第31章 イシガヤの反乱 06節
「スターライト将軍、イシガヤ艦隊が動き始めました。」
オペレーターが、戦場にも関わらずダージリンのセカンドフラッシュでティータイムをしているセレーナ・スターライト中佐に声をかける。
「あらあら。お話も終わったようですからね。……では、予定通り前衛カリスト艦隊に迎撃させなさい。」
セレーナ中佐はそう指示をする。カリスト少佐の率いる艦隊は、セレーナ中佐の率いる艦隊の前列に展開しているが、その指示は同時に攻撃はかけない、ということだ。
「わざわざ戦力均衡する程度の艦隊で迎え討たなくても全軍で攻めれば良いのでは?」
幕僚の一人がそう意見を述べる。ランチェスターの法則を考えれば、一斉に攻撃をした方が被害が減るためである。戦力の逐次投入は悪手だ。
「相手はイシガヤさんですし、こちらにはアカムネ様がいますからね。安全を優先します。」
その意見にセレーナ中佐はそう見解を述べる。幕僚の言うことは尤もではあるのだが、イシガヤが相手では何をしでかすかわからない、という点を懸念してだ。
「アカムネ様を艦橋へ。」
「はっ!」
朱宗こそが名目上とはいえども元帥であり、この討伐軍の司令である。
「スターライト将軍、僕を喚びましたか?」
「アカムネ元帥、元帥足るは僕などと自称してはなりませんわ。貴方の下僕足るは、わたくしの方です。」
「はい。」
「さて、アカムネ元帥、これから前衛カリスト艦隊が賊軍と交戦に入ります。元帥はこれを観覧しながら、サイクロプスにて出撃する御覚悟をしてくださいな。」
セレーナ中佐はそう述べる。本来であれば総司令がサイクロプスで出撃する必要は無い。だが今回に限っては別だ。
「サイクロプスで?」
「そうです。バーン・フルーレ副司令が援護しますから、可能な限り元帥が直接賊の大将を討ちなさい。」
だが彼女がそう指示を出すのは、賊軍の大将が彼の父だからである。彼自身が討ってこそ、この戦いには大きな意味が生まれるのだ。
「父を…………」
「それが大将の務めです。」
みるみると苦悩に顔を歪める朱宗を尻目に、セレーナは涼しい顔でお茶をすする。大将とはそういうものなのだ。たとえ肉親を死地に追いやろうとも、平然と指揮を執りつづけなければならない。まして、身内の不始末は自らの手で片を付けるべきだ。身内に甘い大将には部下はついて来ない。まだまだ子供である朱宗には酷ではあるが、やむを得ない事である。
「設楽原ですわね。」
セレーナはそう呟くのであった。
「こちらから見て左手にクスノキ、右手にカリスト、正面奥にセレーナか。鶴翼だな。」
敵艦に掲げられる軍旗の模様をながめながらイシガヤがつぶやく。セレーナが展開するのは、鶴が羽を広げたかのように、敵を包み込んで倒すための陣形である。
「これは誘われているが、誘われているのであれば行くしかあるまい。」
対するイシガヤは艦隊を魚鱗に展開する。
「各艦各員突撃陣形。セレーナ相手に下手な駆け引きなど通用せぬから、一気に敵陣に乗り込む。好きに奮戦せよ。」
策などない。
「右舷カリスト艦隊に向けて牽制を行う。突撃部隊は中央の突破に集中せよ。左舷は私が無人艦隊を率いて突破する。かかれ!」
「イシガヤ艦隊、魚鱗に展開しました。」
遊撃隊軍団長であるカリスト少佐に索敵手が伝える。レーダー及び長距離望遠レンズによる目視での状況確認である。
「こちらは減速しつつ、このまま鶴翼で迎え撃ちます。各艦砲撃準備。サイクロプス隊は序盤の砲撃戦に備えて発進し、艦直掩を任せます。爆散する艦があったとしても巻き込まれない様にお願いします。」
「イシガヤ艦隊加速始めました。」
「中央に機雷準備!ビーム攪乱膜も厚く展開してください。」
前衛部隊はイシガヤ艦隊とほぼ同数の規模で、歴戦のカリスト少佐に一任されている。セレーナ曰く、ちょうどいい経験なので指揮官として訓練を積め、とのことだ。確かにイシガヤの性格的にこちらを殺しに来るかというと疑問な部分はあるが、それでも油断できない相手だ。ただし、イシガヤの戦法は大半が突撃であるから、これを防ぐように手当し砲撃戦など流動的な動きを強制すれば、カリスト側に勝ち目があるだろう、というのがカリスト少佐の想定である。
「イシガヤ艦隊さらに加速します。」
「正面に機雷全部投下!相手の動きを抑制します!」
機雷を投下すれば、艦の被害を抑えたり機雷回避や除去のために多少時間が取られる。足止めをして砲撃戦に持ち込めばそれで十分だ。
「敵艦隊さらに加速してきます!」
「ちょっとどういうことなのっ!」
カリスト少佐が怒鳴る。敵からも機雷が投下されたことは見えているはずだ。そのまま進めば当然ながら機雷の海に突っ込んでくるということである。
「イシガヤ艦隊より無数の機雷投下を確認!中央からこちら側に全力です!」
「機雷と機雷をぶつけるつもり!?」
イシガヤならやりそうなことだ。
「無数の閃光弾も来ます!」
「くっ……!艦隊加速!私の艦隊は左前方に回避します!クスノキ中尉、そちらは!?」
ある程度は想定されていたものの、機雷に突っ込んでくることはあまり想定できていない。状況がわからない以上、回避行動をとるのはやむを得ないことだ。
「こちらも同様に展開中だが、イシガヤ艦隊から機雷の投下は確認していない。閃光弾もだ。しかしそちらに閃光弾が集中していて逆光で戦域の様子がよく見えんな。牽制の対艦ミサイルは……そちらが加速すると射線に入る。」
「実に厄介ですね!」
「だが、タカノブは加速を続けているようだぞ……。むしろこちらに向かってきているな‥‥…。これはまずい、こちらも回避行動をとる。」
逆光で目視しにくい中でも観測を続けていた索敵手から、イシガヤ艦隊の速度が上がり続けている報告を受けたクスノキも、艦隊の回避行動を行い始める。基本的には加速して前方に移動する方法だ。当然ながらクスノキ艦隊からも機雷は投下されているのだが、イシガヤはそれを無視するかのように突っ込んでくるのだ。正気の沙汰とは思えない。
「そうか……!」
「どう!?」
「相手は人間じゃない。」
クスノキ中尉がそう言い放つ。
「狂っているという意味では一理あるけど……」
イシガヤの渾名は『狂将』である。その被害を顧みない強襲突撃からつけられたものだ。
「カリスト少佐、そうじゃない。相手は無人艦隊だ。」
「……っ!」
機雷と機雷、あるいは機雷とミサイルなどがぶつかり閃光をあげる宙域の中、最大加速したイシガヤ艦隊の数隻が撃沈したであろう爆発が広がるが、まるでそれらの残骸を機雷への盾にでもしたかのように、後ろから次々とイシガヤ艦隊が突き進む。
「このまま回避しつつ前面に抜ける。オペレーターは後方のセレーナ中佐には詫びを入れてけ。各砲はイシガヤ艦隊を狙い撃て!」
「気が付くのが遅い。このまま突っ込むぞ!」
一方のイシガヤは全部隊にそう通達する。有人艦隊でありサイクロプスにもすべて人が乗っているのであれば、このように味方に犠牲が出ることを加味して、それを盾にした戦術機動など早々とれるものではない。戦場においても上下の信頼関係が無ければ人は動かないものだ。兵を簡単に使い捨てるような指揮官についてくる部下などそうはいない。だが、今イシガヤが指揮しているのはほとんどが無人艦であり無人機である。信頼関係も感情も全く関係が無く、指示された通りに動くだけの人形なのだ。いくら犠牲にしたところで国家の財政以外は痛まない。
「このままクスノキ艦隊に張り付く。各員、出来るだけ敵艦が爆散しないような場所を狙って攻撃しろよ。腐っても同胞だからな!」
「イシガヤ艦隊接近続けてきます!」
「ぶつける気かもしれん。各員衝撃にも備えよ!なるべく近寄らせるなよ!……タカノブめ、さすがに厄介が過ぎる。」
クスノキ中尉はそうぼやきながらも艦隊の指揮を続ける。彼自身はそこまで艦隊式が得意ではない、というのもネックではあるのだが、得意だったとしてもこれをどうにかできるのか、という問題がある。事前に認識できてればもう少し対応のしようもあるが、完全に初見殺しだ。
「ミサイルでも砲でもかまわん、ともかく敵を近づけさせるな!サイクロプス隊は敵艦を優先して狙え!」
「全然無理です!」
焦ったオペレーターはそう応える。何をしても突っ込んでくるのだから近づけさせないなど無理な話なのだ。
「無理でもやれ!」
これが人間であれば砲撃や衝突による撃沈に怯んで進軍速度も落ちたかもしれないが、相手が機械であればそんな感情は全く存在しえないし期待もできない。ましてや操る人間が狂将とも称されたイシガヤである。中に人が載っている状態でも無謀とも思える突撃戦を繰り返してきた彼が、人が載っていない状態の兵器を操ったらどうなるのか、というのがまさにこれだ。だが、彼のクスノキ艦隊の人員に対する殺意が高かったなら、現時点でクスノキ艦隊の多数の艦艇が爆沈し、多くの死傷者が出ていたであろう。その点、イシガヤ艦隊の攻撃ポイントが艦艇の機能を止めるだけのような箇所に集中し、火薬庫やエンジン部を狙ってこない点は幸いであった。
「だめです!左舷の艦隊に取りつかれました!」
取りつかれた、というのは、比喩ではなくまさに取りつかれた、という表現が正しい。距離でいえば10m程度に接近された艦艇もあり、これではまともに迎撃できる状態ではない。
「接弦した敵艦への砲撃は中止。離れている奴だけを狙え。全力加速でともかく前進して振り切れ!サイクロプスは支援を!」
「やだっ!だめです!」
混乱中のオペレータがそう叫ぶが、イシガヤ率いる艦隊はクスノキの指揮をあざ笑うかのように、その旗艦周辺の艦への砲撃を加え、主機関や砲への動力管がある個所を的確に穿ちぬいていく。遊ばれている、という表現がまさに正しく、クスノキの乗艦はほぼ無傷なままだ。この間カリスト艦隊はクスノキ艦隊の支援と救助に向かうため、戦域を迂回しながらイシガヤ艦隊の後方を追えるように移動しつつあるが、その射線上にクスノキ艦隊がいてイシガヤ艦隊と肉薄していることもあり、支援砲撃も行えない状態のままであった。
「イシガヤ艦隊、抜けます!味方被害甚大で5割の艦は行動不能です!」
「残存艦はこのまま前進。味方の救援はカリスト艦隊到着まで待てと伝えよ。15分あれば届くはずだ。行動不能な艦同士での救助活動はそのまま続けよ。」
イシガヤ艦隊の被害も決して少なくはない。3割程度の撃沈は確認できており、すり抜けた艦艇も大半が満身創痍である。だが、それでもこれが本気の戦いであれば、クスノキ艦隊はほぼ全滅状態であろう。横を通り抜けていく青地に白線と南無観世音菩薩のイシガヤの旗は、死んでいった兵たちを弔うためか、死んでいく兵士たちを弔うためなのか、あるいは慈悲を示すのか、幾千万の魂かの如き星が輝く宇宙の虚空にはためきながら、彼のそばを離れていくのだ。
「菊水や 波の飛沫に 血を洗え 血潮の潮も 海へ還れば」
イシガヤ艦から和歌の通信が入る。修証義にあるように、海は、汚れた水も綺麗な水も流れ込み、それを否定もせず、すべてを受け入れてなみなみとして満たし、全てを内包しているようなものだ。クスノキの軍旗は菊水であり、カリストの軍旗は赤地に波飛沫とイルカの旗だが、この水に彼らの手に染み込んだ血を洗い流し、そういった母なる海に還せばいい、というのがイシガヤの歌の意味であろう。
「……人としては半人前もいいところだが、和歌は一人前気取りだな。」
それを受けたクスノキは返歌を返さない。上句や下句だけではなく、両方そろった、既に完成された歌であるからだ。
「手勢で撃沈したのは3割弱か。他も損傷多数だが、動けばそれでいい。」
イシガヤは被害状況を確認しながらそう述べる。艦艇の被害が少なくないわけではないのだが、そんなことはどうでもいいと思っているかのような発言だ。
「セレーナ少佐の艦隊にも同様に突撃するのですか?」
反乱参加のパイロットの一人が問う。実際外から見たときの損傷はそれなりに大きい上に、セレーナ少佐の艦隊はまだ無傷のまま整然と布陣しているからである。おそらくT字のような陣形で、装甲艦を正面、次に砲艦などを横一列に並べ、後方に艦隊旗艦を置いた状態であろう。やたらと突っ込んだところでハチの巣にされることが目に見えているのだ。
「同様ではないが突撃はする。セレーナを叩けるかどうかがこの決戦の肝だ。旗を見ればわかるが、相手はマーズ・ウォーター社の護衛部隊が多数だから、正規軍よりは弱いぞ。セレーナを叩けなければどのみち地球侵攻などできようはずもない。奮戦してみせよ。息子らを含めて王族も多いが、撃沈させられるならさせても構わん。王族が減れば私の発言力が増えて事は運びやすいからな。ここで死ぬなら流石に息子も運が無さ過ぎる。浮世に生き残れはしまい。」
「承知しました!できる限り意地を見せてやりましょう!」
イシガヤ自体はやる気もないような抑揚での発言だが、反乱参加のパイロットの一人はそう意気込んで応えるのだ。




