外伝 セレーナの初陣 02節
春日野は けふはな焼きそ 若草の つまもこもれり 我もこもれり
「部隊の撤退、ほぼ完了しました。」
ランファ二等兵がそうセレーナ少尉に伝える。元々新人オペレーターの実地訓練として今回配属された彼女は、通信機が使えない現状では特にこれと言ってできる任務がない。このため、伝令役としてセレーナ少尉に報告しに来たのであった。
「ありがとう。そろそろ偵察隊が帰ってきますから、ランファさんもいったん同席してくださいな。その後の指示もしますので。」
「了解です!」
「お茶、飲みます?」
「い、いえ……」
セレーナ少尉は何とはなしに彼女に問いかける。まぁ、現状ではただ待っているため暇なのである。いらないとの事なので自分自身で水筒を開け、中の紅茶をコップに注ぐ。既にいくらか冷えてきてはいるが、ほのかに暖かいアールグレイの茶葉の匂いがあたりに広がる。こうしてこの場だけを切り取ってみれば、森林の中でピクニックでもしているかのような光景であった。
「あの……。よくこんな状況で紅茶なんて飲んでいられますね…………」
「……こんなとは?」
心底わからないとでも言いたげにセレーナ少尉がランファ二等兵に問い返す。
「いや、ここ戦場で、仲間がだいぶ死んで、しかも司令官まで倒れたじゃないですか。それで撤退だなんて、負け戦も同然ですし。プレッシャーが…………」
ランファ二等兵は胃のあたりをおさえるようなしぐさでそう応える。これが初陣とあれば余計にそうだろう。
「まぁ、終わったことをあれこれ考えても仕方ないですし。どの道、今は友軍機の帰りを待つしかないので他にすることがありませんわ。焦って待っていても、紅茶も飲んで待っていても、結局は同じでしょう。」
セレーナ少尉はそう淡々と答える。司令代行を務め兵達の命を預かることになったセレーナ少尉のプレッシャーは、本来ランファ二等兵とは比べ物にもならないはずであるが、何でもないことかのようにそう答える姿には何の作為も無い。どころか、そののんびりとくつろいでお茶を飲んでいる姿は、縁側で湯飲みを片手に日向ぼっこをしている老婆のような佇まいである。
「ランファさんが不安に思うところもわからないではありませんが、考えても無駄なことを、いくら考えても無駄ですわ。わたくしもいきなり司令代行?と、思わなくもないですが、役割というものは好き嫌いに限らず、タイミングや自らの能力を無視して降って湧いてくることも多いものです。なるようになりますし、やれる範囲でやるしかありませんわね。……さて。」
セレーナ少尉は紅茶の水面が揺れるのを確認し、コップの中のものを飲み干し、水筒を片付け始める。先ほどまでののんびりさと比べれば、いくらか手早い所作であった。
「遊撃隊タケダ少尉です。偵察隊戻りました!カタクラ少佐は?」
そう、木々にやや隠れながら外部スピーカーで問いかけるのは、遊撃隊のパイロットであるタケダ少尉である。彼もまた新米士官のパイロットだ。基本的に、今回の作戦は危険度が低いと判断されており教習を兼ねたため、ベテランの参加率は低いのであった。
「タケダ少尉、お疲れ様です。本陣指揮代行を務めるセレーナ・スターライト少尉ですわ。」
「おや?カタクラ少佐はどうされましたか?」
「負傷されて意識不明です。他の士官も全滅のため、部隊を後退させ、わたくしが代行を務めておりますわ。現状報告をお願いします。」
「えぇ……。……いや、とりあえず先に報告します。現状で周辺30㎞圏内に敵陸上戦力は見かけませんでしたので、近くにいるのは敵航空隊くらいですね。友軍が制空権を取っているとの事でしたが、見かけるのはインド軍基地方面の哨戒機と迎撃機だけで、ペルー軍のものを見かけませんでした。制空権があるというは、些か眉唾ですね。また、此処から南方に40㎞付近を強行偵察していたイシガヤ中尉の部隊が、敵前衛隊戦闘車両と交戦したとの事です。『蹴散らしてから戻る』との事だったので、そう時間もかからず戻ってこられると思いますが……。」
タケダ少尉が現状を述べる。遊撃隊は派遣頻度が多く戦死率が高い部隊であるため、こういった状況でも指揮統率系統の再構成には慣れている。現状の幕府軍の最高位者は現在出撃中のイシガヤ中尉になるが、だからといって彼の帰還を待って再編成を遅らせるような失態は犯さず、その時点で最高位であったセレーナ少尉の指揮をとりあえずは優先するのである。
「報告ありがとうございます。そうなると、敵が追撃してくる可能性が考えられますわね……」
「セレーナ少尉、それで味方は?」
思案に入ろうとしたセレーナ少尉に対して、まずはタケダ少尉が現状把握のために確認を行う。やはり友軍の状況は大事だ。
「此処から西方2㎞の爆撃跡地にいったん撤収しています。通信機が壊れてしまいましたが、ホバー車は人数分移送可能でしたので、貴方達偵察隊と連絡を取ってから撤退を開始しようかと思いまして。この場に居ますと貴方達が敵を連れてきてしまった場合に通信ができず、本陣が壊滅する恐れがありましたのでやむを得ず。わたくし達のホバー車では、近距離無線しかできませんし秘匿通信もできませんから。」
現代の戦争では強力な通信妨害機器が戦場で使われているため、ある程度強力な専用機器でも運用しなければ遠距離通信は難しく、妨害が特に激しいところではそれらの機器があってなお通信障害で連絡が封鎖される。車両や歩兵が使える無線などの通信距離はあまりにも短いものであり、作戦行動中の味方に連絡を付けることは困難であったのだ。
「了解。では我々もそちらの防衛に回りましょう。」
タケダ少尉はそう提案するが、
「いえ、貴方がたにはトーチカ周辺で敵を引き付ける任務をお願いしたいのですわ。」
セレーナ少尉はそのように返す。
「撤退に関して、サイクロプス隊が同伴すると目立ちます。制空権が確保されているか怪しい中で攻撃を受けた場合、サイクロプスは無事でも車両が破壊される可能性は高いと思われますわ。このため、わたくし達がある程度友軍インド軍基地に近づくまで、敵の航空隊やその他の部隊を引き付けておいていただきたく。」
「……インド軍基地であれば、50㎞程度。つまり1時間から1時間半程度ですかね。」
タケダ少尉が目安の時間を述べる。森林地帯を走破するため、それなりに時間がかかる。移動用に道路が整備されているわけではなく、都合通れる程度の道らしきものがあればまだマシといったところだからだ。前線地域でもあるため、道の設置は敵の侵攻を受けやすくなる恐れもあり、最低限のものしか用意されていないのである。
「トーチカ跡での防衛はちょっと怖いですが……」
彼がそういうのも無理はない。もともと敵に狙われやすいという理由で本陣設置が回避されていたのである。
「申し訳ないですが、少し目立っていてほしいので。トーチカ跡についたら軍旗をあげてくださいね。でも無理をしない程度で構いませんわ。結局のところ、敵の注目を集めていただき、後は適当に撤退してくだされば結構です。イシガヤさんもお戻りになれば、それなりに抵抗できるかと思いますし。」
実際、サイクロプスのみで5機の戦力であれば、よほどの戦力差で囲まれない限りはどうとでもなる。戦闘機や爆撃機は機動性は高いが、森林地帯を盾に移動するサイクロプスに致命傷を与えるには数を揃えての重爆撃か、あるいは精密射撃でも可能なエースを連れてくるしかないし、戦車隊などもサイクロプス隊に致命打を与えるだけの火力はあるとは言っても、同様に数をそろえる必要もあれば、移動速度はサイクロプスの方が速いため全力で逃げれば追い付くことはできないのである。とはいえ油断は大敵ではある。ただ、イシガヤ隊はイシガヤ機が王族専用に開発されたペルセウスという強力な機体であり、随行する彼の家臣であるクスノキ中尉のパイロット能力やゲリラ戦能力も高いため、並みの敵程度であればさほど不安視するほどでもない。それ故の選択でもあるのだ。
「……わかりました。引き受けます。」
しぶしぶといったところではあるが、タケダ少尉が任務を承諾する。撤退戦で殿軍を務めるものがいなければうまく撤退できないことは事実かもしれないが、当然命の危険は大きい。引き受けなくていいなら、引き受けたくないのが心情ではあろう。だが、これは軍務である。
「ではよろしくお願いしますわね。ランファ二等兵、今の事を本陣に伝えて、撤退開始してください。貴女が本営に戻るころにはタケダ少尉達もトーチカに到着しているはずなので丁度いいですから。」
「了解しました。セレーナ少尉は?」
「イシガヤ中尉を待ってから撤退しますわ。私にはホバーバイクがありますから、車両よりは森林地帯を早く抜けられます。インド軍陣地まで難しいことはないと思いますし、追いかけますので、よろしくお願いしますわね。」
「了解しました。では、セレーナ少尉もタケダ少尉もご武運を!」
南米の密林を巨人は進み
縁もゆかりも無き大地において
乞われるままに人を殺す
それにどれほどの意味があるのか
挙げるほどに意味はなく
ただそれが与えられた運命のように
破壊の限りを尽くすのだ
「イシガヤ隊もどったぞ!通信機が通じないがどうかしたか?……あれ?」
「どうしたタカノブ?」
イシガヤ中尉にそう問うのはクスノキ中尉である。実戦経験としてはクスノキ中尉の方が多いが、イシガヤ家の家臣であることもあり、指揮官はイシガヤ中尉が務め、その補佐官をクスノキ中尉が務めていた。
「本陣が行方不明なんだが?……爆撃をうけたようだが。」
イシガヤ隊のサイクロプス3機がもともと本陣があった場所に到達する。1機は王族タカノブ・イシガヤ専用機のペルセウスである。量産機に比べて頑丈な装甲、強力なパワーを活かして使用する巨大ランス、ビーム砲のついた円盾、ヘッドバルカン砲、ビームサーベルを固定装備とし、今回は量産機と同様の実弾式ライフルも追加装備している。ローマやギリシアの騎士をイメージした機体デザインに銀色のカラーリングはこの森林地域の戦場では目立つが、王族であり指揮官は目立ってこそ、という幕府軍の思想もあるため問題視はされていない。他の2機は量産型のサイクロプスである。中身は新連邦政府の最新鋭量産機とほぼ同じではあるが、外装や一部機能は日本用にカスタマイズされている。幾らか日本の具足を模したかのように、肩には大袖のようなシールドが固定装備として搭載されており、併せて各部装甲も胴丸、草摺、籠手、脛当のようなデザインで萌葱色系の色を中心に変更されている。機体出力も若干強化されているが、基本的には地域のマイナーチェンジ程度の改装であった。固定装備は先の肩部シールドの他にヘッドバルカン砲とビームサーベルのみであるが、追加装備として背中に担ぐ大盾と各種工作器具、長巻、実弾式ライフルを装備している。大盾と各種工作器具は幕府軍遊撃隊の特殊装備であり、移動速度は低下し、他の火力装備をもてないデメリットはあるものの、野戦築城などを含む遊撃戦闘や工作活動などにおいては有効な装備である。
「タカノブ、そこにセレーナ少尉がいるようだが?」
本陣跡の木の陰から、金髪の美女が現れる。イシガヤ家の推挙で王族達と軍事政治などの教育を受けたセレーナ少尉は、イシガヤやクスノキにとっては同門であり見知った仲である。
「セレーナ、これはどうしたことだ?」
「イシガヤ中尉、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
戦場でましてや本営が爆撃を受けたような形跡がある状況で「ごきげんよう」などとは、なかなか優雅で場違いな発言ではあるが、セレーナ少尉の剛毅さを表しているような言葉でもある。彼女のよく使う挨拶のため、特に混乱も無く平静な精神状態もうかがえた。
「それで?」
イシガヤはそう簡単に問う。基本的にセレーナ少尉の能力に対して疑念をもっていないため、単刀直入に報告を受けるためである。
「本陣は爆撃を受け、主要士官は戦死いたしましたわ。カタクラ少佐は命は無事ですが、意識不明。部隊はインド軍陣地に後退中です。また、あちらのトーチカ跡に、タケダ少尉の偵察部隊を展開し、撤退中は敵を引き付けることに致しましたわ。」
想像以上の大惨事である。本営が爆撃を受けた程度は想定できたといっても、主要士官が全滅しているのは大きい。
「……なるほど?当座の指揮官はセレーナが執っているんだな?」
「その通りですわ。本営の被害は甚大です。」
本営に居た中で少尉以上の階級で一番順位が低いのが、今回が初陣のセレーナ少尉なのだから当然であろう。甚大な被害である。
「そのようだな。では、俺たちもトーチカにいったん籠って、撤退の時間を稼げばいいと?」
イシガヤが尋ねるのはセレーナ少尉の作戦である。同門でもあるから、ある程度戦術の癖はお互いにわかる。セレーナ少尉の戦術パターンは、野戦築城を得意とした慎重な守勢である。
「その通りですわ。後1時間強でおそらく先行させた本営残存部隊がインド軍陣地に到着するかと。わたくしもバイクで追いかけますわ。」
「それが良いだろうな。敵が追撃してきている。凡そサイクロプス6機、戦闘車両10台といったところだが、爆撃機も来るかもしれんな。接敵した際に戦闘車両3台とサイクロプス2機は撃破してきたのだが、さすがに数が違うので逃げてきたんだ。思ったより敵が多かったのと、制空権が敵に取られている。味方に内通者でもいるかもしれんな。」
「そのようですわね。」
イシガヤの指摘に対して、セレーナ少尉はそう平然と答える。想定された指摘だからだ。
「……なるほど。だからインド軍陣地に撤退か。」
「その通りですわ。」
つまり、内通者がいるとすれば内戦をしているペルー軍側に居る可能性が高く、援軍で参加しているインド軍に居る可能性は低い。もともとインドには関係のない地域であるから、簡単に内通者を探すこと自体が難しいことに加えて、手伝い戦というメリットのない支援戦で、自国の被害を増やすような選択をする意味はないのだ。万一、陣地内労働者にそういったスパイがいたとしても、それくらいであれば致命的な問題にはならない。重要な情報にはアクセスできないからである。そうであれば、幕府にとって友好的なインド軍陣地に撤退する方が間違いなく安全であろう。
「だいたいわかった。いったんタケダ少尉と合流して、トーチカ跡で抵抗する。セレーナはインド陣地に早く撤退しろ。10分もしないで敵の追撃部隊が到着する。」
「わかりましたわ。では、イシガヤ中尉もご武運を。」
「そちらもな。引き続き指揮は任せる。」
現状の幕府軍で最高位のイシガヤ中尉が、セレーナ少尉の指揮権を追認する。この状況でいちいち指揮官交代している余裕はないし、殿軍部隊を指揮するイシガヤが、本営の撤退指揮まで執るのは物理的に不可能である。セレーナ少尉であればイシガヤもその性質をよく知っていて都合がいいというのもあるだろう。




