第11話 竜騎士先輩さんたち、すっ飛ばす!
「おはようございます! リアナ・メヴィウスです!」
早朝。
あたしは動きやすいチュニックとズボンを着用して、竜の厩舎小屋へとやって来た。
先日から竜騎士団の宿舎を借りて寝泊まりさせてもらっているが、幸い殿下の計らいもあって着替えの種類などにはひとまず問題はない。
ちなみにあたしの個人的な荷物は元々リンドバーグ家から出る時にバッグに詰め込んであったので、必要最低限の物は揃っている。
「ああ、おはようございます。キミがリアナさんですね。僕はこの厩舎小屋の世話係を担当しているラルフです。よろしくお願いします」
ラルフ、と名乗った青年はこの国では珍しい黒髪に黒い瞳をした。見るからに大人しそうで物腰の低い男の子だ。
背も小さめだし、歳はあたしより下に見える。
「本日からどうぞ、よろしくお願いします!」
あたしはすでに気持ちを切り替えていた。
馬に乗れず、飛竜に乗れずとも、誇り高い竜騎士団の一員なのだ。
今やれることを精一杯やるのがあたしのポリシーってやつだ。
「それじゃあ早速仕事を始めましょう。まずはこの掃除道具を持って、こっちに来てくれますか?」
「はい!」
あたしは言われるがまま、厩舎小屋の掃除を覚えていく。
竜の厩舎はさすがに馬とは大違いで、とにかく規模がでかい。
手際よく作業を進めなければ、ひとつの厩舎小屋だけでも時間を取られすぎてしまう。
ジルドワール王宮が保持する竜の厩舎小屋は全部で16棟あるが、1棟に1頭の竜しか入れられないので、16棟にそれぞれ16頭の飛竜がいる。
厩舎小屋の掃除の前に飛竜たちは、他の竜騎士たちが規定時間まで外へ連れ出しているので、その間にあたしたちが掃除を終わらせなければならない。
「これは本当に大変な作業ね。でもやりがいはあるわ!」
あたしは呟きながら、厩舎小屋の中の藁を汗だくになりながらかき集めた。
「……リアナさんは、本当に貴族令嬢なのですか?」
「へ? なんでですか?」
「いや……普通、こんな下民がやるような作業は嫌うものですよ。女性なら特に」
そういうものなのだろうか。
あたしはただ、なんというか、与えられた今の自分の環境から無意味に逃げ出したくないのである。
やるならやってやる。
この根性論はきっと前世の理亜奈のモノなのかもしれない。
「そんなことはいいから次の仕事も早く教えてください!」
「わ、わかりました」
それからあたしはラルフさんに教わりながら、厩舎小屋の清掃を終えた。
「少し遅いですがお昼休憩にしましょう」
ラルフさんにそう言われて連れられた宿舎の食堂には、すでにあたしたちの食事が準備されている。
決まった時間に宿舎の料理人たちが決められた通り配膳しておいてくれるのだそうだ。
パンに少し冷めたスープ。それと少量の肉料理が用意されていた。
味付けはとても簡素ではあったが、あたしにはこれでも十分美味しく感じられた。
「リアナさんにとって、こんな食事じゃご不満では?」
「ううん、そんなことありません。凄く美味しいです!」
何せリンドバーグ家にいた時はせっかくシェフが作ってくれた料理も、アマンダお義母様が難癖をつけてきては食べさせてもらえなかったり、料理に変なものを混ぜたりしてロクな食事ではなかったからである。
(あの嫌がらせのせいで、あたしは特に前世の時の嫌な思い出が強く蘇っていたのよね)
実家のメヴィウス領にいた時が幸せだっただけに、リンドバーグ家の暮らしが一気に昔のあたしをフラッシュバックさせたようだった。
「本当にリアナさんは変わってます」
ラルフさんが不思議そうにあたしを見て呟く。
そんな時である。
「よお、ラルフ。お前は今から昼飯か」
数名の男たちが食堂横の廊下を通りすがりながら、そう声をかけて来た。
「可哀想になあ。厩舎小屋掃除なんてやらされてるから飯すらまともな時間にありつけないなんてさ」
「それに相変わらずお前は臭いよな。飛竜たちの糞尿の匂いが身体に染み付いてるんじゃないのか?」
「……まあ、いつものことですから」
ラルフさんは彼らの冷やかしに、目を合わせずそう応えている。
「だからさー、適性テストに不合格だったのに竜騎士になんかなるからそんなことをやらされるんだよ。適性テストに不合格だった時点で大人しく田舎に帰ればよかったのによ」
「田舎の母には苦労をかけられませんから……」
はは、と困ったようにラルフさんは笑った。
「だとしてもお前みたいなのが竜騎士だと名乗られると、俺たちまで同格に見られるのが恥ずかしいんだよな。厩舎小屋の清掃なんて本来使用人がやるべき仕事なんだからよ」
「そうだよなあ。いくら竜騎士が人手不足だからって厩舎小屋の世話なんかやる奴に竜騎士の称号なんか与えなくたっていいのにさ」
「そうそう。竜に乗れない奴は竜騎士を名乗るなっつの」
「……ははは」
ラルフさんはまた困ったように笑っている。
「そこのお嬢さんもとんだ目にあったよな。なんか珍しく女性で適性テストを通過したのに、馬に乗れないから厩舎小屋の世話に当てられるなんてさ」
今度はあたしに話を振ってきた。
「そうだお嬢さん。俺たちと今から来ないか? 俺たち今から飛竜に乗って巡察するところだから、なんなら俺の後ろに乗せてやるよ?」
「結構です。あたしはまだこれからラルフさんにお仕事教わらなくちゃいけないので」
「いいよ、そんなのそいつに任せとけば。お嬢さん、よく見ると結構可愛いし、俺が色々手引きしてあげるよ? 飛竜の乗り方も夜の楽しみ方とかもさ?」
「お前、それやばすぎんだろー」
はははッ! と下卑た笑いが食堂に響いた瞬間。
ガシャンッ!!
と、気づけばあたしの食卓だったテーブルは、あたしの右拳によって見事にひび割れてしまっていた。
「……え?」
シンっと、その場にいた者たちが静まり返ったが、もう遅かった。
「なんなんだぁ? さっきからてめぇらはよぉ?」
と、あたしの喉奥から、出てはいけない声色が発せられていた。




