第13章 宇宙海賊討伐戦 08節
「セレーナ少佐、敵に動きが!」
ランファ軍曹がセレーナ少佐に告げる。
「あの動き、尋常ではありませんわね。ついにこのとき、というところでしょうか。全軍戦闘配備ですわ!寝ている阿呆も叩き起こしなさい!」
「はっ!」
「全軍に告ぐ。これが戦の要衝である!諸兵はわたくしの命に従い、奮戦の限りを尽くすべし。加護なす女神も照覧ありますわ!」
紫の宇宙満ちゆく月光
優しく頬を撫でる命散る一瞬の光
虚しいと思うこの何もない真空の闇に
導となるのはただあの月華の虚構……
遠く眺めれば麗しい彩をみせて
近く見つめれば生無き荒野のみ
それは地獄業火と深淵の慈悲
その太陽の烈華を身に纏う女神の……
セレーナ少佐の護るイザナミに対し、フェドラー准将の艦隊が迫る。
「各艦、敵要塞砲を攻撃!」
号令一下、数百の雷撃が要塞に突き刺さる。それは命の光。命を賭けて放つ閃光だ。土塊れの要塞は、しかしその命すら冷笑する。それが放たれたとて、はるか彼方に過ぎず。命賭けきれぬ心嘲笑いながら、臆す命射ぬかんと、滾々の泉の如く湧き出すように矢を放つ。
「進め進め!勝利は我らの進む先に待っているぞ!」
「しかし、フェドラー准将、兵の疲弊が著しく……」
「暫く、今暫く我慢せよ!この要塞を落とせば、もはや敵はいないのだ!」
実際、幕府軍を駆逐してしまえば、地球圏周辺に彼らと敵対する危険な勢力はない。そして幕府軍は彼等より劣る戦力しかないのである。彼らを駆逐し、内乱が起きかけているコロニー諸国い連合との協調関係を高めれば、危惧するべきものなど何一つないのである。
「敵要塞に取り付けました!」
「意外と早かったな。そのまま一気に攻め落とせ!」
多少の罠など踏み潰して通れば良い。それだけの戦力はあるのだ。
「フェドラー准将、敵の港に侵入できたそうです。が……」
「……が?港に軍艦が一隻もないそうです。」
「別の港ではないのか?2箇所は確認しているぞ。」
「はい。大きめの港が2つ、小さいものが3つ確認できましたが、いずれにも軍艦どころかサイクロプス1機もありません。」
「何だと?」
まさかもう逃げだしているわけでもあるまい、流石にそれならばわかるはずだ。フェドラー准将はそう思案する。
「そうか。小さい港はいい。大きい港2つに橋頭堡を築け。それと、橋頭堡の構築と同時に音波による偵察を行え。内部に入ったのだ、たとえ電波妨害のジャマーがあっても多少は解る。」
幕府軍の戦力は少ない。ある程度戦力を集結するしかないだろう。
「はっ!」
幕府軍の宇宙要塞イザナミ、その構造は彼が先に攻略したイザナギとは違うようである。イザナミの兄妹要塞であるイザナギは比較的容易に力攻めが出来、その要塞内部を大きく占める要塞砲こそ脅威ではあったが、持久力には乏しかった。この要塞は要塞についてはほとんどデータが無く、偵察しようにも見てわかるでもない。加えて超音波その他の方法はジャマ—によって妨害されている。恐らくは要塞内部は深い構造なのだろう。
「フェドラー准将、兵力を分散させるのはマズイのではないでしょうか?」
「そうだな。上側の主要港と見られる方を優先しよう。」
「下側のほうは装甲艦と作業艇を回し、押さえの兵力だけでよい。」
「了解しました!」
フェドラー准将の指示によって、イザナミ要塞の内部に防御陣地が構築され始める。サイクロプス戦で盾として使用できるような鋼板を配置し、迎撃用の自動砲座を付けていくのである。この間、拍子抜けするほど敵の攻撃が無い。
「下側別動隊の作業は終了しつつあります。」
「既に一時間程か。後どれくらいだ?」
「準備完了まで20分です。」
「偵察は?」
「港の奥までは確認しましたが、敵は居ません。内部構造については突き当たりになっているということ以外不明です。敵の複雑怪奇なジャマーをクリア出来ない状況にあります。」
「そうか。それにしても、敵の攻撃が少ないな……」
上側要塞港攻略中のフェドラー准将が呟く。彼の方もしばしば出てくる自動砲台と、内装されている機銃座などを潰す程度の作業しかない。あまりにも拍子抜けである。
「こちらの兵力は圧倒的ですから、怯えているのではないでしょうか?降伏勧告を送ってみますか?」
「……うむ。そうだな。」
降伏しないとしても、スクリーンに映る表情で何か掴めるかもしれない。そう考えれば意味自体はある。
「……て、敵の急襲です!」
「なに!?」
「下側の港に敵が殺到してきました!」
「どこから出てきた?」
「不明です。ともかく港の奥からだと……」
「抑えきれるか?」
「無理です!」
索敵手のモニターに映る敵は、攻撃を耐えられるような少数レベルではない。
「わかった。出てきたならちょうどいい、主力軍をもって討伐に向かう。10分こらえよ!」
要塞を潰すには手間がかかるが、出てきた敵を倒してしまえばその分楽になる。敵が出てきたならば、丁度いいといえるだろう。彼は抑えの部隊を残し、主力軍を持って援軍に向かうのであった。
故其疾如風
其徐如林
侵掠如火
不動如山
難知如陰
動如雷霆
掠郷分衆
廓地分利
懸權而動
「……なんと。敵将め、なんという手際だ…………」
瞬壊。まさに瞬壊である。彼の手際が悪すぎる、というわけでは無い。だが、彼の到着までに、作業中だった艦艇、資材ののほとんどを破壊されてしまったのである。
「……そうか!まずい、ここは放置して戻るぞ!全艦反転!全速で上側の主要港に戻れ!」
敵将の動きが早いのであれば、これは声東撃西にもなりかねない。
「遅かったか……」
上側港に戻ったフェドラー准将は茫然と呟く。下側に続いて、上側の港に作った橋頭堡も、瞬く間に破壊されてしまったのである。
「……参謀、こちら側の損害は?」
「作業艦5、輸送艦2、駆逐艦2、装甲艦3です……。この他に作業用サイクロプス20、戦闘用サイクロプス24。抑えの兵力より遥かに優勢な戦力で急襲されたため、敵艦艇を一隻も落とせず、討ち取った敵サイクロプスは3機のみです。」
致命傷ではないが、大損害である。
「そうか……。一度総ての兵力をこちらに集結せよ。」
敵はナポレオンかくありきである。彼も決して戦力を分散させた、と言うほどではないのだが、片側の橋頭堡建造中の部隊を一瞬で破壊し、彼が敵軍を討伐に向かった隙に、もう片方の橋頭堡建造部隊まで破壊したのだ。拠点完成間際の一瞬の油断と、一時的な兵力分散と言う弱点を全力で突き、かつ各個撃破していくその戦術。普通の将であれば多少は迷い全兵力の結集などなかなか出来ないが、彼女は大胆不敵な用兵家であるのだ。
「このまま攻めますか?」
参謀の一人がフェドラー准将に問う。だが、サイクロプス数では彼らが勝るが、こう狭い港内では数の優位は発揮できない。艦艇の火力自体は敵と同数。厳しいところである。
「よし、攻撃を継続する。ただし装甲艦とサイクロプス100を港入り口付近に伏せておき、残りを攻撃に使う。攻撃兵力は密集せず広く展開し、敵の火力に劣らないようにせよ。」
「下側の港はどうしますか?」
「そうだな。警戒用サイクロプスを2機配備するだけでいい。」
「了解しました。」
兵を分散させればセレーナ少佐の餌食である。
「敵将フェドラーも、なかなか恐るべき将ですわね。」
そう、紅茶を飲みながら鷹揚に述べるのは、イザナミに籠るセレーナ少佐である。
「そうですか?ずっとセレーナ少佐が先手を取っているように思えますが?」
「えぇ。イチハラ伍長。ですが、守将がわたくしでなければもうこの要塞も落ちている頃でしょう。コウサカ大尉などでも敵に大打撃を与えることは可能でしょうが、ここを守り通すのはなかなか難しいでしょうね。」
「なんて自信……」
「事実を述べただけですわ、ランファ軍曹。敵の手際は良いですし、疲弊しないうちにこのような力攻めをしていたら、わたくしだって守りきれる保障はありませんでしたからね。」
セレーナ少佐は自信満々ではあるが、実際それは否定できない。幕府軍諸将はどちらかと言えば攻めを得意とするため出撃してしまう可能性が高く、要塞防御に専念しきれない気質である。また、防御するにしても程よく攻めつつ守る必要があるため、この塩梅はなかなか難しいのだ。
「それでどうします?下側の港には警戒サイクロプスが2機しかいませんから、様子を見てこれを排除しつつ、敵の後方を突きますか?」
オバタ少尉が常識的な戦術について質問をする。彼女は基本的に艦橋での通信索敵その他参謀達をまとめる事務等を行う士官だが、戦術参謀というわけではないのでそこまで軍略について詳しいわけではなく、一般的な士官程度の力しかない。とはいえ、それでも幕府では貴重な実戦経験を何度ともつ士官である。
「いえ、オバタ少尉。それは罠ですわね。おそらく、敵は上側の港入り口らへんに、伏兵を置いているはずですわ。敵の後ろを突けば、その伏兵に襲われるでしょうし、もたもた退却しているうちに敵の主力部隊に追いつかれて追い討ちをかけられますわ。こちらはあくまでも要塞に篭る事が優位な点です。むざむざ出ては優位性がなくなります。」
「なるほど。しかし、なぜそう思うのですか?」
「敵は、要塞攻撃よりこちらの兵力を粉砕した方が楽な点。また、狭い港では多数の兵力を有効活用しがたい点、という2点です。」
「なるほど、港に展開しきれず余ってる兵力なら、伏兵にしておいた方が有効であるってことですか。」
港湾は割と広いとは言っても、所詮は要塞内の港湾である。内部に倉庫はあるが、出撃通路は極端に広いわけではない。サイクロプスの展開など限られているし、仮に港湾の奥から重火砲が出てきたら一網打尽にされかねないだろう。それを恐れてフェドラー准将は陣地を構築しているわけであるし、当然ながらリスク分散を行っているはずである。
「それもありますね。それと、わたくしが採った戦術は、機動戦術でしたから、また同じ事をする危惧を抱いていると思いますし。とりあえず、散発的な攻撃はつづけておいてくださいな。」
「フェドラー准将、背面から敵は襲ってきませんな。」
フェドラー准将はその報告に幾らか拍子抜けしそうになるが、しかしそういうわけにもいかない。
「そうそうこちらの思い通りにはならない、ということだ。そうなれば敵は我らの前面にいると見て間違いなかろう。」
「総員心せよ!」
フェドラー准将は友軍をの動きを引き締める。万が一にも先ほどのような油断などするわけにはいかないのだ。
「准将、橋頭堡の建造が一応終わりました。しかし、資材を著しく消失してしまったため、撤退時の防壁としてくらいしか使えません。また、前面の防壁をもう少しで突破できそうです。」
「では伏兵部隊を呼び戻せ。一挙に突破し、敵を壊滅させるぞ。」
一度につかえる火力は同数だったとしても、彼等は数で押し切ればいい。幕府軍よりは兵数が多いのだ。
「戻ってきたようです。防壁を突破します。」
「許可する。進め!また、一斉射撃!」
おそらく敵が待ち構えているだろうが、ありったけの火力を叩き込めば消耗戦に持ち込めるはずである。いないならいないで、また問題ないだろう。用心深く砲撃をすることが重要なのである。
「あっ!」
「どうした、参謀!?」
「敵の一斉攻撃を受けました!前面部隊に損害拡大中。」
彼らの用意した装甲板による防壁に、多くの敵火砲が突き刺さる。それで完全に防ぎきれるわけではないが、ないよりはだいぶマシである。そして彼らもまた、装甲艦などを盾にしつつ、艦砲射撃やサイクロプスによる砲撃で応戦するのであった。
「構わん、そのまま砲撃を続けよ。」
撃ち合いの中で下手に引けばそれだけ損害が増す。差し当たっては撃ち続ける事こそが最善手なのだ。
「しかし……」
「なんだ?」
「敵はビーム撹乱膜を坑内に撒布しているようで、こちらのビーム兵器が効果を発揮していません。」
「ではサイクロプスは実弾バズーカ、艦艇は実弾とミサイルで応戦。そのまま進軍せよ。」
「はっ!」
平然とそう指示を続けるが、フェドラー准将は内心舌打ちをせざるを得ない。彼らには実弾砲はそれほど多くはないのである。諸国そうであるが、実弾砲は生産コストが高く資材が多く必要であるため、ビーム砲やレーザー武器が主流になっているのが昨今なのである。一方の幕府軍は実弾武装が多いことからこういった時には彼らの有利になりやすかったのである。
「この坑内もなかなか深く、かつ広いな。一挙に進め!」
フェドラー准将がそう続ける。攻め続けることが重要なのだ。
「敵軍、砲撃しつつ後退!」
「……後退?」
それは、既に奥深く侵入されてなお後退するだけの奥行きがあるのか、という事である。
「判りました。この先は2つに枝分かれしているようです。」
その参謀の発言にフェドラー准将は舌打ちする。
「味方の損害は?」
「先ほどの攻撃で残存の1割以上が大破損傷、疲弊の度合いもかなり……。准将、このまま進みますか?」
この突き当たりで枝分かれしているということは、突き当たりの地点で左右から集中砲火を浴びることになる。これは、圧倒的な兵力をもっていても甚大な被害を出さずに突破することできないということである。そして、すでに彼の想定より損害が大きい。
「射出方向を指向できるミサイルの残弾は?」
「数十発はあります。」
「数十発しかないか。」
数十発あればそれなりに攻撃は継続できようが、この狭い坑内ではミサイルが打ち落とされる恐れが大きい。どれほどの効果があるかは疑問である。
「参謀、イザナミの名前の由来は?」
「おそらく、日本神話の国産みの女神ではないかと。」
「ほう、詳しいな。なるほど……」
イザナミは子宮をイメージして作られたものなのだろう。そう考えればまだだいぶ奥が深い。
「内部構造がそのようであれば、突破するには被害が甚大すぎる……損害が大きすぎる。現行の兵力では厳しい戦況になるだろう。…………我らの要塞イザナギに撤退する。各部に可能な限り爆薬を仕掛け、破壊できるものは徹底的に破壊するようにせよ。」
「了解。」
鉄壁将軍。彼にとっては歯がゆい事ではあるが、セレーナ少佐とはまさにそう呼ぶに値する名将であったのだ。




