである。

 「私は拘りますよ。身寄りも無い私にとっては、御屋形様の側室にしてもらえる方が安泰ですからね。」

 イシガヤが察するところ、それが本心であるかは半々といったところだろう。権力欲があるのかというとそういうわけでもないだろうが、イシガヤへの好意も微妙なところであろう。ただ、孤児として売られ、生活も未来もままならない経験をしたことがある彼女にとってみれば、イシガヤの側室になるという事は抜群にメリットのある事に違いないのだ。家臣であれば不要となれば簡単に捨てられないとも限らないが、側室となれば幕府の法律上その生活はたとえ寵愛が無くなったとしても保証されるし、離縁など簡単にできるものではない。子供が出来れば特に安泰である。

 「そういう計算高いところは好きだぞ。」

 そして、ソラネがそのような言い回しをするのは、イシガヤの好みを知ってのことだからである。だからこそ、その計算高さをイシガヤは賞するのであった。




宇宙世紀0269年

 この時の世界も、毎日のようにどこかで戦闘が繰り広げられている状況にあり、まさに戦国時代とも言える政治情勢となっている。多くの国家は新地球連邦政府に所属してはいるものの、もはや力の無い連邦政府の方針に従う国家などはなく、ただ、勝者がその政府の名義を使い、大義名分を作るだけの存在となり下がっていた。地球圏における日本協和国の国内は安定してはいるが、力のない連邦政府の要請で他国支援に呼び出される事も多く、毎月どころか毎週レベルで周辺諸国への援軍に向かっている有様である。これに伴う戦死者戦傷者家族が困窮し、孤児なども発生している状況にあったが、対象がそれなりの数に上る上に予算の問題などもあり、日本協和国全体として、完全には把握できていない状況にある時代となっていた。

 「囲め。総ての出入口を抑え、地下の音響を探るためのソナーも展開急がせよ。クスノキは裏手から手勢で侵攻するのじゃ。動きはこちらに合わせい。」

 そのように黒脛巾の者達に指示を出すのは、イシガヤ家家宰を務め、オニワ長老と呼ばれる熟練の老将である。現在彼らが物陰から包囲しているのは、仙台の地に最近出来たと言う違法娼館であった。日本協和国では娼館自体は管理運営されており、正式に届け出がされ内容に不備がなければそれは合法となっている。男性比率の多い軍の維持において必要悪とも言えるものであり、特に軍人関係者等しか地球に滞在しにくい幕府においては、若い独身軍人が女性不足の仙台に滞在する上での癒しの1つであった。娼館は主に3種類あり、木星圏で夫や保護者等を失くして生活基盤を失った女性が主に働くもの、近隣地域から規定に合わせて労働者として集められたもの、奴隷身分や軽犯罪の者が刑期の短縮や解放のために働くものに分かれていた。無論、この中には男娼を抱えている娼館もある。今回問題となっている娼館は、労働者に関して正式な届け出の無いものを雇用している件や、そもそもの登録に問題がある件である。国家が管理してはいるが、制裁を加える上で黒脛巾に外注されることもあり、今回はその流れであった。

 「わかってる。」

 散発的な銃撃戦の中でイシガヤが応える。平和な時代であればそのような事も少ないのかもしれないが、世界中で戦争をしている現代において、これらの武器は身近なものである。

 「2隊で突入する。護衛は2班に任せるが、1班もあまり離れずに制圧戦を実施せよ。」

 イシガヤは慎重に命令を下す。この時まだ14歳であり、初陣を経験するための作戦であった。基本的に、お膳立てされた戦いである。

 「2班は防弾シールドで俺の周辺を固めろ。では、行こう。」

 彼の隊は建物の正面扉に向かう。無論1班が罠などが無いか調査の上での事だ。確認されている敵兵力は6名程であるが、小銃程度の装備しか無いはずである。しかしだからといって当たれば普通に死ぬものなのだから、立場があるものとしては慎重であることは重要であった。たとえ臆病と言われようとも、大将が死んではそこまでなのであるから。

 「散発的な銃撃とはいえ、流石に怖いな。」

 部下に聞こえない程度の呟きであるが、彼の本音だ。初陣であるから当然だろう。銃弾が床や壁を穿つ中で、平然とした顔をしながら進むのが彼の仕事である。

 「若君、敵を1人追いたてます。トドメを。」

 「わかった。」

 部下の一人が催促する。彼にとっては初めて戦闘で人に向かって銃を撃つことになるのだが、イシガヤ家当主としては泣き言も言ってはいられない。武威を示さなければ家臣団がついてはこないし、簡単に御すことができると思われては、彼自身いつ殺されるかわからないからだ。下剋上が無い時代ではないのである。

 「来ました!」

 「おぅ!」

 護衛に守られた状態からの敵への攻撃である。射撃訓練に比べて的が多少トリッキーに動くだけだが、所詮はその程度だ。

 「……意外と、敵の殺意は分かるものなんだな。」

 「は?」

 「こうか!」

 イシガヤの放つ銃弾が、敵兵の頭と胴体に吸い込まれる。が、その後も続けて倒れた敵に銃弾が突き刺さっていく。

 「若!撃ち過ぎです!」

 「お、おぅ。」

 初撃は見事な狙撃では有ったのだが、イシガヤが撃ち込んだ銃弾は6発。速射性の高い小銃ではあったが、余計な死体撃ちである。確実に殺すことは大事ではあるが、弾にも限りはある以上、撃ち過ぎては後で自分の命を守り、敵を討つことに支障が出ることもあり得る。

 「……すまん。」

 「トリガーハッピーですね。お気をつけを。」

 「……わかった。動き出さないか不安で。」

 彼の部下は敵兵が確実に死んだことを確認しつつ、イシガヤに注意を促す。

 「また来ます!」

 「わかった!」

 「4発、まだ多いですね。」

 「すまない。そのうち慣れるつもりだ。」

 注意されつつも、イシガヤは悪びれた様子もなくそう言い返す。初陣でそんな返答ができるのだから、内容はともかくだいぶマシな方であろう。恐慌をきたすような新兵すら存在するのだから、ふてぶてしい態度がたとえ演技だとしてもとれるのであれば十分である。

 「体調は?」

 「血や死体は気持ち悪いので見たくはないな。だが、いまのところは何とか大丈夫そうだ。」

 「それは宜しいことです。」

 実際、死体が目に入らないようにしており顔は血の気が引いている様子ではあるのだが、耐えられているのならまだいい方だ。吐いて倒れるなど初陣であればよくある事である。もっとも、連日の事であればいいかげん人間は慣れるものなのだから、慣れるまで見続ければいいのである。

 「若!こちらに女子供がおります!」

 「掃討は任せていいのか?」

 その言葉は、これ以上続ける気力はないということなのだろうが、

 「お任せあれ。」

 彼の部下はそう返す。この小競り合いの一番の目的は、イシガヤに人殺しを覚えさせるためのものである。工作部隊を率いるものとして部下に手を汚させる以上は自らも知っておくべきことであるし、有事に身を守る際にも有効なものだ。王族であるから普通の人以上に命を狙われるし、実際に彼の両親は殺されているのである。敵を前にして攻撃を躊躇うようでは生き残ることは出来ない。この場においては目的を達成したのだから、今はそれで充分であり、後は部下の仕事である。



 建屋の庭には捕虜や従業員が集められる。夜明け前の暗い中ではあるが、銃撃戦の音からちらほらと周辺建屋には明かりが灯り、窓からは数名の顔が覗く。ただ、イシガヤ家の旗を見つけた者たちは、何も見なかったことにしてすぐに窓を閉ざすのだ。

 「あの!」

 そう声を挙げるのは、まだ小学校中学年程度に見える少女である。捕虜の中でも幼年者をまとめ、泣き声をあげたり暴れまわったりしないようにまとめていた代表格らしい。これらの子供たちは雑用として使われており、見た目が良い場合などは将来的に娼婦などに仕立て上げられる予定のものである。今回問題となっていたのは、これらの子供たちの人身売買であり、これを防止し、子供らを救出するために幕府が動いたのである。

 「なんだ?」

 イシガヤが先ほどの少女に問う。

 「助けて頂きありがとうございます!」

 「必ずしも助けた訳じゃない。単に悪いやつを倒しに来ただけだ。」

 「……そうなのですか?」

 小首を愛らしくかしげて少女が問う。賢そうな様子であるから、今回の襲撃が制裁及び彼女たちの救出目的であると理解しているのだろう。だが、イシガヤ家の私設工作部隊『黒脛巾』の存在は公然の秘密であるため、政府の要請で大ぴらに救出に来ました、とも言えないのである。

 「まぁ、孤児院に連れてくくらいは面倒はみてやる。」

 実際問題として、彼にできるのはその程度の事である。イシガヤ家には財力はあるが、かといって全員を養うようなメリットなどないのだ。本質的に政府が保護するべき子供達である。

 「え……」

 イシガヤの答えに、少女は少し絶望の様相で言葉を詰まらせるが、

 「若!討伐完了です。」

 その少女の声をさえぎって、黒脛巾の声があがる。

 「よくやった。撤収準備を。いったん人も回収していくぞ。」

 「あの!」

 「まだ何かあるのか?」

 「お嫁さんに!いえ、御側室にしてください!……家臣でもいいので!」

 その少女は、切羽詰まったような様子でそう嘆願するのだ。

 「……?」

 「孤児院にいれてもらえても、将来まともな職につけるかわかりません!そうなると、こういうところに逆戻りしないといけないかもしれないので、お願いします!」

 「名は?」

 「スミナ、と呼ばれていますが、本当の名前と名字はわかりません。スミは合っていると思うのですが、小さいときに親や保護者を失ったので……」

 「……そうか。それで、お前は俺を誰だと思っているんだ?」

 「……旗が。ご当主様では?」

 彼女が指し示すのは、イシガヤ家の旗である。敢えて直言しないのは、その名前をこの場で言って良いのかわからないための配慮であろう。現在このイシガヤ家の丸に九曜星を旗に使うのは、当主であるタカノブだけである。直系親族がいないためであるし、他の藤原氏族もこの家紋を軍旗に使用することは避けている。特に隠しているわけでもなくこの旗を掲げているため気が付いてもおかしくはないのだが、それに気が付いて、なお、配慮もしている点においては、年不相応に気が利いた性格なのだろう。

 「……そうだな。とりあえずお前は小姓に加えてやろう。特別だぞ?」

 「ありがとうございます!」

 イシガヤがそう簡単に決めるのは、彼には充分な家臣が居ないことが大きい。父祖の代からの家臣もいないわけではないが、早くに親族を失ったため、彼自身の子飼いの家臣が少ないのである。身の回りに気の利いた家臣が欲しいと言っても、現状ではオニワ家の息のかかったものしか雇用することもできないため、今回の事はたとえ青田買いだとしても丁度良かった、と言えばそうであろう。

 「名前に拘りはあるのか?」

 「名前ですか?特には……」

 「では……、夜をこめて鳥の空音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ、つまりその名前はニセモノという事で、ソラネ、名字は石谷の分家筋の石ヶ谷(イシガヤ)姓を使うと良い。」

 「……ありがとうございます!」



 「そんなこともありました。イシガヤ姓も頂いて、破格の対応を頂き感謝しています。あの後、御屋形様はオニワ長老に勝手なことをしたと怒られていましたので、分家筋とはいえイシガヤ姓を他に賜った者も他に無く、私だけ特別、です。」

 昔話をしていたソラネとイシガヤであったが、ソラネがそう言う。名前から一字を与える一字拝領であっても破格の待遇ではあるのだが、同系統の名字拝領ともなればそれに勝る措置である。当時のイシガヤはあまりそのあたりのことを認識しておらず、安易に与えてしまったための結果ではあるのだが、そのおかげで、ソラネは家臣の中でも重要な地位を得ることが出来たのであった。

 「今考えると破格だが、まぁ結果としてはよかった。イシガヤ名乗りであれば、お前が侮られる事も無い。」

 「ご側室にしていただけるともっといいのですが。」

 「それはそのうち考える。今はまだ年齢的にも政治的にもダメだ。家宰、少なくとも家老が務まるならば希望に沿うようにするので、良く務めて欲しい。」

 「承知しました。御好意感謝します。」

 流石に他に正室も側室もいない状況で、身寄りのないソラネを側室に据えるには政治的に問題がある。確実に横槍が入るからだ。この問題を解決しようとした場合、一番簡単なことは彼女自身が有能さを示すことである。その点についてはソラネも十分に理解しているところであって異存はないのだ。そして重要なのは家宰を任せる気があるというところで、この役を担えば、イシガヤ家において絶大な権限を有する事になり、家柄などに優れた他の妻がいたとしても、それ相応に対抗し得る役職なのである。つまり、イシガヤのこの発言は、ソラネを側室に迎えることに前向きな回答であるので、彼女としては満足できる内容であった。

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