第15話 政略結婚をすっ飛ばす!【アルファリオ視点①】
「だから何度も言っているでしょう! 私はまだ結婚する気などありませんと! 何故そうまでして私に妻を娶らせようと必死なのですか、父上!」
王宮の三階。
我が国の国王陛下である我が父、エルドラド・ジルドワールの執務室に呼び出された私は、感情を剥き出しにしていた。
「だがアルファリオ。お前ももう20歳になる。結婚するにはやや遅いくらいでもあるのだぞ?」
「ですが……!」
「それにな、此度のこれは絶好の良い機会なのだ。ゲルダ姫もお前を見てから、お前のことを大変気に入っている」
「しかし私は……!」
「落ち着けアルファリオ。これはお前の為だけではなく、国益や政策にも大きく影響する話なのだぞ」
私、アルファリオは非常に憤っている。
何故なら、我が父が勝手に私の将来を決めてしまっているからだ。
この国、ジルドワールは列島からなる王国だ。
東の大海を隔てた先にある大陸に、グラドニアという大国があり、我が国とは昔から友好的関係であった。
しかし近年、グラドニアと正反対に位置するジルドワール西側諸島のアリストレア皇国が我が国に戦争を仕掛けてくるかもしれないとの情報が入った。
元々西側諸島国とは小競り合いが幾度もあったものの、これまで大きな戦争は起こさずに済んでいた。
それというのも我が国には世界的にも希少な飛竜が多く存在し、更には飛竜らと連携を組める『竜騎士』の存在が強みだったのである。
だが痺れを切らしたのか、近々アリストレア皇国の国内外で活発な動きが見られている。
それに対抗する有効手段として、大国グラドニアの後ろだてを得ようと考えた父上がグラドニアの姫君を私にあてがおうと言うのである。
「アルファリオ、お前がグラドニアのゲルダ姫と婚姻を結べば、我が国は大国の加護を受けられる。これがどんなに国と民の安寧となるか、わからないわけではあるまい?」
「それはそうですが……し、しかし……」
「まさか、またいつものアレか?」
エルドラド父上の目つきが私を鋭く射抜く。
「……ッ!」
「いい加減にせぬか。お前の希望するような女性が現れるようなことはない。飛竜と心を通わし、お前のことをあけすけに扱うような、そんな頭のおかしな女などな」
私が言葉に詰まらせると父上が責めるように続けた。
「はあ。お前は何故、敬われるのが嫌なのだ? お前は偉ぶってなどいなくとも、その器は確かに王太子に見合う素晴らしいものだ。ゆえに敬われて当然。何故それが気に入らない?」
私は父上の言う通り、私に対して過剰に敬意を払う者をあまり好まない。
いや、これは正確ではない。
私は私に対して素直でない女性を好めないのだ。
「まさか今でもあの竜騎士団の宿舎で料理長をしているナターシャが良い、などという血迷いごとを言うまいな?」
私は幼い頃より、私の料理や世話係をしてくれていたナターシャが好きだった。
歳はひとまわり以上も離れてはいるが、彼女はただの男爵家の者だし私の方が生まれながらに立場は上だが、彼女だけが私に対してあけすけがなかった。
『こらぁ殿下! また私の裁縫道具で遊んだなあ!? 待て、こんのクソガキー!』
そんな風に自分を構ってくれるナターシャが本当に好きだったのである。
幼い頃に母ソフィアを亡くした私にとって、ナターシャは母親代わりでもあり、私が唯一心を許せる他人だったのだ。
それが果たして恋愛感情なのかどうなのか、今でもよくわからないがとにかくナターシャのような、そんな勝ち気な女性が私の好みであるのは間違いがなかった。
「ですが父上! 私は好きでもない女性と共に暮らすのは無理です! 国が大事なのはわかります。しかしそれ以上に、私は私の心に嘘はつけない!」
「最初は皆そんなものなのだ。ゲルダ姫は可愛らしく要領も良い女性だ。きっとすぐにお前と親密になれる」
「なれません! 私はゲルダ姫に心を許せないからです!」
「共に済んで暮らせば、じきに慣れる」
「嫌です! もし、こんな気持ちのままゲルダ姫といても、私の心はここにあらずです。そんな時に万が一、私が追い求めていた女性が現れでもしたら、私は自分に嘘をつけない! ゲルダ姫を大変悲しませることになる!」
「では何か? もしお前好みの理想的な女性が現れたらゲルダ姫を捨ててでもその女性のところに行くと? 大国グラドニアを敵に回そうともそうすると言うのか?」
「……きっと私はそうしてしまう。私は国の為に自分を捨てることができないクズな人間なのです。だからこそ、そうならない為にもこの話は無かったことにして欲しいのです!」
「何を馬鹿なことを……そんなことを本気で言っているのか?」
「私が昔から嘘が嫌いなのはご存知でしょう父上」
「……」
私と父上はジッと睨み合った。
「父上、それだけではありません。私の妻は飛竜に認められた女性でなければ駄目なのです!」
「……確かにお前は特別だ。ジルドワール王家の血筋は古来より竜族と心を通わせやすく、私を含め皆が優秀な竜騎士となったが、お前はずば抜けている」
ジルドワールの血を引く者はほぼ全員が特質系の魔力を保持しており、その魔力のおかげで飛竜の考えや気持ちを感じ取りやすい。
特に私は歴代の中でもその能力に長けており、言葉までを完全に理解できずとも、飛竜の思念を深く感じ取りやすく、竜族の気配なども探知しやすいのである。
「あの『災厄』であるとされた黒竜を手懐けたのもお前の功績だ」
「その黒竜が申しているのです。私の妻には必ず竜騎士としての適性が高い者にせよ、と!」
「それは何度も聞いた。何故そんな竜の言葉などに従わなければならない? 我らは国と民を守る義務があるのだぞ」
「そうしなければ……おそらく、あの黒竜は再び我らに牙を向くからです!」
「何故だ? お前と団長がしっかりと手懐けているのではないのか?」
「今はそうです。しかし黒竜の意思にそぐわなければ、すぐに私のことなど捨て置くでしょう! あの黒竜が暴走してしまえば、本当に伝承の『災厄』が起きてしまう。他国との戦争以前の問題なのですよ!」
「お前の話は荒唐無稽すぎる。お前が手懐けてから十年近く経つが、あの黒竜は大人しいではないか」
父上は断固として私の話を信じない。それは父上があの黒竜の思念をほとんど感じ取れないからなのだろう。
私は決して譲らずに父上を睨む。
確かに女性の好みに関しては私の個人的な都合だ。しかし『災厄』に関しては違う。現実に起こりうる最も身近な危機なのだ。
「……あい、わかった。そういうことならひとつだけ条件を出してやる。今から一年だけ待ってやろう。その間にお前の理想の女性が現れなければゲルダ姫と婚約してもらう。それでよいな?」
「いや、たった一年でそんなことを……!」
「これでも譲歩しているのだ。これ以上の我儘を申すのであれば、お前を王太子の座から下ろさねばならぬ。その意味、わかるであろう?」
「……かしこまりました。一年ですね?」
「うむ。それ以上はない」
こうして私は一年以内に自分の理想の妻を探すことにした。
――そしてその二ヶ月後のこと。




