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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
外伝(0275年5月) セレーナの初陣<完結済み>
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外伝 セレーナの初陣 03節

 サイクロプスにとってみれば、トーチカ跡への移動など簡単なものである。移動速度は戦車よりもはるかに早く、推進器によるジャンプである程度高い障害物も超えることは可能である。航空戦をするためには追加装備が必要な場合が多いが、密林での戦闘ではそこまでする必要はないため、重量の増える装備は外されている。

 「タケダ少尉、ご苦労。」

 トーチカ跡に到着したイシガヤは、まずはそのように部下をねぎらう。

 「おかえりなさい、イシガヤ中尉。状況ご存じとは思いますが、報告はしますか?」

 「そうだな。詳しくセレーナから聞いてきたから大丈夫だ。旗は俺のもあげよう。」

 そういって、イシガヤ中尉が自分用の軍旗を掲げる。幕府軍の軍旗は、白地にイルカと太陽に日輪と陽光を加えたものであるが、イシガヤの軍旗は、青地に白線に同じマークと南観世音菩薩の文字を描き加えたものである。専用の軍旗は王族やエースパイロットなどに許可されたものであり、幕府の場合は敢えてその場所を示すことで、敵を威圧し味方を鼓舞するために使うものだ。指揮官やエースの場所が開示されてしまうため世間一般には好まれにくい趣向ではあるが、そういったリスクは重々承知の上である。

 「せっかくだ。私のも掲げておこうか。」

 クスノキ中尉もまた同様に白地に菊水の紋が描かれた軍旗を掲げる。彼の場合は王族に縁故があるからというわけではなく、実力でエースパイロットとして認められているため、軍旗の利用が許されているのであった。

 「トーチカ跡も最低限の防御にはなるが、大盾も置き盾として展開しろ。工作機器もいらん、適当に敵車両の邪魔になるように捨ておけ。撤退時には放棄する。アンチレーダーも展開。」

 イシガヤの指示を受けて、見晴らしのいいトーチカ台周辺に敵の移動方向に向けて大盾が設置される。基本的にはこの後ろから敵を狙撃するためのものである。盾の大きさは15m程とサイクロプスよりやや小さい程度であり、ライフルの筒先を外に出せる穴が開いたものである。装甲厚は艦船と同様程度ではあり表面に対ビームコートが施されているため、遠距離攻撃を受けてもある程度の防御力は発揮できるものであった。もっとも、空爆を受けてしまえばどうにもならないのだが、アンチレーダーで精密誘導ができない上に迎撃態勢を整えた陣地に対して、そう狙って爆弾を落とせるものでもないため、暫定陣地として取り急ぎは良し、という事であった。

 「さて、いましばらくの我慢か。」

 小高くコンクリートの残骸の山に覆われたトーチカ跡に、幕府軍の軍旗が3旒はためく。まるで旧時代の合戦のようなロマンの溢れる光景ではあるが、当事者にしてみればロマンなどと軽くいってもいられない、命を懸けた戦場なのである。ペルー反乱軍はトーチカ跡まで近づきながら、一旦停止し、幕府軍の動きを伺う。小高い崖の上のトーチカ跡など、一見してただの的にしか見えないため当然なのであるが、しかしそこにはためく軍旗はただの旗ではない。他国においてもデータベースでわかることだが、王族イシガヤの旗と、エースパイロットであるクスノキ中尉の軍旗なのである。討ち取ってしまえばまごう事無き大将首となるその状況でありながら、それ故に政治的な判断や、あるいは罠の可能性を考慮せざるを得ず、不用意な進軍を停止せざるを得なかったのであろう。時間を稼ぎたい幕府軍にしてみれば幸いである。

 「敵は一旦停止したが、いつまでもつかだな。航空機が近づいてくるぞ。」

 イシガヤが指し示す通り、戦闘機の光点が3つほど映る。

 「ミサイルに注意しろ。迎撃準備。」

 アンチレーダー下においては、レーダー電波を使用したミサイルの精密射撃は困難である。だが、さすがにトーチカ跡くらいの大きさになれば、着弾させること自体は不可能ではない。事前の地形解析による着弾座標指定や、発射後の画像解析による誘導装置はレーダーが効かなくとも有効であるから、大まかにその周辺に当てればいいというのであれば、動かない的や大きな的であれば、当たらないことはないのだ。

 「来たぞ!」

 クスノキ中尉が声をかける。6条の一斉射が2回。合計で12条と空対地ミサイルが白煙を棚引かせてトーチカ跡に向かう。だが、この敵の攻撃は正直言って、当たったらいいな、という程度のものに過ぎない。

 「わかってるな?バルカンで全部叩き落とせ。ライフルは撃つ必要はない。」

 イシガヤがそう指示するのとほぼ同時に、各機のヘッドバルカンが火を噴き始める。戦闘経験の少なめの者は若干出遅れるが、程度の違いでしかない。サイクロプスの頭部ヘッドバルカンは、頭部モノアイカメラにも連動しており、飛来するミサイルの画像を解析して自動で照準を合わせる。無論手動で補正をかけることも可能ではあるのだが、一般的な空対地ミサイルであれば、そこまでする必要も無く撃墜できるのだ。12基のミサイルに対して5機のサイクロプスが対抗する現状においては、すべて撃墜することは至って容易である。本気でミサイルを当てるつもりであれば、乱戦時に撃ち込むか、あるいは迎撃しきれないほどに飽和攻撃をする必要があった。

 「ミサイル全部撃墜しました!」

 「陸戦部隊が来るだろうから、喜んでいる余裕はないぞ。」

 去り行く航空機を見ながらのタケダ少尉の歓声に、手慣れたクスノキ中尉が釘を刺す。今の迎撃で幕府軍のサイクロプス機数は完全にばれているのだ。ヘッドバルカンが放たれた場所の数を数えれば一目瞭然であり、サイクロプスの位置も判明してしまう。つまり、先のミサイルは威力偵察目的のものに過ぎないのだ。

 「二人とも敵が来たぞ。」

 クスノキ中尉とタケダ少尉にイシガヤが声をかける。有効射程ギリギリのところではあるが、敵の戦車隊もサイクロプス隊も前進し、幕府軍の布陣するトーチカ跡に砲撃を仕掛ける。サイクロプス数でいえばそう大きくは違わないのだが、戦車の火砲はサイクロプスのライフルと比較しても威力に遜色はなく、被弾面積がサイクロプスよりも少ないことから、対要塞攻撃などにおいては充分有効である。とはいえ、この森林地域では大規模に運用する事は出来ないので、分散しても現在の10台程が限界ではあるのだが、分散している分狙い撃つことが難しい。幕府軍にとって幸いなのは、現代の戦車の火砲の多くがビーム砲であることだ。実弾砲はそれだけ多くの重量が必要であり、弾数もビーム砲に劣る。デメリットは曲射ができず、また対象物が対ビームコートされている場合には威力が減衰するという点である。幕府軍側は高所に陣取っている事と、対ビームコートが施された大盾を前面に配置しているため、一定量の攻撃は減衰できることに加えて、曲射により大盾をすり抜けて上から攻撃が降り注ぐ可能性からは免れている。ただ、無限に対ビームコートが維持できるわけでもなく消耗することに加えて、銃眼やその他の隙間から被弾する可能性もあるため、あくまでも程度の問題である。



 膠着した戦場

 まばらに響く砲撃の音

 森林の葉は振動に散り

 地面は揺れ空気は澱む

 陣に籠る巨大な兵も

 命いつ尽きるか恐怖の中で

 やまない弾雨の冷たさに

 震え怯えつ祈るものか



 「流石に敵の攻撃が激しい……!」

 イシガヤがそう弱音を吐くが、現状を言えば機体性能を活かせるような乱戦でも遭遇戦でもなく、純粋に火砲の数が物を言う砲撃戦である。砲門数で3倍の差があるペルー反乱軍と伊達幕府軍では、どうにか撃ち合えているだけマシといった状況に過ぎないのだ。

 「戦車一台を撃破したようだが、これではどうにもならんな。」

 ライフルの筒先についた望遠カメラで、敵の動きを覗くクスノキ中尉がそう呟く。視界にはキャタピラに直撃を受けて行動が不能になった戦車が一両映る。それはそれで戦果ではあるのだが、やはり数の違いは大きい。

 「……そうだな。クスノキ、時間は?」

 「56分経過した。」

 「……少し早いが、そろそろ行くか。」

 セレーナ少尉達がインド軍基地に到着するとすれば、彼らと別れてから1時間30分後の予想である。撤退完了にはまだ早いが、彼らの撤退時間を含めて考えればある程度は時間は近くなると想定され、また、これ以上ここで粘っても旗下のサイクロプスの損害が増えるだけである。幸い敵が慎重な動きで攻撃を続けているので、致命傷を食らった友軍機はいないが、それでも頭部や肩部などに損傷を受けている機体は増えてきており、展開している大盾もそろそろ限界である。

 「クスノキ、お前の機体を残す。ガディス・システムのコピーを起動して、敵への狙撃を継続させろ。」

 ガディス・システムとは、幕府においては『女神の加護』として信奉されることもある機体制御AIの事である。高適性者に限定して起動するそのシステムはブラックボックス化されており、奇跡的かつエースパイロットに並ぶ機体制御は、信仰されるのも頷ける性能を有する。だが、その実態はイシガヤ家に開発され、過去の王族の当主や配偶者達を乗せた機体や艦を守るために開発された、教育型コンピューターAIである。このため、実はイシガヤ家に近しい関係を持てる人物は適性が高い可能性があり、加えて、開発者直系のイシガヤ家には複製装置が存在していた。

 「クスノキ、時間制御で15分後には自爆するように、爆薬も機体内にセットしておけ。機体自体にも自爆するように、2重に頼むぞ。」

 ガディス・システムの機密保持のための措置である。もっとも、このシステムが敵に渡ったところで起動させるのには条件が多く、できたとしてもエースパイロット並みの性能を短時間発揮することができる程度のものである。そこまで危険というわけではないが、情報は渡さないに越したことはない。

 「承知した。」

 つまり『捨て奸』である。完全に退却してしまえばその分だけ敵の追撃が速いが、抵抗する部隊が残っているのであれば、それを撃破し、撃破した地点を検証する時間を稼ぐことができる。普通に考えれば、高価なサイクロプスを置き捨てにするなどもったいないと思っても仕方がないが、撤退戦は困難を極めるものである。損害を抑えるだけ抑えて撤退完了できるなら、その程度の被害は仕方がないものだ。

 「設定完了した。」

 「よし、ではクスノキ中尉はタケダ機に乗り換えろ、タケダ少尉はパイロット席をクスノキ中尉に譲れ。座席の後ろの空間で耐えろ。」

 これはクスノキ中尉の方が操縦技能が高いからである。また、イシガヤ家の重臣にして遠縁のクスノキをイシガヤ機に載せるよりは、別機にしておいた方が、万一どちらかが討ち取られた後でも事後の対応がとりやすいからでもあった。

 「移乗完了したな?……では、敵前面に一斉射撃後、撤退する。各機姿勢を低くし、注意して後退。」

 イシガヤの命令で放たれた砲弾は、ペルー反乱軍の正面に土砂を巻き上げる。攻撃が直撃したわけでもないが、正面の視界を一瞬でも奪われるというのは、それだけ心理的圧迫は大きい。

 「……戦いとは、駆け引きだからな。」

 敵がそれに気を取られた瞬間を見逃さず、イシガヤ隊は後退を遂行する。もちろん、反乱軍側としてもある程度幕府軍側の動きは見えるのだが、どの程度の機体が移動したかまでは判然としきれない。実際に幕府軍の砲撃はまだ続いていることから、全機移動した、つまり全機撤退したというわけでもなく、偽装撤退で引き寄せてから攻撃を行うなどの計略の可能性も残る。これが雌雄を決するような戦闘であれば、それでも強引に進むことはあり得るが、現状では毎度の小競り合いの延長ですらない。実態を見通せていれば強引に追撃をしたかもしれないが、ペルー反乱軍は常識的な運用、つまり状況を見ながら追撃をするか検討し、索敵機を展開する、という行動に移ったのであった。



 風吹けば 木の葉散りゆく 定めとて 知るべきもなき 人と在りけり



 「……それで、これはいったいどういう事だ?」

 「車両が壊れました。」

 「えぇ……」

 イシガヤ中尉の問いに対して、物怖じせずに答えているのはランファ二等兵である。イシガヤ隊もインド軍基地から10㎞付近の地点まで無事撤退してきたのだが、友軍車両を見つけて停止したところ、ホバーバイクに乗ったランファ軍曹が現れたのである。

 「まぁ車両が壊れたまでは良い。状況を報告しろ。」

 「はい。本営残存員は、セレーナ少尉の指揮の下、複数台の車両に乗車し撤退をしていたのですが、車両1台が壊れ停止。負傷者と可能な限りの人員を乗せて撤退を継続しましたが、乗り切れなかった者は現在インド軍基地に向けてマラソン中です。」

 「なるほど。」

 その報告を受けて、イシガヤは多少安堵する。報告通りであればかなりの人員は無事撤退できるはずだ。

 「撤退完了の見込み時間は?俺たちも敵を撃破したわけではない。追撃は十分予想される。」

 イシガヤがそう述べる。実際、見つかりはしなかったが反乱軍の哨戒機が近くまで飛来していたタイミングもあれば、地面の微弱振動を考えると一定の陸戦部隊がある程度の距離を取って移動している様子がうかがえる。位置を同定されれば遠距離射撃を受けないとも限らない状況である。

 「先行した車両部隊はあと5分もあればインド軍基地に到着すると思いますが、マラソンは5分くらい前に始めたばかりなので……。1時間弱くらいじゃないでしょうか?インド軍基地に到着した部隊が戻って拾ってくれればもう少し早く着くかと。」

 「……難儀だな。」

 イシガヤ中尉はそう言って時計を確認する。正直その行為自体はあまり意味はないのだが、何を気にしているかと言えば時間である。敵軍の追撃が予想される状況で、1時間もインド軍基地到達までに時間がかかると言われれば、仕方がないことだ。彼らとしては、友軍撤退まで、さらに時間を稼ぐ必要があり得る。

 「それでセレーナ少尉からの伝言を伝えるために私が居るんですが、良いですか?」

 「なんだ、まだあったのか。早く言え。」

 イシガヤは少しイラつきながらそう応じる。状況は必ずしも良くないからだ。

 「はい!イシガヤ中尉はこの場で待機。時間を稼いで欲しいとの事です。」

 「それは、そうだな。」

 「それと、他のサイクロプスで壊れた車両を牽引できるなら、牽引してインド軍基地まで撤退しながら、マラソンメンバーを拾ってくれとの事です。10人くらいなので、さすがにコクピットには入りきらないので。」

 「なるほど、それもそうか。」

 イシガヤが頷く。車両が壊れたからと言って、その空間が使えないとは限らない。壊れた場所によっては相当揺れることは覚悟しないとならないだろうが、爆発等の恐れがないなら中に人を詰めて牽引してしまえばいいのである。酔おうが吐こうが打撲ができようが、死ぬよりはマシだろう。

 「それだと俺が残る必要なくないか?」

 「あります!」

 「あるのか……。」

 「サイクロプスは頭頂高があるため見つかりやすいので、やはり抑えの機体は1機はいて欲しいみたいです。ミサイルの破片一つでも車両は壊れますし、人は死ぬので。サイクロプスなら、ましてや頑丈なペルセウスならそれくらいでも大丈夫でしょう、と。」

 イシガヤ中尉機のペルセウスは、王族用の専用機であり耐久性は一般機に遥かに勝る。つまり、残した場合の生存確率は相当高めであるし、同時に外観が派手であるため目立ち、囮としては好都合である。

 「だが待って欲しい。俺は王族で大将首の一つでもあるんだが?」

 彼がそう言うのは命が惜しいからではなく、そういった人物を平然と囮に残すというのは、常識的に言っておかしいのではないか?という視点からである。世間一般であれば、要人は最初に逃がしてもおかしくはない。もっとも、そう言われて率先して撤退する彼でもないのだが。

 「いや、他の方からもイシガヤ中尉は先に撤退してもらった方が良いのでは?という意見もあったんですけど、『イシガヤ中尉は殺しても死なないから平気』とおっしゃって。また、『インド軍の応援を呼ぶのに、幕府王族の救援目的があった方が話が速い』との事でした。」

 「……流石セレーナ、肝が太いな。わかった、それでいい。クスノキ、ここには俺一人で残るから、撤退の方は任せる。良いな?」

 イシガヤがそう指示をするが、クスノキ中尉であれば実戦経験も多めで、指揮官として信頼できるからでもある。

 「了解した。救援は早めに向かわせる。また、撤退完了したら信号弾を打ち上げる。」

 「頼む。ランファ二等兵もご苦労だった。気を付けて撤退しろ。」

 「ありがとうございます。じゃあ伝言伝えたので、私はこれで!」

 イシガヤは、そうそそくさとホバーバイクで立ち去るランファ二等兵を見送る。彼女もまた初陣であったはずだが、案外肝が太い、と思うのであった。立場が人を作るともいうが、不測の事態はその事態を突破できる人を世に生み出すこともある。望む望まぬと関係なく役割を与えらえるのが人の世であってままならないものではあるが、乱世の雄とはこうして見つかるのだろうな、と彼は思うのであった。



 「イシガヤ中尉、ご無事の御生還お慶び申し上げますわ。」

 「セレーナ少尉、白々しくも出迎えご苦労。」

 幸い追撃が小規模であったため、イシガヤ機の被害は大したことはなかったのだが……、何事もなかったかのように出迎えるセレーナ少尉に対して、イシガヤが気安い感じで皮肉を述べる。学友として伴に学んできた間柄でもあり仲は良いため、イシガヤも本心で批難しているわけではない。

 「あらあら、何のことだかさっぱりわかりませんわね。」

 「王族を一度ならず二度までも囮に使うのは、流石に普通じゃなくないか?」

 「でも効率的でしたでしょう?」

 「確かに。」

 それもあって、批難の皮肉を言った割には、イシガヤもあっさり納得するのである。実際、セレーナ少尉がイシガヤを残さない選択を取ったとしても、彼は残る方を選んだであろうから、判断としてはイシガヤの性格を考慮してものでもある。加えて、彼もその場では思いつかなかったが、セレーナ少尉が言うように王族を囮にした方が、インド軍の援護を得やすく政治的には都合がいい。イシガヤが生き延びる確信を持っていれば、であるが。

 「ご納得いだけたようで幸いですわ。」

 「そうだな。負傷者はどうか?」

 イシガヤがそう確認する。撤退を決定した理由であるからだ。

 「カタクラ少佐以下、撤退開始時に生きていた将兵はみな、インド軍の医療チームに引き渡しました。現時点では命の心配はなさそうですわ。」

 「とはいえ、士官の戦死者が多い。ペルー戦線からは撤退しよう。」

 この場では最上位階級となるイシガヤが判断を下す。実際にはセレーナ少尉がそう考えていることははっきりしていたが、追認の形をとるよりは、改めて彼がそう判断を下した方が適切だからである。特に、新米士官の彼女が決断したという公式見解ができるよりは、政治的に力のあるイシガヤが決断した方が良い。万一の場合の軍事法廷対策である。セレーナ少尉の武功を奪うというよりは、身柄の安全を担保するためのものであった。

 「左様ですわね。インド軍とペルー軍との交渉はイシガヤ中尉が?エクアドルのグアヤキル湾に軽空母艦隊で待機している海軍のワキサカ大尉には、輸送機を回すように既に伝えています。」

 エクアドルは新地球連邦政府の傘下国としては安定していることと、ペルーにも面するグアヤキル湾は広域の水域であり、大型艦を複数係留する上で都合がいい。このため、幕府軍の陸上部隊を輸送してきた幕府海軍艦はこの地に係留し、周辺の情勢を確かめていたのであった。

 「話の席にはセレーナも参加しろ。本陣勤めだった士官がお前しかない。こちらの指揮はクスノキに執らせればいい。」

 「わかりましたわ。」

 こうして、セレーナ少尉の初陣は幕を閉じたのだが、同時に、この戦いが夜空に煌めく星の光のように、彼女を時の人とするものともなったのである。運命の女神もまた、こうして突然に現れるのであった。



 星海新聞 号外

 宇宙世紀0275年5月16日、新地球連邦政府所属のペルー国に援軍に向かわれた、元勲の遊撃隊軍団長カタクラ少佐が負傷。多くの士官を失った中で、本陣にただ独り残った新米士官で初陣のセレーナ少尉が全軍を統率し、撤退戦を完遂した。作戦においては王族当主のイシガヤ中尉を殿軍に残すなど、新米士官とは思えないほどの豪胆な作戦計画を実施したとの事。セレーナ少尉の詳細については、朝刊一面からの特集に続く。

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