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第29話 怪しさ満点女に悪寒が走る!

「……」


 ケルト、という少女を乗せた馬車の中。

 彼女は無言でジッとアルファリオ殿下のことだけを見つめていた。


「……ね、ねえケルトさん。あなたはジルドワール王宮に一体何の用事があるの?」


 なんだか彼女の視線が殿下に向けられ続けているのが耐えられなくて、あたしは初めてこの少女に話しかけてみた。


「あ、はい。わたくしの婚約者がいまして、そのお方にお会いに行くところだったのです」


「そ、そうなのね。ところであなたはどこから来たの? どうやってここまで来たの?」


「わたくしはグラドニアから船で渡航して来ました。ジルドワール王国のトレンバンという港町に着いてからは馬車でジルドワール王宮に向かっていたのです」


「え? あなたひとりで? 付き添いも護衛もいないの?」


「あ……そ、その。わたくしは貧乏な家の娘なのでそういった人たちを雇ったりできないのです」


 貧乏なのに、とてもそうは思えない高級品のドレスを身に纏って、ひとりで渡航したり馬車を買う旅費はある。

 ……あきらかにおかしいわね。


 と、あたしが少し訝しげに黙り込むとケルトさんは再びその視線をアルファリオ殿下の方へと移し、彼をまたジッと見つめ出した。


 あたしはそれに少しムッとし、何か話しかけようとすると。


「わ、私の顔に何か?」


 代わりに殿下が答えた。


「あなた様のお名前は、なんと仰るのですか?」


「私の名は……」


 と、殿下が素直に答えようとした時。


「この方はアル様。ジルドワール国内でも高名なご貴族のご長男だ。失礼のないようにしろ」


 と、マデューラが咄嗟に代わって答える。

 なるほど、どこの素性の者とも知れない者に王太子であることを正直に名乗るのは危険だものね。


 マデューラの癖にやるじゃない。


「アル様……そう、なのですね」


「それでケルトくん。私の顔に何か?」


「はい。あなた様とは初めてお会い致しましたが、わたくしの婚約者にそっくりなのですわ」


「こ、婚約者、だと?」


「ええ。わたくしの婚約者もあなた様のように美しい銀髪でエメラルドのような透き通る碧眼の殿方なんですの」


「そ、そうなのか。って、ちょっとキミ、近いぞ」


 ケルトという少女はどんどんと殿下のそばに寄ってくる。


「ちょっと! ケルトさん!」


 思わずあたしは声を荒げてしまった。


「はい?」


「でん……あ、いえ、アル様に近づきすぎよ! 失礼でしょう!?」


「何故ですか?」


「何故って……それは……」


「というかあなたはこのアル様とどのようなご関係なのですか?」


「あ、あたしは……アル様のつ、付き人よ!」


「付き人? 侍女ということですか?」


「う……ま、まあそんな感じ……かしら」


「ふぅん。まあ確かにそうですわよね。このアル様の出で立ちに比べるとあなたのお召し物は、実に安っぽそうですものね」


 確かにあたしの格好は、メヴィウス領に居た頃に買った、簡素で安いっぽい代物のスカートだ。普通の村娘にすら見える。


 でも会ったばかりの他人からそんな風に言われる筋合いはないわね。


「まあ付き人にとやかく言われる筋合いはありませんわね。わたくし、このお方が……アル様のことが実に気に入りましたの」


「は、はあ!?」


「ですからアル様。わたくしの婚約者になってくださいませんか?」


 このケルトという女は頭のネジがぶっ飛んでいるの!?

 婚約者がいる身で堂々と別の男を口説くなんて!


「ねえアル様。わたくし自分で言うのもなんですけれど、顔もスタイルも女性としてはトップクラスだと思いますのよ。そう思いませんこと?」


「な、何を言い出すんだキミは。だいたいキミはさっき婚約者に会いに行くと言っていたであろう!?」


 殿下も当然の返しをする。


「婚約者……そうですわね。でもわたくしはアル様が気に入りましたの。ですからわたくしもこのままあなた方について行きたいのですけれど」


「駄目だ駄目だ。私たちはこれから重要な用事があるのだ。無関係のキミを同行させるわけにはいかない」


 殿下はケルトさんの要望を頑なに拒否した。


 しかしそれからも次の町、フェスタロッサ領のカタシナに着くまでの間、ケルトさんはしつこく殿下に言い寄り続けた。


 あたしとマデューラはそれを呆れるようにして、眺めていたのだった。





 やがてすっかり日が暮れ始めた頃、馬車はようやくカタシナの町に辿り着く。


「さて、ここの宿で良いだろう。ケルトくん、降りなさい」


 旅人たちが愛用する宿の前で馬車を停め、殿下がそう言った。


「ふう。残念ですけれどわかりましたわ。でもアル様たちはこれからどうなさるのですか? もう日も暮れていますわ」


「私たちは先を急がなくてはならない。今晩はもう少し先の町まで行くつもりだ」


 本当はあたしたちもこのカタシナの町で宿を取る予定だったのだが、殿下もこのケルトさんに付き纏われて困っていたのか、そんな風に答えていた。


「なら、わたくしもアル様とご一緒に……」


「駄目だ駄目だ! 何度言えばわかる!? アル様と俺たちには急ぎの用があるんだ。お前とはここでお別れだ!」


 いい加減しつこいケルトさんを、マデューラが突き放した。

 マデューラ、中々やるわね。


「……わかりましたわ。ではまた次の機会にお会いした時、じっくりとお話をいたしましょう」


「そ、そうだな。会うことがあれば……」


「ええ。大丈夫ですわ。必ずわたくしとアル様はまた再会致しますわ」


 ケルトさんは不敵な笑みを浮かべている。


「そ、それでは失礼する」


 殿下とあたしたちはそそくさと馬車に乗り込み、宿の前にいるケルトさんに軽く手を振って、ようやく彼女と別れた。



「……うふふ。必ず、必ずまたお会いできますわ。愛しいわたくしの殿()()


 馬車の窓からケルトさんを見ていたあたしは、彼女の口元がそう言っているように見えて、思わず背筋をゾクゾクさせていた。



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