第31章 イシガヤの反乱 05節
「イシガヤ先王、正面にセレーナ将軍率いる艦隊を捕捉しました。」
「わかった。私は私室で通信を行うが、各員は戦闘準備を整えておけ。ここが天王山になるぞ!」
「了解しました!」
僚艦を指揮する艦長の報告にイシガヤはそう応える。戦うために来たのだから、戦う以外の選択肢はない。
「そよ風か僅かに香る山吹の花に魅入られゆく道もがな」
イシガヤがそう詠っている間に、その回線はセレーナ艦隊の司令室に繋がるのであった。彼としては最期にセレーナと会話出来るのは幸いである。その白人の見た目とは裏腹に、日本人として育ち故事にも詳しく花鳥風月を愛する典型的な日本人の知識層であり、また軍才は世界にも稀に見るほどの逸材である。多くの戦争で伴に戦い、背中を預け、伴に国の在り方を語った友人でもあった。
「セレーナ、俺の討伐ご苦労。」
「あらあら、イシガヤさん相変わらず余裕ですわね。」
敵対している相手ではあるが、お互いに古くからの馴染みである。気負って話すほどのことも無いのだ。
「お前のおかげであらかた片が付いたからな。」
「こちらは朱宗さんの補佐と貴方の討伐軍編成やらで大変多忙でしたわ。息子もまだ幼いので面倒も見ないとなりませんしね。」
「そいつは悪かったな。」
「やれやれですわ。ところで、思い残す所はありますか?どうせ伊達幕府の責務と、朱宗さんの母であるシルバー様と貴方自身の業を背負って死ぬ気でしょう?まるで西郷隆盛の最期のようなものですが、石谷氏は元は西郷氏でしたっけ?」
「わかるか。ちなみに薩摩の西郷と遠江石谷の西郷の関係性は不明だ。西郷太郎政隆の後裔示唆するような西郷太郎太夫を名乗った一族がいるような系図も残っているし、今川了俊の影響のあった地域の出だから、もしかしたら何らかの関係はあったのかもしれないがな。」
「行動原理はわかりますわね。石谷氏の蘊蓄はどうでもいいですが。」
石谷氏の蘊蓄はともかく、結局の所セレーナの言う通りなのだ。この戦乱を収めるために幕府は多くの血を流してきた。たとえば逆賊イーグルの一党の多くは見せしめに殺したし朝鮮半島は焼き払った。多くの会戦も民間人の被害は抑えたとはいえ、敵味方含めて多くの軍人を死に至らしめているのも間違いのない事実だ。それらを平然と指揮したのがイシガヤであり、司令官だったシルバーである。それなのに平然と国に居座れば、戦争という惨事と虐殺者の賛美は終わらないだろう。
……だからである。戦争を起こした張本人を身内が始末して戦争の悲劇を終わらせる。言い方を変えれば、戦争責任を誰かが引き受けて、そこに惨劇の主犯の汚名を被せて次期世代の人間が討伐すれば、次期世代もまた被害者であり加害者を討伐した者として戦争責任を回避し得る。浅知恵かもしれないが、大義とは古来そういうものである。それをセレーナは理解しているし、スケープゴートになり得るのはイシガヤくらいしか残ってはいないのだ。血濡れの世界は自らの血で清め、子供らにはそれを引き継ぎたくないという親心でもある。数多くの敵味方の命を奪っておきながら自らの子の安寧を望むなどおこがましい事ではあるが、人はそういう欲望と希望がなければ、幸福を得ることは難しいものだ。
「セレーナ、俺は君主としては失格だったわ。イーグル王程の覇気もなく、ナイアス・ハーディサイトやアーサー王程の力量も野心も無かった。俺は人ならざる程の力を持った妻の力で、ようやく世界に平和への道を示すことができたが、結局はそれまでに築き上げた悪業を清算しなければならない。いや、悪業を俺が背負って、子らには人並みでいいから暗殺などをされない普通の人生を歩んで欲しいと思うのだ。俺は妻2人を戦火に亡くし、父も母もまた暗殺され、養父のように育ててくれた義父は自ら作戦のために捨て駒にして、また別の義父母は大義の為に見殺しにした。俺はやってきた事を後悔しちゃいないが、茨の道は子には踏ませたくない。解るだろ?」
君主に足りない者が君主を演じて来た苦しみである。
「俺はどうにか世界を耕し終わった。新しい時代にいらない雑草は始末したし、新しい苗木は用意したよ。」
世界は戦乱の時代を終結させる方向に進みつつある。世界には伊達幕府に対抗できる程の軍や名将は残っておらず、伊達幕府もこの度の内戦で大規模兵力を奪われるという大きな被害を受けたために再建には時間がかかる事に加えて、そのせいで国庫の消耗が尋常ではない。将軍にしてもナイアス・ハーディサイトとの開戦前から正規の軍団長以上として任官され軍に残っているのはセレーナとモガミ中佐だけである。天下に覇を唱えたかに見えた伊達幕府がこれでは世界に圧政を敷く事は不可能であり、共存の道を模索するしか道はない。
「まぁ、わからなくもありませんわ。貴方の自己満足に付き合わされる身としては勘弁して欲しいところですけど、これだけの事をした以上は誰かが責任をとる必要がありますからね。……朝鮮攻めについては、庇ってくださってありがとうございました。」
「そういうこともあったな。だが、アレはセレーナのやるべきことであるまいよ。王族がやるべきことだ。」
セレーナが言及したのは、朝鮮半島攻略の際に彼女を更迭したことだ。
「その時の恩に応えて、イシガヤさんの討伐はこちらで存分に引き受けます。貴方への手向けに、貴方が勤皇の士でありながらも悪逆の賊徒であった事は必ず伝えておきましょう。また、貴方の妻子はこちらで参戦しており、ソラネさんやカレンさんについても貴方に拉致されただけなので、逆賊にならない旨保証はいたします。ソラタカさんがご息女も保護していますし、こちらに軍を供出してますからね。」
「さんきゅな。大変助かる。」
「では、新しい秩序のために、後程弓矢でお相手致しましょう。」
「あぁ。競べこし弓矢の道に思い置く君ならずして誰か伐つべき。では、鉄壁将軍セレーナ・スターライト殿、ごきげんよう。」
「明日よりは安寧の世の夢を見て過ごしけらまし君見ざるとも。ではタカノブ・イシガヤ殿、ごきげんよう。……ヤオネさんにかわりますわね。」
たわいもない事ではあったが、イシガヤにとってみれば、自分が死んでもこれだけ頼れる人物と知り合いであったのは僥倖であった。
「ヤオネです。タカノブ……」
「久しいな、ヤオネ。元気にしていたか?」
「まぁなんとか。でも朱宗さんのフォローとか、子供達を参戦させる支度とか、CPGやマーズウォーターの調整でとても忙しくて疲れたわ。」
「悪いな。お前でなければ出来無かったことだ。」
「面倒な事はいつも私に押し付けますよね。酷い夫だとつくづく思います。」
「すまんな。」
「加えて、私が貴方を伐たなければならないんでしょ?自分で言うのもなんだけど、私ほど気丈な賢妻が正室でなければ、貴方の思惑なんて一切成功しなかったと思いますよ。」
ヤオネが自虐的に自分自身を称賛するが、しかしその通りでもある。シルバーであっても、クオンであっても、ソラネであっても、カレンであっても、あるいはヤマブキであっても、ヤオネ以外が正室であったなら、絶対にこれほど円滑に彼の思惑を達成することはできなかったであろう。彼女は彼の思惑の通り、完璧に動いてみせたのだから。
「その通りだ。だからこそお前を愛しているし頼りにしている。」
「そうやって軽く言い放つ……。私としては……、やっぱりおじいさんとおばあさんになるまで仲良く暮らしたかったのだけど……」
「思わないでもないが。……子や孫に囲まれて、か。幸せ過ぎる光景さな。俺のような血まみれの男には過分な夢だ。」
否定するその瞳は、とても穏やかで悲しげで。そしてほんの少し幸せそうでもある。
「それとクオンさんですが。」
「どうせ来てないだろ。」
「はい。ただ、……この絵を、と。」
ヤオネがモニターに移すのは、稲穂で描かれる黄金色の海のみなものような水田風景の油絵だ。時刻は朝焼けであろう。深い闇の中には銀星が煌めき、しかし海と空の狭間には太陽がその姿を現し始め黄金に輝き、海と大地の狭間は金色の稲穂が風に揺れ水面のような波として揺れる。著名な印象派の画家などに比べて物凄く巧いというほどではないが、彼にとってみれば非常に重要で、印象深い絵でもある。
「……流石にクオンだな。」
退役して好きな芸術方面に生きているだけはある。
「……俺の望む世界だ。」
自らはそこに生きることは出来ない理想郷だ。
「ヤオネ、その絵は娘のトワに遣ってくれ。」
「わかりました。子供達にも最期にあってください。ソラタカとトワとカノンはエウロパからの通信ですが、アカムネとシゲノブは貴方を倒すために参戦しています。」
「呼べ。」
そういわれて子供達もモニターに映される。伊達朱宗、石谷鎮信、厳島永遠、石ヶ谷空隆、殺者可音、三男二女である。
「子らよ、この度の件、父がお前たちに迷惑をかけることはすまなく思う。だが、これもまたやむを得ないことだ。……朱宗、お前は伊達の総領として、母である銀の名を辱めないようにせよ。嫌なら征東将軍など返上してしまっても構わん。栄華を求めるな、必衰である。……鎮信、石谷の総領は任せる。良く母に従い国に尽くせ。財を誇ってはならん。……永遠、お前は母に似て芸術の才があるからその道にでも進め。後々だれか夫を得ても決して権力を望むな。お前が一番軍才には優れているが、敢て市井に送ることは当家の生存戦略としてよく理解できるはずだ。軽んじているわけではない。……空隆、お前にはマーズ・ウォーター社を与えている。敢えて総領の鎮信に譲らずお前に譲るのは、過分な力を持った石谷家の力を分散させ、民草に圧倒的な経済の覇者がいる恐怖を与えないためだ。その点よく考慮して兄と親しくしつつも倹しく暮らせ。……可音、お前は鬼庭家の元信と婚約が決まっているから、嫁げば鬼庭家に忠孝を示せ。お前は国賊ナイアス中将の孫娘であるが、彼は天下に名高い名将であった。誇りにせよ。子らよ、夜緒音は私にとって賢妻である。私はヤオネを信頼している。お前達も実の母とも思いヤオネに良く従え。」
イシガヤはそう、淡々と一気に述べる。
「父上、よろしいですか?」
「なんだアカムネ?」
「父上はどうして僕達を捨てるのですか?」
アカムネの甘い発言にイシガヤはやや苦い顔をするが、だがその質問に彼はしっかりと答える。
「アカムネ、覚えて置け。私は家族を捨てるわけではないぞ。今もお前の母シルバーを含めて妻全員を愛している。当然ヤマブキもだ。もちろんアカムネをはじめとして、お前達子供もすべて愛している。ただ、私は王であった。人臣を統べるべき者だ。普通の人間ではないし、普通の人間にはなり得ない。普通の人らしい行動がとれるとは限らない。それに、家族は国があるから安寧に過ごせる。だから私は家族を守るために国に尽くす。これは軍人と同じだ。任務のために戦うし、任務のために戦死すれば結果的にお前達の側にいられない。似たようなものだ。」
そして彼はさらに続ける。
「子らよ、当家のマーズ・ウォーターでは、穀物生産以外でもいくつも農作物を生産してることを知っているな?父がやっているのは、いうなればそれらの農業と同じだ。農作物を作ろうと思えばまずは土壌を良くしなければならない。酸性にしてもアルカリ性にしても植物によって適切なものがあるし、土壌に含まれる肥料成分とて作物によって適切なのはそれぞれ違う。これらは政治においては政策などだな。ここがしっかりしていれば、作物も人も伸び伸びと生育を始めるだろう。そしてインフラの整備も大事だ。作物を作ろうと思えば当然水が必要になる。灌漑設備を用意しインフラを整えるのは大事なことだ。また出荷しようと思えば出荷に必要な梱包設備や倉庫、道なども準備していく必要がある。これは政治においてはそのままインフラ整備だな。作物も人もそうだが、手をかけてインフラを整えればそれでいいというわけでもない。水をあげ過ぎてしまえば根腐れを起こすような作物もあるのと同様に、人もまた甘やかしすぎてはちゃんと働かなくなるだろう。過剰なインフラ整備は農業生産の利潤を圧迫するし、政治においては国民の負担も増え生活を圧迫するから、適切な範囲を見極める必要もある。そして、父が今やろうとしているのは、剪定であり摘果だ。農業においては土壌を整えインフラを整備し灌漑をすれば、確かに作物の生育はよくなる。だが、良い作物を収穫し、そして作物の樹勢などを維持するには適切に剪定し、摘果することも必要になる。余分な枝が多すぎても生育不良を起こし、風通しが悪いことで病気が蔓延して十分な実が付かないこともあるし、摘果が不十分であれば実は十分に大きくなれずに小さいままだ。これは政治も同じで、必要なものと不要なものを取捨選択し、大事なところは残して、そして不要なものは切り捨てる必要がある。」
イシガヤがそう告げる。古来政の基礎はまずは農業である。戦においてもっとも必要なものは兵糧であって、喰わなければ兵は必ず死ぬからだ。イシガヤ家が農業インフラを優先して抑えているのはその思想が強いからであり、実際に国家国民のために食糧を安定生産して供給を続けている。独占的ではあるが、その分だけ市場の変動は無く、木星圏の人々は安心して日々を送っているのだ。その農業を引き合いにして彼は現状を語る。
「そして、今不要になったのは、まさに父とここにいる、戦うことしかできなかった兵士たちだ。」
大乱の時代は終わりである。現実的に騒動を起こせるほどの戦力を動員できるのは伊達幕府程度であり、その伊達幕府が兵を起こさなければ世界は小規模な騒乱程度はあっても、世界大戦規模の戦争を起こせるほどの状態ではない。それぞれ消耗したこともあるが、伊達幕府の国境を元に戻す方策の下、現在では従来の国境を基にした小国家群が新地球連邦政府を構成する形に戻り、単独で大規模兵力を動かせるような組織が焼失したからである。だが、戦いの過程で彼の言うように、平和に馴染めず戦うことしかできなかったはぐれ者が存在してしまったのも事実である。
「朱宗の先祖である伊達政宗は、不幸なことに父を戦場で亡くし自ら殺すような羽目になったが、しかしその結果、過去のしがらみを捨てて治世を行うことができ、勢力を伸ばせた面もあるだろう。また父も同じだ。父の父母は早くに亡くなっていて、父はそれで苦労もしたが、一方で過去のしがらみなどねじ伏せて治世を行うことができた。もし下手なしがらみで雁字搦めになっていれば、CPGの主導権を取り戻すこともできず、マーズ・ウォーター社すら失っていたかもしれない。だが、戦い続けていた父には多くのしがらみがある。幕府の戦争を主導し、多くの戦場で指揮を執り、そして敵やその民を葬ってきた。父のいる限りこのしがらみから幕府は解放されないし、お前たちもまた解放されない。父はすでにお前たちのような苗木や若芽を用意したし、これから息吹く世界に父がおらずとも、農作物も人も十分育っていくだろう。」
実際に幕府は混沌とし荒れた世界を武力で平定し、何とか治世が回る程度には環境を元に戻すことに成功している。田畑を耕し苗を植えたのとそう変わらないだろう。
「だが、その過程にある剪定や摘果という作業も簡単なものではない。適切な枝を残し、適切な量の実を残す。これらはそれなりに経験が必要なもので、素人が一朝一夕にやるには困難を伴うものだ。総てを機械に任せてやれるようなものでもないから、労力も相当にかかる。それは同じように不要になった父がやろう。後の収穫をお前たちに任せるのは申し訳ないが、適材適所だ。致し方ないと思ってもらいたい。」
彼の子供たちはわかったような、わからないような、そんな表情で彼の話を聞く。
「お前たちにはまだ難しいかもしれないがな。……さて、良く長話をしたものだ。残りは戦場で拳で語るまでだ。」
「しかし父上!」
話を打ち切るイシガヤに対し、長子のシゲノブが声を上げるが、
「シゲノブ、父の話はまた母が何度でも教えてあげます。今は父を討ち取ることが肝要です。」
ヤオネがそう言ってそれを止める。
「そうだな。ヤオネの言う通りだ。だが簡単に討ち取られてやるとは思わんことだ。……ヤオネ、すまないが、後は任せる。」
「……わかりました。」
無情忽ちに到るときは国王大臣親暱従僕妻子珍宝たすくる無し、唯独り黄泉に趣くのみなり、己れに随い行くは只是れ善悪業等のみなり。




