迎え火②
「どうかっ……! どうか、もらってください! 我々の気持ちです……!」
「いや、だからだな……」
地面に頭をこすり付けて品を広げる男に、カルヴァンはため息をついて左耳を掻く。先ほどから、何度断っても同じことの繰り返しだ。
後ろの騎士団員たちの視線は白い。彼らから見れば、エルムを信じない異教徒だ。魔物に襲われることすら、エルムを信じないせいであり、彼らの自業自得なのだと思っている節がある。
無宗教のカルヴァンからすれば、自国の領土で起きた魔物騒ぎを収めるのが騎士団の仕事だ。襲われているのがエルム教徒だろうがそうでなかろうが、助けるのは義務だと思うのだが、部下たちは違うらしい。
(まぁ……だからこそ、なんだろうな。まさかエルムのための戦力と言われる騎士団に助けられるとは思ってもみなかったんだろう)
幾重にも色布を重ねた見慣れぬ装いの男の、これまでの苦労が透けて見えるようだ。仕方なく、カルヴァンは広げられた品に目を落とす。
「わかった。一つだけもらう。だが、俺はお前たちの文化や信仰に詳しくない。品だけ見せられても何に使う物かすらわからないから、簡単に説明してくれ」
「は、はいっ!」
男は、自分たちの信仰と文化について語り始めた。馴染みのない価値観や考え方は、騎士たちには受け入れがたいようだったが、カルヴァンには真新しく興味深いものだった。
中でも、カルヴァンの興味を引いたのは、死者に対する考え方の違いだ。
「私たちは、人は死んだら霊魂となって死者の世界に行きますが、定められたときにこちらの世界に舞い戻ります」
「ほう?」
エルム教では、善良な人間は神が統べる天に召され、楽園での暮らしを約束される。一方、生前、悪行を積んだ人間は地獄へ落ちるという死生観だ。
死者の世界に区別はなく、悪人も善人もひとところに行き、しかも条件を満たせば現世に舞い戻るという死生観は、生まれて初めて触れる価値観だった。
「霊魂とやらがこちらに来るのは、どういう時なんだ?」
「様々です。偶然のこともありますし、悪人の魂が現世の人間に害を成そうと干渉することもあります。逆に、善良な魂が、現世の悪人を成敗するために来ることも」
「随分と臨機応変なんだな」
「こちらから霊の世界に干渉することは難しいので、不意の干渉を避けるための護符や、干渉されたときに彼らを祓う呪符があります」
「なるほど」
どうやら、原因不明の病魔や連続する不幸といったものは、霊魂の干渉によって起きるものとされているらしい。健康祈願の護符の説明を受けて、カルヴァンは納得する。エルム教が、治癒の光魔法を付与した聖印をありがたい説法と共に配っているのと、根源は似ている気がした。
「この、馬のような置物は何だ?」
「それは、香炉です。……年に一度、夏の決まった一晩だけ、生者の世界と死者の世界の境界が薄くなる夜があります。この夜だけは、亡くなった家族や友人の魂が、生前の親しい者の元へ帰ってくるのです」
カルヴァンは、ぱちり、と目を瞬く。それは、エルム教では考えられない教えだ。
死後に向かう天は、どこよりも幸せな楽園である――それがエルム教の教えだ。裏を返せば、現世は辛く苦しいものが蔓延する世界だということだ。善行を積んで天に召された人間が、辛く苦しい現世に帰りたいなど思うはずもない。
「一晩だけ――?」
「はい。日が暮れ始めたら、この香炉で香を焚きます。道に迷ったりしないよう、香りは、故人が好んだ香りを選ぶのです。流浪を続ける我らにとって、馬は必需品。ここにあるのは既製品なので特徴がない馬ですが、もし故人が乗っていた馬がわかれば、似せて手作りする者もいます。愛馬がいれば、すぐにわかる。故人も、迷わずまっすぐ家に帰って来られるでしょう」
「……」
「香の傍には、故人が生前好きだった食べ物を供えます。こちらで心地よく過ごしてほしいというもてなしの気持ちです」
不思議な価値観に、後ろで聞いている騎士たちは不気味なものを見るような目で男を見ていた。死んだ者が帰ってくるなど、恐ろしいと感じているようだった。
しかし、カルヴァンは男の話に真摯に耳を傾ける。いつの間にか、のめり込んでいる自分がいた。
「朝が来たらどうなる。故人は勝手に帰るのか?」
「いいえ。朝起きたら、もう一度香を焚いて送り出します。送り出すときの香は決まっています。霊魂が嫌う香りと言われている、こちらの香木です」
「嫌がる香りで追い出すのか? 親しい者の霊魂を?」
「そうすることが、故人のためなのです。こちらは生者の世界。こちらにとどまった霊魂は、悪霊となり、禍を振り撒きます。家族も知人もわからないまま、害をなす存在となるのです。禍を避けるため、心を鬼にして、香を焚きます。――来年になったら、もう一度逢えるのですから」
男は、心からその伝承を信じているようだった。カルヴァンは、男が手にした香木に視線を落とす。
「……わかった。では、その香炉をもらおう」
「は、はい。では、一緒に送りの香木も――」
「いや。もらうのは一つだけ、と言った。こちらの馬の香炉だけでいい」
目を瞬く男に、カルヴァンは香炉を受け取り懐に入れる。
「その、死者が帰ってくるという日はいつなんだ?」
「み、三日後の夜です」
「わかった」
戸惑う男を残し、カルヴァンは礼を言って踵を返した。
「団長……本当に、いいんですか。そんな、異教徒の得体のしれない物――」
「宗教が絡むと、お前たちは本当にポンコツだな。ただの香炉だろう。インテリアの一つとしてもらっておくだけだ」
「は、はぁ……」
あまり納得していない顔で呻く補佐官のリアムを無視して、カルヴァンは自身の愛馬にまたがる。
(三日後――なんとか、王都には帰れそうだな)
頭の片隅で、そんなことを考えながら。




