外伝 ソラネとマーズ・ウォーター社 03節
「上がってきた人事案についてだが、社長権限において却下する。」
宇宙世紀0271年6月23日、マーズ・ウォーター社の株主総会を兼ねる取締役会で、その社長たるイシガヤがそう述べる。今までは名目上の社長としてお飾りでしかなかったイシガヤ家ではあるが、権限を行使しようと思えば出来るのである。それだけの株式と権限を有しているのだ。
「また、CPGからの出向者については、出向任期更新を一時停止する。残り任期のある者は、任期が終わり次第CPGに帰って貰う。個別判断もあるから、詳細は後日だ。」
「お待ちください!それではCPGになんというおつもりですか!」
役員の一人がそう声を上げるのは無理もない。木星圏の経済を握っているのは実質的にCPG社であり、マーズ・ウォーター社の生産する穀物なども、CPG社を通して販売や加工をしている比率が圧倒的に多いのである。当然、相応に気を使わなければならない相手であった。
「俺はCPGの株式も過半数以上保持しているから関係ない。ともかくこれは決定だ。」
だが、彼はその通り強硬に主張する。CPGがどれだけ大きくとも、イシガヤ家の有する株式を軽視することは不可能なのである。
「また、会社組織を現時点で大きく変えるつもりはないが、非常勤取締役としてソラネを、そしてナガツカ殿を外部監査役として3年任期で当社も雇用する。ナガツカ殿は、当家出入りのスターライト商会、木星本社の外部監査役も勤めている。」
「ソラネ殿では幼すぎる。如何に社長のご寵愛が深いといっても、流石に子供では問題ではないでしょうか。」
その役員の指摘はもっともなことで、ソラネはまだ12歳と年齢的に子供である。大企業の取締役としては、非常勤としてもふさわしいとは言えないだろう。
「ソラネについてはただの窓口だ。俺の秘書でもいいが、代行として一定の権限を持たせるための措置として非常勤取締役とする。当然ながら後見人は俺であり、後はオニワと、CPG取締役のモガミが勤める。ナガツカ殿はスターライト商会から紹介して貰った人物で、主な業務としては社内の経理情報を俺にあげて貰うことだ。」
「そのような外部の者を雇わなくても宜しいのでは?」
「主要な業務には関与させる気もない。外部からの目で俺に情報をあげて貰うことが目的であるから、比較的話をしやすい人選をこちらで選んだ。これについても反論は認めない。」
ナガツカの登用については、イシガヤとしても苦肉の策である。使える人材があまりにも少ないため、友人であるセレーナ・スターライトに相談した結果に過ぎないのだ。ナガツカに求めているのは実務能力よりも、忖度せずに問題を指摘してくる硬骨漢との評である。スターライト商会木星本社の外部監査役であるが、スターライト商会社員ではないため、これでも慎重な人選であった。
「取締役級については、定年や任期切れでの退職者の空席は本年度は埋めない。管理職全般も同様にし、基本留任とする。空席は後日の人事補充で対応する。以上だ。」
イシガヤの目的は人事異動によるCPGの影響削減だが、一気に動かしては混乱をしかねない。このため、前段階としてCPG出向者を削減し、次段階として管理職の人事転換を行う想定のものだ。しばらく様子を見ながら、誰を上に登用するか検討する時間を確保するのである。
この日の株主総会は一波乱こそあったが、人事以外でイシガヤが介入した案件は少なく、彼の存在感をそれなりに示しつつも比較的円滑に終了したのであった。
「本日の視察ですが、マーズ・ウォーターの方で手配していた護衛が来れないそうです。どうされますか?」
イシガヤにソラネがそう報告する。マーズ・ウォーター社のプラントを宇宙空間から確認する予定であったが、宇宙海賊なども居ないわけではないため、護衛部隊を2小隊程応援に呼んでいたのである。これが急に来れないなどということは、先の総会での人事案に対する嫌がらせであろう。
「構わん。こちらで手配した方が安心だ。黒脛巾から護衛を出すようにクスノキに伝えろ。クスノキは護衛につかず、状況調査を行わせろ。また、応援としてアークザラットの手勢であるCPG防衛隊の部隊を呼び出せ。信用できる奴を、だ。」
「承知しました。」
「オレの機体として試作機のロムルス。試作のレールガンも用意しろ。ソラネは念のためコスモ・ガディスを用意しろ。うまく操作出来なくてもコクピットに座れれば構わん。女神の加護、つまり学習型コンピューターのAlが何とかしてくれる。今日の船は合計4機しか積めないが、残りは量産機でいい。手配を急がせろ。」
ソラネはパイロットとしての能力が無いに等しいが、現状で屋敷に残しておくにも不安があるための措置である。イシガヤへの嫌がらせを考えるのであれば、戦闘力の無いソラネの拉致誘拐などが一番効率がいいからである。彼の屋敷の防備はかなり強力とはいっても、滞在して日が浅く、家臣たちの人心も完全掌握できているとは言えない状況であるから、手元に置いておく方が彼自身の護衛を同時に使えるため安全なのである。
「艦影捕捉1。コード不明の駆逐艦クラスです。」
視察に向かう途上の事である。レーダーに艦影を捕らえ、ソラネがそう報告を行う。所属不明艦が出て来ることは想定はしていたことではあったが、本当に出てくるというのはなかなかの事である。
「……海賊船かな?」
「おそらく?」
それ故に、イシガヤも些か訝しいと思いながらもソラネにそう漏らすのであった。
「艦長、所属不明艦に対する規定を教えてくれ。」
イシガヤは艦長に問う。雇われではあるが、イシガヤ家の家臣から選ばれた人材であり、信用に足る人物である。
「所属確認の上、そのまま所属をあかさない場合には海賊船として撃沈も許可されています。特にこの宇宙域はエウロパ門から離れており、門周辺の防衛砲が機能しません。エウロパの防衛軍も、所属不明艦が下のプラントに到達する前には到着するでしょうが、30分ほどかかるかと思われます。」
海賊が現れたしてもエウロパの都市が攻撃を受けるほどに接近を許すことはないが、上空を移動中の艦船であれば別である。基本的には大気圏外に出て大気抵抗を無くして移動するのが、この世界の標準であるのだ。
「駆逐艦クラスなら、人型兵器のサイクロプスはせいぜい5機といったところか?」
「無理に積み込んでもその程度がせいぜいかと。それと……、応答ありません。」
艦長は通信手に何度となく確認作業をさせていたのだが、一切の応答はない。通信機器の故障などであれば、白旗をあげておくなどの手段もあるため、明確に敵意を持った相手でしかないだろう。
「では、撃沈しよう。」
「……宜しいのですか?」
艦長が問うのは戦力の問題もあるが、それを命じたイシガヤがまだ子供だからである。敵艦を撃沈するということはつまり、人を殺す、という事なのだが、それをわかっているのか、という問いであった。
「舐められてはたまらないからな。」
が、イシガヤはそう応える。このタイミングで海賊が出てくるなど、情報を漏らした人間がいるに違いがないのだ。イシガヤの決定で脅威を感じたマーズ・ウォーターの人間はいるだろうし、ここでひとまず彼を脅して行動を制限しようというのは想定できる話である。人を殺すことを臆する程度の覚悟であれば、彼はこんなのところまで出てはこない。
「海賊船、相変わらず反応無し。」
「引き続き航行停止を命令しろ。俺は出撃する。」
既に格納庫に移動したイシガヤは、通信機でそう指示を下す。そして、全高18m程の人型ロボットであるサイクロプスに乗り込むのだ。機体名はロムルスと呼ばれる機体であり、彼の専用機を設計する過程で作られた試作機である。王族専用機のための試作機であるから、その装甲は一般機を遥かに凌ぐが、それ以外はそれほど大きな性能差は無く、標準装備のラウンドシールドとランスの他は一般機などの射撃装備を流用する設計であった。
「試作レールガンも持ち出してきて良かったな。護衛機は俺の周囲を固めていろ。先ずは砲撃で撃沈する。」
イシガヤ側の戦力は僅かに4機。その内1機はソラネの乗るコスモ・ガディスであるから、戦力としてはカウントできない。エウロパ防衛隊に要請もかけてはいるが、急行してくるとしても暫くはかかるだろう。
「レールガン準備完了。」
王族専用機用に開発中のこのレールガンは長射程を誇るが、その照準に映す画像にはすでにサイクロプスを展開完了した艦影しか映らない。その総数は5機であるから不利であった。
「……まぁいい。撃つ!」
天ノ川 走る稲妻 橋渡す 彼岸の先の 三途川かな
「駆逐艦爆散。しかし敵サイクロプスは散開したか。」
続けざまにイシガヤが砲撃を加えるが、試作レールガンの精度では直撃させることは難しい。それでも集中して機体を停止し、イシガヤは砲撃を続ける。自機の動きが無い分精度を上げた砲撃は、ようやく敵の一機にその射程圏外から突き刺さるが、有利と思えたのはほんのわずかな期間であった。
「えぇぃ!たかがメインカメラをやられただけだ!」
敵がその射程圏外に入った直後、ロムルスの機体頭部に搭載のモノアイに直撃を受け、イシガヤのモニターの一部が死ぬ。もちろん機体各部にサブカメラはあるため完全に敵を見失うわけではないのだが、それでも死角が各所に出てしまうことは防ぎきれない。乱戦においては完全に不利になるのだが、通常と違うとすれば、彼のロムルスは専用機として通常機の基本性能を凌駕している点である。
「近接戦闘に移る!」
機体性能の自信のため、不利をおして、イシガヤはレールガンから腰部にマウントしてあった一般機用のマシンガンに武器を持ち替える。戦闘になれば、ともかく当てなければ始まらない。一撃で致命傷を与えることは難しいが、弾数を優先した装備である。
「当たれ!」
だが、イシガヤの声もむなしく弾丸は虚空を切る。
「若!焦り過ぎです!」
黒脛巾の一人がイシガヤ機の肩に手を置き、直接回線で彼を制止する。イシガヤのそれはただのトリガーハッピーであったからだ。
「敵機接近してきますが、若は援護中心で。」
「わ、わかった。」
イシガヤとて落ち着いて狙えば、それなりのパイロット並みの射撃は出来る。だが、実戦はそう簡単話ではない。海賊はイシガヤ機が戦場慣れしていないことを察知し、距離を詰めて接近を続ける。イシガヤのマシンガンは敵機に当たるが、大半は盾に防がれて有効打にはならない。
「こなくそー!」
幾らかもがくようなイシガヤの部隊に対して、海賊は半円に囲むように動く。イシガヤ機の護衛に回ろうとする黒脛巾はその海賊を狙撃するが、護衛をしていては身動きが十分には取れない。狙撃の合間は盾を構えてイシガヤ機周辺に滞空し的になるしかないのである。
「えぇぃ!守っていても仕方ないだろう!俺の機体は囮にしていい!打って出ろ!」
業を煮やしたイシガヤが叫ぶ。撃たれ続けていれば、如何に頑丈な機体でもいずれは破損に耐えられず撃墜される。狙撃で当てられるのならばまだいいが、とても当たられる状況には見えないのから仕方がない。
「しかし!」
「俺らの母艦に敵が向かうぞ!」
イシガヤ隊が動かないことを見て、海賊の2機が抑えに、残りの2機がイシガヤ達の載ってきた母艦に向かう。彼らとしては逃げるための艦がないから、ここである程度のダメージを与えるなどしてイシガヤの艦を奪うことなども選択肢に入れる必要があったのである。圧倒的な戦力差であれば逃げ道を塞ぐというのは良策であったかもしれないが、現状においてはそれは完全に失敗であった。
「ソラネもいる!」
戦闘技術がないため出撃はしていないが、彼女もまた艦の格納庫でサイクロプスに搭乗して待機中である。
「俺より艦を!」
だが、イシガヤの声も虚しく、海賊機は艦に迫る。




