第13章 宇宙海賊討伐戦 10節
「カリスト大尉、敵将から降伏すると通信が入っています。」
「そのようですね。攻撃をいったん停止してください。クスノキ中尉に通信は繋がりますか?」
カリスト大尉がその参謀格であるクスノキ中尉を呼び出す。彼の知見はこの艦隊の中においては重要である。
「出来ます。……繋がりました。」
「ありがと。クスノキ中尉、敵将が降伏すると言っていますが、どう思います?」
「おそらく間違いなかろう。こちらは圧倒的に優勢だ。敵の歩兵は戦闘意思がないのか、実戦経験が少ないようで、侵入してから組織的な抵抗を受けていない。」
「なるほど。しかし、それも罠だという可能性は?」
「ありうるな。敵要塞司令官はフェドラー准将だと聞いているが……」
クスノキ中尉が懸念を抱くことは当然である。フェドラー准将といえば、海賊の中では特に名将・名治世者と称えられ、周辺諸国においても彼に敵うほどの将軍はそうそう見当たらないほどだ。その彼と戦っているというのに、戦術や兵力で圧倒してしまっている。疑問を持たないほうがおかしいといってもいいほどだ。
「はい。モニターで確認したところ、データバンクにあったフェドラー准将の顔と一致しています。」
「そうか。ではまず、無条件降伏を受け入れる意思があるか、聴くとよいのではないか?また、人質も欲しい。出来れば要塞司令フェドラーの身柄をな。それで影武者かどうか判断がつくだろう。」
「影武者、ですか?」
「うむ。擬態や整形などをしていないか、で、おおよそ分かろう。」
「なるほど。分かりました。ありがとうございます。」
「うむ。我々はここで待機している。必要があればそちらの指示が無くても敵の掃討を再開するつもりだ。」
「おねがいしますね。」
流石に工作部隊『黒脛巾』の頭領であるクスノキ中尉は、そう言った事に慎重である。確かに外観だけであれば似せることは可能かもしれないが、偽物であることを疑うならばそれが本物かをレントゲンでなり、従軍医などに確認させる必要もあるだろう。また、降伏が擬態である可能性を考慮すれば、クスノキ中尉の制圧部隊には大きな権限を与えておく方が無難である。現場での対応が遅れては致命的だからだ。
「通信士、敵に通信を繋ぎなさい。」
「はっ!……どうぞ!」
通信手は命令を受けて公式回線に回線を繋げる。
「こちらは、攻撃軍司令、カリスト・ハンターです。貴官らが無条件降伏をする意思がある、と、とってよろしいのですね?」
当然要求は無条件降伏である。現在優勢であるカリスト大尉としては、此処で条件付き降伏を求める必要などない、と言う態度である。
「無条件降伏だと!?」
が、それに対してフェドラー准将の参謀が非難の声を上げる。
「参謀!貴公は黙っておれ!カリスト殿、無条件降伏とは我々の生命総てをあなた方に委ねる、ということですかな?」
だが、既に勝敗は決しているのである。フェドラー准将は部下を叱りつけて礼儀を整えての交渉に移る。
「……もちろん、その通りです。」
「そうですか……。しかし、私も大将として、部下たちの生命を預かっているのです。部下たちの安全を保障していただきたい。出来れば、部下たちの退去を、ご許可頂きたいのです。」
「では、降伏を断る、と?そうおっしゃるのですか?」
「いえ。しかし、部下たちの安全が保障されないのでは、降伏もいたしかねます。なにとぞ寛大な慈悲を。」
「都合がいいこと言いますね。こちらはいつでも貴方を踏み潰せるのですよ?しかしフェドラー、もし貴方の部下の安全を認めるならば、貴方は何を私たちに提供してくれるのですか?」
そう告げる伊達幕府軍の指揮官は、鋭い眼光を持つ歳若い美女である。青味掛かった長い黒髪に、赤い目、その整った容姿はその威圧感をさらに倍増させる。だが、歴戦の彼がこのような小娘に威圧されるのは、あまりにも屈辱なことだ。だがそれに耐えねば指揮官たるは務まらないのである。
「それは……」
「それは?」
「何の価値もない我が身ですが、私の生命と財産、家族を総て差し出します。この要塞も、もはや一切の抵抗もせず、また一切の物資も剥奪せず、部下を退去させるでしょう。」
当たり前の当たり障りのない内容ではあるが、今の彼が伝えることができるのはその程度である。
「そうですか。ではまず貴方がこちらに出向きなさい。話はそれからしましょう。大丈夫、我々がしっかりと護衛しますから、護衛官など不要。単身でこちらにくるといいでしょう。また、まだ貴方の部下たちの退去は認めません。直ちにドックを閉鎖し、現在脱出中者のをとどめなさい。」
それは、その時点で囚われるという事に他ならない。護衛はいらないなどいうが、まさに言い方を変えただけで、武装解除して身一つでやって来いという通告である。そして、その通告をするだけの自信がある、という事だ。
「…………承知した。」
「フェドラー准将…………」
不安げに参謀は問いかけるが、彼らに出来ることなどはない。
「うむ。行くしかあるまい。後は任せる。粗相のないようにせよ。」
「しかし、罠かもしれません!危険です!」
「罠だったとしても、戦ってもはや勝ち目はあるまい。それに、かの帝國は捕虜を奴隷に落とし略奪の限りを尽くすときもあるが、粛々として降りた将や兵を辱めたことは一度たりともないと聴く。いいな。厳命するぞ、敗軍の兵として、見苦しい振る舞いをしないようにせよ。総ての武器、総ての物資を封印し、身一つで敵の前に赴くように。写真立て一つ持ってはならん。それらの私有物くらい、あとで返してくれるだろう。分かったな!?」
「はっ!」
粛々と準備を整える。ただそれだけが彼らに出来る抵抗であったのだ。
「マール参謀、どう?フェドラー准将は本物だった?」
海賊であったマールだが、現在はカリスト大尉の下でアドバイザーを務めている。海賊航路の選定にも一定の役割は果たしたが、そちらはCPGの力でも十分であったため、実際の重要な役割はこの検分にある。フェドラー准将と実際にやり取りをしていた彼であれば、本人確認の信憑性は高いのである。
「えぇ。間違いなく本物ですな。」
カリスト大尉の質問に対してマールはそう答える。
「エリザ従軍医もなんかおかしいところとか見つけなかった?」
無論、それだけで確認を済ませるカリスト大尉ではない。
「問題ありません。被験者は、整形など一切をした形跡はありません。」
医療従事者による確認こそが、本物かどうか見分ける確実な手段である。
「なるほど。なかなかの人物だよね。兵も今は粛々と彼に従ってるようだし。要塞に通達しなさい。3番ドックを開放するから、そこから輸送艦で人員を退去させるように、と。それと、20人に1人、人質とします。ドックについた順番に順次、隔離しなさい。5番ドックに向かわせ、そこの輸送艦に詰め込みましょう。」
「輸送艦ですか?」
幕僚の一人が若干引き気味にカリスト大尉に問い返す。人質を輸送船に詰め込めなど、奴隷船かと言いたげである。
「だって他に使える艦ないでしょ?また、要塞内に爆弾とか仕掛けたら、人質にした人殺す、って伝えてね。人質は、要塞点検後に解放すると伝えなさい。また、私有物は後日、中立を保つラグランジュ6に送付すると伝えて。」
「分かりました。他には?」
そこにマールが割り込む。
「カリスト大尉、略奪可能な物資や兵器は至急つばを付けておくべきだ。」
「なるほど。点検が済んだら、即座に使える物資の徴収を急いでください。特に艦艇。敵艦艇の中で修復可能なものは総て幕府の戦利品とします。」
「来ていただいたコロニー諸国連合へは?」
実際、ヘルメス少佐が呼んだとはいえ援軍達を手ぶらで返すわけにもいかないだろう。金銭で解決する方法もあるが、今回の鹵獲品は多く即物的な何かも必要かもしれない。
「んと、この要塞を返還しましょう。っていっても、セレーナねぇ……、セレーナ少佐が決めることだけど。他に対価とするもの少ないし。」
「要塞イザナギを?いいんですか?」
「別に、一度あげたものだからいいんじゃない?ともかく、点検と艦艇物資の徴収を急いで!ウチらのものにしちゃっても、後で分けてあげることもできるんだから!最初に分けちゃったら後でわけるものなくなっちゃうじゃない。」
「はっ!」
実際、その辺の塩梅はセレーナ少佐に任せるしかないだろう。流石にカリスト大尉では権限不足なのだ。
フェドラー准将の攻撃を受けて損傷を受けたイザナミ要塞の伊達幕府軍は、超弩級戦艦の旗艦夕凪僅か1隻でフェドラー准将を追撃していた。夕凪の航行速度についてこれる機動艦は、カリスト艦隊に編成し出撃中であったし、途中でコロニー諸国軍と合流予定であったため、危険はほとんどなかったためである。イザナミ要塞指揮官のセレーナ・スターライト少佐としては、退却するフェドラー准将をイザナギ要塞に押し込めた後、包囲を続けるか、攻城をするか、前線到着後陣頭指揮を執るつもりであった。失態を犯したコロニー諸国軍にどう花を持たせるかも課題であるし、現在訓練を積んだ兵は少なく将兵の損耗も抑えることが課題だ。だが、そんなことは露知らないカリスト艦隊から、驚くべき通信が入った。
「セレーナ少佐、カリスト大尉が要塞イザナギを陥落させたそうです。」
「ランファ軍曹、何か……言いました?」
セレーナ少佐はランファ軍曹の報告に対して怪訝な表情を浮かべる。まさか聞こうはずも無いような、いや、聞きたくないような報告であったためである。
「いえ、だからカリスト大尉が要塞イザナギを陥落させたと。」
「……陥落?何かの間違いじゃなくて?」
「いえ。間違いなく陥落させたそうです。」
3度目である。
「友軍の損害は巡洋艦3隻、駆逐艦5隻、サイクロプス5機。それ以外は損傷したものの修理可能だそうです。」
要塞を陥落させたにしてはその損傷は少ない。それでイザナギを落とせたのであれば武功は抜群と言えるだろう。だが、将兵が減らなかったわけではない。
「また、敵艦艇のうち、空母1隻、戦艦2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦8隻、砲艦4隻、要塞護衛艦7隻、輸送艦2隻、サイクロプス127機を鹵獲したと情報が入りました。これも損傷しているものの、修復可能だそうです。また、この他に、解体し修理部品にまわす艦艇を鹵獲したそうです。」
そして、鹵獲した戦力が想定以上である。カリスト大尉に預けた戦力に匹敵するほどの兵数である。
「よくもまぁ。しかしどうやって落としたのかしら?」
「要塞に帰還する敵と距離をつめ、そのまま要塞に侵入し制圧したと聞きます。」
「送り狼、ですか。」
「また、フェドラー准将以下、主な人員を捕虜にしたそうです。」
しかし、それにしても尋常ならざる奇跡的な戦果である。
「それにしても、まさかそこまで敵が疲弊していたとは…………」
セレーナ少佐がさも不憫そうに呟く。
「疲弊ですか?」
「えぇ。カリストの用兵は確かに優秀ですが、それだけですわ。それに、フェドラー准将とまともに戦って、自軍より多くの敵を破ることは不可能でしょう。」
実際どうなったのかは後々確認する必要があるだろう。カリスト大尉がフェドラー准将より優れた采配を持っているなどありえないのだ。少なくともフェドラー准将は大軍閥を形成するほどの名将である。カリスト大尉も名将ではあるが、流石に彼ほどではない。戦術的な知略は或いはカリスト大尉が勝っていたとしても、である。まさに起きようもない奇跡が起きたようなものだ。
「通達、夕凪は反転!最大巡航速度でイザナミに帰還する。イザナミを手薄にしてしまいましたからね。」
ともあれ、既にイザナギが落ちているならば陣頭指揮をする必要はない。差し当たっては通信での指示で十分であろう。コロニー諸国軍への礼儀と言うのもあるが、それは幕府軍の安全に比べれば優先度は下がる。
「攻略したイザナギの処理はカリストに任せますわ。残存艦隊と鹵獲した兵力の再編成、重要データや書類の管理、兵糧物資の在庫確認、要塞の改修状況と想定修理日程の算出、それらの処理を神速で完了させなさい。完了したら鹵獲兵器と重要データや書類、佐官相当以上の捕虜、イザナミに帰還するのに必要な兵糧物資を積み込み、占領した要塞イザナギをコロニー諸国連合に引き渡すように伝えなさい。また、型落ちのサイクロプスもすべて引き渡しなさい。引渡しの件については私から蔵運内大臣と聖書中務卿に連絡しておきます。軍事拠点についての責任については私の指揮権内にありますから、カリストが蔵運内大臣や聖書中務卿の判断を仰ぐ必要はありません。しかしながら、事の顛末についてのレポートは3日以内に報告するように。ランファ軍曹、そのようにカリスト大尉に伝えてくださいな。」
「分かりました。」
この一戦はあくまでも局地戦とはいっても、稀に見る快勝として歴史に名前を刻む会戦であった。この戦闘によって伊達幕府はその武名を一気に高めたが、一方で海賊を含む周辺諸国のミリタリーバランスが崩れた。セレーナ少佐が望んでいた諸国軍が協力体制を敷く比較的安定した戦況ではなく、世界は、各国が各々に闘い始める混沌へと突き進んでいく。フェドラーの大軍閥を失ったことで、総ての重石が取れたのである。百戦百勝は善の善なるものにあらず。稀に見る奇跡は、まさに孫子の言うが如き状況を導いたのであった。




