63 【永遠の絆】
聖夜祭は朝から大賑わいだった。礼拝堂では子供向けのお芝居が上演され、2階まで解放されていたスペースは町の人たちでびっしりと埋め尽くされていた。
「いやぁ……今日は特別、賑やかいねぇ?」
「はい。こんなに人が大勢いるところなんて、見たことがないですよ」
3階の関係者席から堂内を見渡していた僕たちは、田舎者丸出しで感想を言い合った。勇者様にいたっては『賑やかい』なんていう聞き慣れない言葉も飛び出す始末で、彼の可愛い訛りが大好きな僕はおかげ様でずっと笑顔でいることができた。
「おはようございます」
突然、視界の端っこに大きすぎる人影が入ってきた。誰かと思って見てみると、ウーリール先生だった。僕たちが挨拶を返すと、先生は勇者様の隣に腰掛けた。固いはずの木製の長椅子が波打った気がして、僕はもう1度先生を見た。
「あれ? マリアさんは一緒じゃないんですか?」
「彼女はこれから出番なので、裏で準備中です」
「何役で出られるんですか?」
ここで勇者様も会話に参加した。
「いえ、この劇じゃなくて、次の演目の予定でして」
「へぇ」
師匠が催しに参加することを全く知らなかった僕は、勇者様と同じタイミングで感嘆の声を出した。最近までほとんど僕に付きっきりでいてくれて、昨日までは繁盛店で忙しく働いていた師匠は、さらに舞台に立つという鉄人ぶりを見せてくれるという。きっと練習もあっただろうに、彼女はいつ寝ていたというのだろうか。それは今でもなお、解けない謎だった。
「おふたりの邪魔をしてしまって申し訳ございませんが、他に落ち着いて観れそうな場所もなくて」
関係者席は小から中規模くらいまでの四角いスペースが3階の各所に散らばっているものだった。僕たちがいたのは5人掛けの長椅子が置いてあるだけのこぢんまりとした場所で、先生が合流することによって残った椅子のスペースは師匠が収まってくれれば、ちょうどよくなりそうなものになった。
「全然。先生なら問題なしですよ。ね、ノト君?」
「うん」
先生の同席は歓迎できるものだった。眠くなってしまうという危険性はあったけれど、何かわからないことがあった時の解説役として、これ以上にない人だったからだ。
「早速聞きたい事があるんですけど、あそこのお偉い様が使っている道具って何なんですか?」
僕は4階の特別観覧席にいた、聖堂の最高指導者が使っている道具について質問をした。先生の丁寧な説明によって、拡大鏡というものを初めて知ることが出来た。
お芝居が終わると、客席の様子が目に見えておかしくなった。壇上に作られた立派な舞台には、まだ誰もいないというのに、全員がそこを見つめながら何かを待ちきれないといった様子で、ざわざわというよりはそわそわとしていた。その様子はとても見覚えのあるものだった。
「ノト君、これって……」
「うん……似てるね。あの時と」
堂内の雰囲気は、フレディ君と初めて会った村での広場の様子と完全に一致していた。
「先生、ちなみにマリアさんの演目っていうのは?」
「それは……」
先生の言葉は大音量の拍手によってかき消された。舞台に登場したのは全部で12人。ひとりは指揮者のシスター・ロリクスだった。残りのメンバーは全員白一色のローブを身に纏っていて、少年たちが5人ずつ左右に並ぶと、僕が見間違えるはずもない小柄な女性がセンターに立った。それが師匠だった。
全員が舞台上で動きを止めると、それまで鳴りやまなかった拍手もピタリと止まった。ほんの一瞬だけ、息がつまるような緊張感が走った。師匠はにこりと聴衆に笑いかけてから、天にも昇るような気持ちにさせる魔法の歌を歌い始めた。
少年たちの美しいコーラスに、水のように透き通った師匠の高音の声が乗せられた。最初に生み出されたハーモニーが耳に入っただけで、もう何も考えられなくなった。背中から頭にかけてゾワゾワとした感覚に支配されて、舞台に降り立った天使たちがもたらす柔らかな光に目頭を熱くさせられた。
歌の言葉には古いものが使われていて、残念だけどその歌に込められた本当の意味はわからなかった。吹けば消えてしまいそうな儚い歌だった。それでも僕は、その歌にかすかな希望を感じた。心を奪われて眺めているうちに、その歌はあっという間に終わってしまった。先生に解説を頼めばよかったのだけれど、余韻に浸っていてそれどころじゃなかった。それに、ほとんど間を置かずに次の曲が始まっていた。
師匠と少年たちによる合唱は全部で5曲歌い上げられた。伴奏の無い、歌声だけで構成された清らかな歌に、礼拝堂にいるすべての人たちが魅了されていた。その証拠に師匠たちが舞台から去っても、いつまでもいつまでも拍手が鳴りやまなかった。
拍手はまだ鳴りやまなかった。ずっと鳴りやまない。なんか、おかしい。そう思っていると、終わらない拍手を生み出した12の精鋭が再び舞台に姿をあらわして、それぞれがまた同じ位置についた。ようやくのことで拍手がおさまると、師匠だけが1歩、また1歩と指揮者を務めるシスター・ロリクスよりも前に出てきて、聴衆ひとりひとりの顔を見渡すように顔を動かした。
「どうもどうも!!」
師匠が口を開くと、また拍手が起こってしまった。すると師匠は手の動きだけで拍手を制した。
「皆さま、今年もこんなにもたくさんお集まりいただき、本当にありがとうございます。お布施の方は私個人のカゴが出口のところに置いてありますんで、お帰りの際は、是非そっちの方を気持ち多めにお願いいたします」
ドカンと会場が湧いた。同じ舞台に立つ少年たちすら笑わせる師匠には、さすがとしか言いようがなかった。
「ご存知の方も多いこととは思いますが、こんな私にも愛する人が出来ました。ですので、こうして皆さんの前で歌うのは、これで最後となります」
会場が一気に静かになった。師匠から結婚の報告を受けた群衆には歓迎だけではなく、複雑な感情も混じっていたことが読み取れた。
「思い残すことはないと思っていたんですけど、こうしてこの日を迎えてみると、やはり寂しいものがあります。ですが! 最後の最後でこの歌を歌わせていただくことによって、私たちと皆さまの思い出と絆を永遠のものとさせてもらおうかと思います。永遠の絆の歌です。聴いてください。シスター・マリアより、愛を込めて」
大雨のような拍手が降り注いだ。一般席には泣いている人がいっぱいいた。言うなれば、師匠は聖都の人たちにとってアイドルのような存在の人だったらしい。よくぞ今まで無事でいられたものだと思ったけど、そのための強靭な肉体と激烈な性格だったのかもしれない。色々と考えを巡らせていると、舞台の準備が整っていた。僕は師匠の歌う最後の歌に集中した。
最後の歌が終わると、先生はわき目もふらず師匠のもとへと走っていった。僕はと言えば、ただ歌を聴いていただけなのに、体力も精神力も使い果たしたかのように疲れ果てて、背もたれに全体重を預けて天井を見つめるばかりだった。
「少し休みに行くかい?」
心配してくれた勇者様が優しく声をかけてくれた。反射的に笑顔を向けると、勇者様の目がうるうると輝いていることに気が付いた。
「いえ……それよりも、手を握ってくださいますか?」
温かくて大きな手が僕の手を包み込んだ。僕も負けじと勇者様の手を握り返した。最初こそドキドキして胸が苦しくなったけれど、ずっとそうしているうちに自分でも驚くほど心も体も満たされて、気持ちが落ち着いていった。
「……一生、一緒にいてもいいですか?」
「うん、もちろん。僕もアリーと一緒にいたい。ずっと、ずーっと、ボクと一緒にいてくれる?」
「はい」
安心を得た僕は深く息をついてから勇者様に体を預けた。太陽と大地の香りがする腕の中で、僕はそっと目閉じた。そのうちに先生が師匠を連れて帰ってきた。2人とも泣いていたのか、目が真っ赤になっていた。
聖夜祭の続きは4人で楽しんだ。修道兵たちによる力強い剣舞、少女団の楽器の演奏、仮面を被った謎の集団による大掛かりな手品、様々な催しが次から次へと行われた。そして祭の締めくくりには、男女合わせて100を超える人数の聖歌隊と聴衆全員による聖歌103番の大合唱がなされた。
それから、僕たちは同じ部屋で朝を迎えることになっても、雪が解けて春を迎えても、魔王を打ち滅ぼしてバハティエに移り住むことになっても、ありがたいことにずっと一緒にいられている。そうして送ってきた日々は決して楽しいことばかりだったとは言えないけれど、愛さえあれば、こともなし。もう少しで勇者様も完全に元気になれるかな、といったところだ。




