第18話 殿下がおかしいから、突き飛ばす!
「私は畏まったりしない、ありのままのキミが見たいんだ!」
殿下は右手に厩舎小屋のクワを携えながら、珍妙なことを述べ始めた。
「は……い……?」
「初めて出会った時の、あの時のままのキミでいて欲しいと言っているんだ!」
あの時のって、まさかあんな最悪でクソみたいな態度でいろってこと?
「で、ですがそんなこと、不敬の極みですから」
「そんなことは、ないッ!」
再びカッ! と殿下は眼光をガンぎまらせている。
「いいか、私はキミの言葉遣いや態度に関して、一切束縛はしない。そして不敬にも問わない! なんなら私を罵り、ぶったって構わない!」
この人は一体何を言っているんだ。
と、あたしが少しだけ後ずさって警戒していると。
「……あ、ゴホン! ええとだな。そう、竜騎士としてだ!」
「竜騎士として?」
「う、うむ。竜騎士たるものいついかなる時も毅然とした態度で常に勝ち気でいなくてはならない。何故ならそうしなければ飛竜たちに舐められてしまうからだ」
「はあ……?」
「そういう心持ちだと自然と体内の魔力にも影響を及ぼす。それが竜騎士としてのスキルにも反映するのだ。つまりだな、キミが私にどんな暴言をしようと、私のことをぶっちゃったりしても、私は一切それを咎めたりはしないと言っている」
う、うーん?
「だからお願いだリアナくん。あの時の様に、私に対してまるでゴミクズでもみるかのような態度で接してきてくれ!」
「いやいやいや、それはできませんよ!? それにいくらあたしだって殿下をゴミクズみたいに思ったわけじゃありませんからね!?」
「そんなことは、ないッ!」
「ひ」
「あの時のキミの眼差しは今でも忘れられない。まるで生ゴミを見るかの様な視線を私にぶつけていた」
まあ、あの時はめちゃくちゃイライラしてたからだけど。
「だから、さあ! どんと来い!」
「何がどんと来いと!? 行きませんよ!?」
「気にしなくていいのだ! 私には何をしてもいいのだから! さあ!」
と、言いながら殿下はあたしの両肩をガシッといきなり掴んですごく近づいてきたので、
「うわぁ!? なな、何するのよーッ!?」
「ごぉふッ!」
と、思わず反射的に殿下を突き飛ばすかのように蹴り飛ばしてしまった。
「あ、ごご、ごめんなさい殿下!」
あーあ、やってしまった。
とは言えこれは怒ってやってしまったというより、なんというか……よくわからないけれど反射的にやってしまった感じだ。
でも殿下に手をあげてしまうなんて、とあたしが申し訳なさそうに近寄ると、
「う、ぐ……うん、凄く、良い……」
と言ってお腹を抑えながらニカッと満面の笑みをしてみせた。
いや、この人はマジで一体何がしたいの。
「あ、あの……そろそろ次の仕事に行きたいんですけど……」
ラルフさんが困った様に呟いていた。
●○●○●
それから厩舎小屋の掃除やらメンテナンスやらを終えて、今日は先日よりも些か早い昼食に。
人手が多かったからだ。
「お! 昨日のお嬢ちゃん! リアナちゃんだっけ。今日も頑張ってるねえ!」
食堂につくとすぐに昨日のおばさん、ナターシャさんが厨房の方から手を振ってくれた。
「あ、ナターシャさん! 昨日はありがとうございました」
「そんで……なんで今日は殿下がいるのさ?」
ナターシャさんが困惑した様に尋ねる。
「やあ、ナターシャ。相変わらず元気そうで何よりだ」
「私ゃそれだけが取り柄だからね。で、殿下坊やは何してるんだっての?」
「私も厩舎小屋の世話係をしてみたいと思ってな。リアナくんたちと共に仕事をしていた」
「はあ? なんだって急に……」
と、ナターシャさんがそこまで言った瞬間、彼女はハッとした表情を見せる。
「まさか殿下……」
「ナターシャ、余計なことは言わなくていい」
「いーや、言わせてもらうよ。リアナちゃん、あんた気をつけなよ」
ナターシャさんが変な顔をしてあたしへそう言ってきた。
「この殿下はね、隙あらばあんたにちょっかい出してくるよ!」
「え? ちょ、ちょっかいですか?」
「ああそうさ。リアナちゃんの持ち物を勝手に取ってみたり、突然驚かせてみたり、意味もなく騒ぎ出してみたり、そりゃあもうあの手この手であんたの気を引こうとだね……」
「あーッ! あーッ! ナターシャ、やめろ! それは私がまだ幼かったからだ! 幼き頃の過ちだ! いい加減忘れろ!」
殿下は慌てた様子でナターシャと口論し始めた。
「リアナくん! 私は決してそんなことはしないからな? 勘違いしないように! ナターシャ、早く食事の準備をしないか!」
「はいはい」
それから殿下は顔を真っ赤にしながら、あたしたちに早く食事を済まそうと言った。
よほどナターシャさんに絡まれたくなかったのだろうか。
そうして食事を終えて、再び厩舎へ戻り作業の続きを始める。
飛竜たちが厩舎小屋内にいる時間は、飛竜たちの様子や健康状態の確認などをするのもあたしたちの仕事だ。
「どうしましたリアナさん?」
「あ、ラルフさん。この子なんだけど、ちょっと体調悪いみたい」
あたしは一頭の、赤い鱗を持つゼファーよりはやや小さめな中型級の飛竜の様子が気になった。
「そうですか? 今朝見た時は元気そうでしたが……一体何が悪いんですか?
「うん。そういう雰囲気をさっき感じ取ったんです。ちょっと聞いてみますね」
あたしは赤い鱗の飛竜に向き直って、尋ねてみる。
「……なるほど、そうなのね」
その飛竜はあたしに素直に答えてくれた。そしてやはり、あたしには飛竜の言葉がはっきりと聞こえるようだ。
「ラルフさん、この子はどうやらお腹の調子が悪いみたいです」
「お腹の?」
「はい。ただなんだろう、ちょっと意味がわからないんだけど、火炎焼けしてる? みたいなことを言っているんですよね。これってどういう意味かしら」
「火炎焼け……もしかして……」
ラルフさんが呟くと、
「リアナくんそれは本当か!?」
殿下はまたあたしの両肩をガシッと掴んできた。
「ちょちょ、で、殿下ぁ!?」
「リアナくん! それは本当なのかと聞いている!」
しかし今回の殿下は今朝の時のような、ふざけた感じではない。
必死さが伝わった。
「は、はい。それでなんか少し苦しそうで……」
「まずいな」
アルファリオ殿下はこの時、これまでに見せたことのないような神妙な面持ちをし、
「万が一最悪の場合、この厩舎小屋周辺は火の海になる」
と、不穏なことを告げた。




