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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
前編
66/144

第13章 宇宙海賊討伐戦 09節

 宇宙は広く、しかし狭い

 安全な航路は僅かにして

 限られた路を彼らは通る

 航路を外れて帰る事能わず

 傷ついた彼らはそれしかないのだ



 今、まさに歴史的な宇宙会戦が繰り広げられている。先に一国の戦力に匹敵するだけの兵力を保有する海賊の大将フェドラー准将は、伊達幕府軍スターライト少佐の篭る宇宙要塞を包囲攻撃した。この戦いにおいて防衛要塞イザナミを巧妙に運用し、攻撃を防ぎきった伊達幕府側に総合的な軍配は上がってはいるが、フェドラー准将もまた、そのメンツを保つに足る大損害を伊達幕府軍に与えている。海賊フェドラー准将側の損傷が全体の1〜2割に対して、伊達幕府軍側は要塞の主要港を全損、全面復旧まで2ヶ月といったところである。痛み分け、といった表現がもっとも適切なのかもしれない。そして、損傷が増えたことで要塞イザナミ攻略を断念したフェドラー准将は、精神的にも肉体的にも消耗した将兵を休めるため、自らの要塞イザナギへと帰還の途についている。伊達幕府軍機動艦隊がラグランジュ6をたって僅かに24時間の間に、カリスト大尉はフェドラー准将のこの撤退の動きをキャッチし既に万全の体制を整えているのであった。

 「カリスト大尉、先に出した商船偵察が役に立ちましたね。フェドラー艦隊が接近してきます!」

 幕府軍の機動艦隊を指揮するカリスト大尉に、その部下が報告する。

 「よし。艦隊、鶴翼に開いてください。」

 「しかしカリスト大尉、それでは敵を要塞に逃がすことにならないか?」

 「それでいいんです、クスノキ中尉。全艦に通達。敵の攻撃をあしらい、敵に鶴翼の中央を突破させます。」

 窮鼠猫を噛む。敵は要塞イザナミと交戦し疲弊してるとはいえ、カリスト大尉の艦隊兵力よりなお数が多い。下手に消耗戦になれば不利になるのは幕府軍だ。

 「また、艦隊はいつでも反転できるように。同時に、揚陸戦の準備を。この2つを厳命します。」

 「揚陸部隊を?」

 「はい。クスノキ中尉にはその指揮をお任せします。ヒビキ中尉は?」

 「ここにいっるよんっ!」

 「予定通り全サイクロプス部隊を任せます。旗下のサイクロプス隊に、揚陸部隊の支援を任せます。」

 「あいあいま〜むっ!」

 単純なサイクロプス戦指揮であればクスノキ中尉のほうがヒビキ中尉よりも巧みであるが、揚陸戦指揮はクスノキ中尉以外では十分な指揮がとれないための配置である。クスノキ中尉は黒脛巾というイシガヤ家の私設工作部隊の頭領でもあるから、こういった潜入作戦の指揮にはもってこいの人材であるのだ。また、木星から同行してきた遊撃隊士の過半は、このクスノキ中尉の手勢である。限られた人員しか送れない状況であったため、海賊対策としては最大限の配慮がなされているのである。

 「敵軍来ます!」

 「全力で砲撃しつつ散開!」

 帰心に駆られた敵は隊列を完全に乱しながら要塞に向かう。要塞に戻れば少なくとも休息できる。そう考えながら自分勝手に直進してくる。彼らは休息を切望するほど疲れているはずだ。それは、まとまらない艦隊陣形を見れば否応なく察しがつく。これはもはや、狂気に駆られた本能的な鬼気迫る猛進。まともにぶつかったら、幕府側が押し負けてしまうに違いない。

 「砲撃を中央に集中させないように!敵の退路を妨げてはダメっ!」

 鶴翼最大の利点は、十字砲火が出来る点である。しかし、それによって退路を断てば、敵は翼の一枚を突き破って要塞に戻ろうとするだろう。砲撃は厚くする必要はあるが、あくまで逃げ道は空けたほうが都合は良い。

 「あわせて、全艦反転準備!指示があり次第全力全速で180度回頭せよ!」



 「歯がゆいな……」

 フェドラー准将が呟く。想定以上に悪い状況なのだ。彼の艦隊は伊達幕府軍の鉄壁将軍セレーナ・スターライト少佐の籠城する宇宙要塞で交戦し、なお疲弊のただ中にある。丸一日程度は休めたものの、以後商船に見つかってしまったためか、高速艦での一撃離脱攻撃を執拗なまでに受けている有様であったのだ。追撃を避けるために普段は商船があまり使わない航路、すなわち主に海賊が使うような航路をとったのだが、ことごとく見つかってしまっている有様である。或いは不運、とでも言えるだろうか。その結果、枕を高くして寝られる日のないまま今に至っている。高速艦の攻撃など確かにそれほどの脅威ではないのだが、直撃すれば甚大な被害が出ないとは限らず、放置するわけにもいかないのである。その状況において、今まさに眼前に待ち構えているのは、伊達幕府軍の機動艦隊である。総数としては依然として彼の優位であることに変わりはないのだが、戦いは必ずしも数だけで決まるわけではない、と言う所が彼のつらいところであった。

 「フェドラー准将、突破できそうですなぁ!」

 フェドラー准将の気持ちを知ってか知らずか、彼の幕僚がそう喜びの声を上げる。

 「全軍最大戦速!イザナギに逃げ込め!」

 だが、事は簡単ではない。相手は十字砲火出来るのにわざわざ進路を開けたのだ。策があってしかるべきだろう。しかし、もう彼にも兵士達を統率出来ない状態なのである。疲れて帰心に憑かれた兵士というものは厄介であった。

 「索敵手!機雷などの確認を急げ!」

 「大丈夫です。イザナギまでの直進コースには、デブリしかありません。行けます。」

 「そうか…………」

 機雷原に誘い込むわけでもないのか?そう思いながらもフェドラー准将は進軍を続けるのであった。



 砲火放ち交差する艦隊

 一心不乱に網の目を突破する艦艇

 それを高みより眺め見る艦影

 もはや結末は決まり切っているのだ



挿絵(By みてみん)

 「こちら艦隊司令カリスト。全軍に告げる。」

 伊達幕府の機動艦隊を指揮するカリスト大尉が、注意深く慎重に、しかし自信をもって艦隊に通信を繋ぐ。

 「全艦、反転!敵艦隊に接舷しつつ、イザナギに侵入せよ!」

 カリスト大尉の号令一下、その艦隊が急速反転し、そしてフェドラー艦隊の追撃を始める。

 「迫り来る 波の流れに 迷いなく 身をば任せて 進む舟かや」

 その時詠まれたという戯れ歌である。



 「フェドラー准将!大和帝國艦隊が一斉に反転!直進してきます!」

 「なんだと!?距離を保ちつつ要塞砲の射程に引き込め!」

 イザナギの主砲はまだ完全ではないが、要塞についている通常砲の射程に入れば、無数の砲門から艦砲射撃クラスの支援を行うことができる。移動しながら狙う艦隊の砲よりかは、有利に敵艦隊を狙い撃てるはずだ。

 「距離を保てません!」

 「何故だ?」

 「敵は……、敵は高速艦ばかりで、混成艦隊の我らより遙かに足がはやく…………」

 レーダーに投影されるのは、すべて巡洋艦や駆逐艦クラスの高速艦である。戦艦や補給艦など足の遅い船は一隻たりとも見当たらない。

 「ぐっ……。敵味方と混沌としては、要塞砲が使えんか。……全艦反転!こちらも反転して敵を迎え撃つぞ!」

 数上ではフェドラー艦隊のほうが有利である。耐えきれば勝ちなのだ。

 「反転だっ!早く反転せんか!今反転しなければ、敵に要塞への侵入を許すぞ!反転だ!反転っ!」

 フェドラー准将が必死に檄を飛ばすが…………

 「だめです!艦艇の半数以上が言うことを聴きません!」



 「カリスト大尉!敵艦隊の一部反転を確認!」

 「かまわないで!砲火を厚くしつつ、このまま直進!決して遅れないでください!」

 「しかし、反転中の敵を叩かずには…………」

 索敵手がそう指摘する。判っている敵もいるのだ。ここで足止めに成功さえすれば彼らの勝ちである。

 「足止めをくらったら、反転した敵を叩き終わった私たちが、敵の要塞砲で攻撃を受けます。イザナギの要塞砲は目前の敵より脅威です!進めっ!」

 守るより進む側のほうが統率がとれる。それが現実だ。



 「フェドラー准将!帝國艦隊とまりません!」

 「くそっ…………」

 まさに神速と言うべき反転と追撃である。敵将の采配は決して優れているとは言えないが、この陣変については神業的な速さで他の将軍の追随を許さないほどであろう。この一点をもって、海賊大将とも謳われた彼の艦隊が翻弄されてしまっているのである。

 「操舵手!我々も早く要塞に!要塞に逃げ込むのだ!」

 フェドラー准将の幕僚が叫ぶ。フェドラー准将の指揮に従った艦隊は、友軍から取り残されて損害が増えつつある。とてもではないが耐えきれないだろう。

 「何を馬鹿な!参謀、気が狂ったか!」

 だが、耐えきらなければそれで終わりだ。

 「准将!このままでは我々も撃沈されてしまいます!操舵手早く要塞に戻れ!」

 もはや指揮系などはない。



 「カリスト大尉、敵艦隊壊乱と見えます。味方巡洋艦2隻撃沈されました。」

 「かまうな。もう要塞に取り付けます!揚陸部隊発進準備!敵の主要要塞砲をまず沈黙させてください。場所は最近までうちの要塞だったんですから、判りますよね!?その次は港の確保と、各要塞砲の無力化です!全員奮戦せよっ!」

 イザナギの主要砲が使われるそぶりは無かったが、先ずはその無力化は確認する必要はあるだろう。艦隊を壊滅させ得るほどの砲なのである。



 「フェドラー准将、敵艦隊が要塞に取り付いた模様!」

 「そうか。」

 「このドックへの侵入を許したようです!」

 「艦砲で迎え撃つ。全艦主砲…………」

 「すでに全艦の人員は退艦中です…………」

 「我が武運、ここに尽くか。」

 海賊艦隊を率いて武名を轟かせた彼の艦隊も、あまりにも脆いものだ。軍ではないが故に彼らは利で動く。故に劣勢になれば崩れるのはあまりにも早のだ。

 「准将?」

 「告げる。全要塞員は侵入した敵を白兵戦で迎撃せよ。戦闘人員以外も総て、だ。ここに死戦し、武人の誉れを見せよ!私は司令部に戻って指揮をとるぞ!」

 もはやどれだけ従うものが居るというのだろうか。だが、それでも彼は此処で退くわけにはいかないのだ。



 「カリスト大尉、ドック内に敵艦隊確認。」

 「全砲放て!揚陸部隊降下開始!我々に女神の加護を!艦はこのまま直進し、敵主要設備を破壊・兵器の鹵獲に移ります。備えの部隊を主要港入り口に展開し、後ろから撃たれぬよう、ここを防衛せよ!」



 それはまさに神速だった。

 敵将は、そう……

 鬼才ではない。

 優秀ではあったが、

 決して尋常ならざる人ではなかった。

 そう……一手遅れでも

 私にもその術が読み取れた。

 敵将は、そう……

 名将でもない。

 そつない用兵ではあったが、

 艦隊運用に乱れが見えた。

 そう……条件が同じなら、

 そうそう負ける敵ではなかった。

 だが、そう……

 敵将は神速だった。

 この状況を的確に判断し、

 神速の速さを以って戦力を投入する。

 その一点のみは

 その一点のみが

 我々に尋常ならざる恐怖を与えるのだ。

 せめて

 そうせめて

 我が兵が疲れていなければ……

 疲れてさえいなければ……

 きっと…………



 「フェドラー准将……」

 「うむ。参謀、要塞はどうなっておるか?」

 「たった今、主要塞砲が沈黙したところです。」

 イザナギ主要塞砲。その火力は一個艦隊を消滅させうるものであるが、何の役に立たなかったものだ。復旧自体も完全ではなかったが、それでも撃てればそれなりの殲滅力を見せたはずのものだ。もっとも、進入した敵には無力ではある。だが、力の象徴としてのソレを失ったことは精神的に辛いものがある。

 「また、順次各要塞砲も無力化されています。」

 「ドック内の艦艇は?」

 「半数が大破。残りは中破ないし小破して、航行不能です。」

 「そうか。」

 「また、レーダー内に敵援軍、おそらくコロニー諸国連合のものでしょう。こちらへ接近中です。」

 「時間は?」

 「およそ2時間といったところです。また、退却時に散布したレーダーに、艦隊の影を捕らえました。おそらく敵要塞イザナミからのものだと思われます。こちらに向かっているとすれば、18時間以内に到着する見込み。」

 「そうか。」

 「あっ……。悪い報告です。たった今、この要塞の動力部が一部カットされました。要塞砲の西側1/3が使えなくなります。」

 既に要塞に取りつかれているのに、要塞外の艦艇を狙う要塞砲のことなど今更である。

 「索敵手、あの東からの光点は何だ?」

 この要塞から離れていく光点がキラキラと窓に輝く。まさか敵艦隊が逃げ出したわけでもあるまい。そうなればそれが何かなど判り切ったことだ。

 「それは……」

 「言うがよい。」

 「味方の一部が脱出しているようです。」

 「……そうか。」

 「フェドラー准将、ご決断を。」

 彼の参謀がうなだれながら、言い出し難い表情でそう述べる。

 「何を決断すると言うのだ、参謀?」

 「もはやこの要塞陥落も間近です……」

 「馬鹿を言う。総人員数では遥かにこちらが有利だぞ。私は、私は、総人員に奮戦を命じたはずだ。すでに決断したはずだな?」

 今もなお、数字だけで考えれば勝てるはずである。だが、そう上手くはいかないのが戦争である。

 「はい……。しかし、ご決断を。」

 「……詮無きことか。参謀。貴公は自分の無能を恥じるがいい。あの敵将に遥かに遅れをとり、私未満の戦術把握能力すらなかったのだ。まして、許可もなしに艦隊に退却を命じるとは……。参謀としては無能であったな。貴公が参謀としての最後の仕事だ。……敵軍に通信を開くがよい。また、全軍を退却準備にかかれ。加えて敵軍への攻撃を中止。各隊に厳命せよ。」

 「……はっ。」

 参謀に嫌味を言いながらも、フェドラー准将はため息をつく。結局のところそれは八つ当たりに過ぎないのだ。参謀が無能だったのは事実かもしれないが、彼を登用したのは自分自身であり、先の艦隊反転指示を徹底しきれなかったのは、自分の人望の無さに因るものだからだ。無論、兵が疲れていたなどの事情もあるが、それとて言い訳に過ぎない。指示を徹底できなかった、それは自らの甘さである。

 「……フェドラー准将、敵軍に繋がりました。」

 「うむ。」

 残念な事であった。

 「……こちらは、要塞イザナギの司令フェドラーである。我々は、降伏を申し入れたい。あなた方の寛大な慈悲を以って、我々の降服を認め、攻撃を中止してもらいたい。重ねて申し上げる。我々は、降伏を申し入れたい。あなた方の寛大な慈悲を以って、我々の降服を認め、攻撃を中止してもらいたい。」

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