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星光記 ~スターライトメモリー~  作者: 松浦図書助
後編
167/171

第31章 イシガヤの反乱 04節

 翌昼、幕府軍は将校を集め、演台には総司令であるアカムネが立つ。まだ若く堂々しているとまでは言い難いが、それでもちゃんと意志の強い若武者としては見られるよう、意気込みが感じられる様相だ。勇壮さを示すように、総勢50機ほどのサイクロプス隊が付近に林立しており、

 「伊達幕府征東将軍伊達大納言藤原朱宗より国民に告げる。諸君の知る通り先の執権石ヶ谷隆信が兵を奪い地球侵攻を行おうとしている。これらは我々幕府王族の願うところではなく、彼を賊徒として討伐することを改めてここに告げるものである。星光瀬怜奈少佐を事実上の指揮官とし、鎮守将軍の地位を特に与え、私の補佐を任せて出撃するものとする。セレーナ少佐、ここへ。」

 アカムネが、台本を読みながらなんとか宣言を続ける

 「御意。」

 「セレーナ少佐には、天皇陛下より正式に任命権を預かっている従五位下鎮守将軍の号を与える。また幕府軍としてもカナンティナント・クラウン中佐の後任として地球方面軍軍団長中佐の官を与え、併せて当面の作戦において参軍に命じるものとする。先に幕府軍副司令を務めた亡き蔵運内大臣橘香楠邸南都殿の代わりとして私の補佐を務め、幕府国民の安寧を維持せよ。」

 「承りました。」

 セレーナ少佐は事実上の中佐格ではあったのだが、女神隊という幕府に直結しない軍団を指揮する都合でこれまで少佐に留め置かれていた経緯がある。しかしここにきてはそんなことを言っている場合ではなく、クラウン中佐亡きあとの幕府軍を担う将軍として彼女が抜擢されたものだ。特に凪仁天皇陛下より直接従五位下鎮守将軍の号を許されたことも大きい。伊達幕府は日本全体を支配していないこともあり、征夷大将軍ではなく征東将軍として幕府を開いているが、歴史的にみると鎮守将軍の地位はこの征東将軍に次ぐレベルの役職である。



 「ようやく、だな。」

 宇宙世紀0296年12月10日、世界の戦乱は終息し、ただ石ヶ谷の率いる軍のみが平和を脅かしていた。

 「長い戦乱ではあったな。」

 イシガヤがそう漏らすのも無理からぬ話だ。日本協和国伊達幕府は、建国していくらかの平和な時代はあったが、先々代の仮王執権イーグル・フルーレの代に新地球連邦への手伝い戦を初めてから今日まで、六十年近くに渡り戦の無い年は無かった。だが、戦乱はほぼ終結し、多少の海賊やテロリストが残るとはいえ、軍の規模で新地球連邦政府の敵として残るのは彼の反乱軍のみである。ここまでこれたのは長く自己犠牲に富んだ国民と将兵達のおかげであったろう。

 「本当に、ようやくだ。」

 あの日、まだ二十四歳の頃、彼は伊達幕府の執権であり彼の妻が伊達幕府の棟梁であった。しかし、非力にも東南アジアの軍に日本の本拠を踏み荒らされ、屈辱ではあったろうが本領の木星へと逃げざるを得なかった。雌伏の時を経て彼らは地球へと帰還し、木星の精鋭を以ってアジアを席巻する。その武威はフィリピン、インドネシア、朝鮮、ベトナム、マレーシア、パプアニューギニア付近まで及び、協力国である台湾、中国南部、インドなどを含めれば、アジア周辺をほぼすべてその影響下に治めたのである。これらの軍の旗頭として、伊達幕府執権の彼は、刃向かった者には徹底的な制裁を加え、例えば朝鮮は完全にインフラを破壊され焦土とされている。こういった処置に対する諸国の不満を抑圧しつつも、幕府は新地球連邦の秩序を回復するために軍を進めた。そして欧州の軍とぶつかる。もともと欧州とは連合関係にはあったが、最終的な地球の意志を一つにまとめる新連邦政府の方針の違いで揉め、戦端を開き決戦の様相となった。双方総力戦を望まず、武官のみで勝敗を決したのが不幸中の幸いではあった。結果を言えばこの会戦の勝利者は伊達幕府であった

。しかしながら、欧州の盟主アーサー王を数多の屍の上に屠った伊達幕府ではあったが、その棟梁でありイシガヤの正妻でもあった征東将軍伊達大納言銀をアーサー王の采配した軍の攻撃により失った。伊達幕府の棟梁は基本的に伊達家の血筋でなければならなかったため、幼児であった伊達銀と石谷隆信の子である朱宗を征東将軍となす天皇の勅命を受けて棟梁とした。合わせて石谷隆信と夜緒音の子である鎮信が石谷家の家督を継ぎ、隆信は石ヶ谷を称した。

 だが、ここに来て幕府の国内情勢が変化する。戦後処理に不満を持った国民が当時の与党を排除し、右傾化した国民は幕府の権益強化を持論にしていた野党のヤシロを支持し、ヤシロの執政の下に地球侵攻作戦が提唱され、艦隊が編成され始める。もちろん、これらの国民感情を扇動して居ていたのは、野党勢力であることは言うまでもない。だが、その方針に日本協和国朝廷は反対し、内大臣であるカナンティナント・クラウンを代表として異議を唱えさせ反対の立場を貫いたのである。クラウン家という王族、そして幕府軍元帥という立場でもあっても国会の方針を排除することは難しく、また軍の反対があっても国会主導で開戦に迎えるように2個師団艦隊分の無人艦隊の建造は進んでしまう。AI制御や脳波コントロールによって運用可能なこの戦力は、軍からすればイレギュラーや不整地への適応力が低く、地球侵攻戦に向かないことは明白ではあったが、軍事に疎いヤシロをはじめとした政府首脳は理解に乏しく、また、イレギュラーや不整地が少ない木星周辺の宇宙空間戦闘では実際に運用されている部分もあることから、カナンティナントの抗議もむなしく、その上、彼は国民に親しまれている都合、彼が反対意見を唱えている限り、仮に地球侵攻作戦自体の支持率が高かったとしても実行に移せない懸念が大きかったことから、ヤシロにより暗殺されてしまう。普段は十分護衛をつけているカナンティナントではあったが、親王殿下のおわす宮中ではそういうわけにもいかず、そこを狙われたのである。

 だが、宮中で暗殺事件など、普通ではありえない大問題である。この問題は政府によって報道規制が敷かれたが、星海新聞をはじめとしていくつかの報道機関が抵抗し、ヤシロによるカナンティナント暗殺疑惑を大きく報道されることとなる。また、王族であり独自の諜報機関を有するイシガヤ家の暗躍により、ヤシロの罪が暴かれ、前当主タカノブの手によってヤシロが誅殺される事態となったのである。ここまでであれば、王族であるとはいえ現役首相を暗殺したタカノブの死を伴う処罰だけで済む問題であったかもしれないが、さらなる問題が発生する。そのタカノブがヤシロの用意していた無人艦隊を率いて反乱の旗を上げたのだ。規模としては僅か2個師団艦隊ではあるが、木星首都周辺での戦闘とその被害を恐れて幕府軍は静観、イシガヤ率いる艦隊は地球方面へ向かう行動を起こす。

 こういった情勢の中で、いち早く討伐軍を編成したのはセレーナ将軍率いる艦隊であった。彼女は幕府軍総司令アカムネ・ダテの木星視察の護衛を務めるべくその補佐として地球圏からの帰還艦隊を率いていたのだが、艦隊には王族ダテ家当主アカムネの他、現イシガヤ家シゲノブ、フルーレ家当主バーンなどもいたことから、王族の意志を統一し、国会及び朝廷の支持も取り付けて、タカノブ討伐の軍を合法的に興す事となったのである。イシガヤ家の影響下にある木星の食糧庫たるエウロパを直ちに抑え万全の状態を整え、またその護衛部隊を討伐軍に引き入れることで、タカノブ率いる艦隊よりはやや有利な戦力でこの迎撃にあたる情勢である。

 「タカノブ、セレーナ様との会戦予定まであと1日程度です。将兵はやや恐れをなしているものの、後に引くことはできず、また帰る場所もないことから、実際の会戦では十分に士気を保てるものと思われます。」

 タカノブ・イシガヤにそう伝えるのは、彼の側室であるソラネ・イシガヤである。

 「そうか。」

 「また、周辺にいるCPG社の商船より、面会依頼が届いています。扇のマークの旗を掲げているようですが……」

 「ようやく来たか。間に合ってよかった。通せ。また、ソラネとカレンは同席しろ。」

 「承知しました。」



 「イシガヤ先王、久しぶりだな。」

 「サタケ殿、久しぶりだな。ロシア会戦以降はほぼ会ったことは無かった気がする。」

 イシガヤがしみじみとした様子でそういう。サタケと呼ばれた男性は、フィリピン軍の将軍を務めるトモシゲ・サタケである。イーグル反乱の際にイーグルに味方し、その後はフィリピンに亡命し伊達幕府と干戈を交え、フィリピン降伏後も同政府の将軍の一人として軍を指揮してきた人物である。ロシア会戦においても幕府への援軍として同国の軍を率い参加し、欧州連合のエースを撃破する武勲を挙げている。

 「確かにお目にかかる機会はなかったはずだ。軍務以外ではこちらの出番はないからな。カレン様、ご無沙汰しております。また、ソラネ様もごきげんよう。」

 「サタケ様、ご無沙汰しています。フィリピン戦でのご助力は忘れたことはありません。」

 「あの時は、ここにイシガヤ殿に負けた情けない護衛で申し訳なかった。」

 サタケがカレンにそう謝罪の言葉を述べる。フィリピン防衛戦においてはカレンの護衛部隊を指揮し、イシガヤと直接対決したものの敗退し、カレンを奪取される失態を犯している。もっとも、サタケに非があるというより、単にイシガヤの方が上手だっただけではあるのだが。

 「乱世ですから仕方ありません。サタケ様と部下の方々は、できる範囲で十分活躍してくれました。ありがとうございました。」

 そういってカレンが再度頭を下げる。

 「さてサタケ殿、用向きはこちらからお願いしていたことであろう?」

 「その通り。こちらで預かります。」

 「助かる。」

 イシガヤとサタケの会話に、カレンとソラネは怪訝な顔をする。

 「さて、この木星宙域で話をするのも感慨深い。あの時もサタケ殿とは敵同士だったな。」

 「あの時もこちらが負けてしまったがな。」

 「まぁそういうな。勝ったのは我々であったが、イーグル王が本当に間違っていたかどうかなど、未来の人間があれこれ歴史の文書でも弄りながら追及してくれようし、なんなら我々が間違っていたと指摘されることもあろうよ。少なくとも彼は幕府国民の生活水準を戦乱の中でも維持していたし、その彼に付き従った貴官らの気持ちも十分わかる。」

 「そういってくれると多少は助かる。」

 「そして、今回は私がイーグルの立場だ。」

 イシガヤははっきりそう言うが、それは最初から負ける戦いをする前提だということでもある。

 「俺だけに限って言えば、別にここで決起しなくても、平和な時代に馴染めないとしても、隠居すればいいだけの話だからさしたる問題はない。だが、伴に来た将兵はそうではない。」

 今回の反乱についてきた将兵はヤシロが要した人員ではあるが、基本的に平和な時代に馴染めないような問題のある軍人を集めて組織されていた経緯がある。何故かといえばエンドウ元首相の時代にすでに過剰戦力のリストラは始まっており、それらは一般社会に戻れるように再教育を施したり、企業向けの雇用を斡旋しているからである。一方で、当時野党であったヤシロがそれらに馴染めなかった人材を集め、当時の与党の息のかかった軍に対抗できる戦力を用意し、政権を奪取し、そして地球侵攻作戦を計画した結果、その中核を担う予定だった人材が、今、イシガヤの手元に居るのだ。はっきり言ってしまえば不良軍人崩れであり、政治的変遷を理解して適応できる程の知性は無く、あるのはプライドと戦闘技量といった人々である。だが、だからといって彼らもまた大切な国民であり、国家のために戦てきた仲間だ。

 「前首相のエンドウ達も、我々も、平和な時代でも暮らせるように過剰戦力の労働場所を斡旋はしてきたが、しかし限界もあるし、どうしても新しい環境に馴染めないものはいる。見捨てることは簡単だが、王族の責務として、それを見捨てることははたしていいかと問われると、俺は良いとは言えない性分でな。」

 もし彼が冷酷無比な神であったならば、そのような感情も持たず、そういった将兵を安易に見捨てたであろう。神という存在がいるかどうかはともかく、地震であれ津波であれ人の力を越えた自然災害は、無辜の人々を無慈悲に殺すこともあるのだ。だが、彼は所詮人であって、神を演じようとしても演じきれるものではない。そこまでの才覚は、彼にはないのだ。

 「さて、サタケ殿。本題だが……、カレンとソラネを頼む。二人は私が無理を言って連れてきただけだ。」

 「まってください!」

 そこに異議を唱えるのはソラネである。

 「私は、小さい時に売られて、そこをタカノブに救ってもらって……。身よりも無い惨めな身だったけど、妻として待遇してくれて、貴方の腹心として、今まで生きてきました。子供もヤオネさんに預けて此処にいます。最期まで一緒に行かせてください。」

 「俺の妻になったのは、食べるため、安定した生活の為と言っていたじゃないか。今更それは許さんよ。」

 「でもそんなのっ!」

 「ソラタカもまだ若い。後見を頼む。」

 イシガヤは問答無用だとも言いたげにそう伝える。ソラネの気持ちやそういった言い回しをしていた理由がわかっていないわけではないが、当然あえての事だ。

 「ソラネさんはともかく、私にはそこまでの重職はありませんから、……せめて私だけでもお供に。……父を殺した貴方だけど、怨んではいません。戦争だから……。貴方は敵であった父の事蹟も大事にしてくれたし、私の事も愛してくれた。なかば強引にだけど……。それでも娘が産まれて、短い間だったけど幸せな生活が出来ました。私は日本国にとって仇敵の娘だけど、私達の娘はヤオネさんの所で幸福に過ごせるでしょう?……私が生き延びるよりは、貴方と此処で死んだほうが娘にとって幸福でしょうから。」

 ソラネに続いてカレンもそう申し出るが、

 「カレン、お前の帯同も拒否する。娘のカノンはオニワの子息に嫁ぐ予定だからさほどの心配はいらないが、両親そろって逆賊というのも良くはなかろう。苦労はお前自身がわかっているはずだ。娘をフォローしてやってくれ。」

 彼は同様にそう一蹴するのだ。

 「ソラネ、カレン、もし俺のことを少しでも想ってくれるのであれば、後世にしかと逆賊とでも狂将とでも伝えてくれればいい。これだけ人を殺しておいて、義将だなんだと伝えられたら反吐が出る。だが、子供らには罪はないことだ。幕府の王族の責務として、俺がそれらの悪業を背負って消えるまでだ。」

 「良いのか?」

 そういうのはサタケだ。

 「良いも悪いも無い。イーグル先王とて似たようなものだ。すでにカナンもいないことだし、これが出来るのは俺しかない。」

 イシガヤはそう嘯く。

 「さて……サタケ殿、……二人を艦まで護衛してくれ。任せるぞ。来てくれた助かった。」

 「……わかった。イシガヤ王、良い旅を。」

 「あぁ。死出の旅路も面白く。ソラネ、カレン、最後まで助けてくれてありがとうな。感謝する。」

 「タカノブ……、ごきげんよう。」

 「こちらこそ、ありがとうございました。」

 「あぁ、それではごきげんよう、二人とも。サタケ殿、任せた。」

 「承知した。……では失礼する。」

 それぞれ後ろ髪をひかれる思いは当然あるが、だが、これからイシガヤは戦場に旅立つのだ。引き留めるような言葉をかけることなどありえない。ソラネもカレンもイシガヤの気質を良くわかっており、だからこそ、本当は残りたい気持ちをおして、彼のもとを離れるのであった。



 無常憑み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん、身已に私に非ず、命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いずこへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡なし、熟観ずる所に往事の再び逢うべからざる多し


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