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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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62 【なんてことのない日々】

 

 デートと言っても、特別なことは何もしなかった。朝起きて、師匠との水汲みを終えたら朝食を詰め込んで、礼拝堂で勇者様と落ち合って、2人で町を歩いて、困っている人がいたら助ける。それまでの旅でしてきたこととまったく変わらないことを、聖夜祭までの4日間どころか、それから先もずっと続けさせてもらった。


 朝の町は運河の流れる音が聞こえるほど静かなものだった。特に中層エリアは著しくて、市場にずらりと並んでいたお店がひとつもなくなっていた。そのお店はどこへ行ったのかというと、聖堂が建てられている最上層に移動していた。聖堂では前夜祭のような催しがすでに始まっていて、連日大賑わい。商人にとっても教会にとっても書き入れ時だった。ここでの師匠は声が大きいことを活かして露天商をしていて、彼女の手作りの焼き菓子はバカ売れしていた。というか、師匠自体の人気と知名度が凄まじくて、彼女の露店は毎日長蛇の列が並んでいた。


 そんなこんなで、僕と勇者様は午前の時間を下町と牧場で過ごした。下町は下町で独特のムードが漂っていて、通りでは朝からお酒を召したおじさんたちが陽気に笑い合っていたり、歌っていたり、もうやばかった。聖都の男の人たちは、他の地域の男性よりも体格が大きかった気がする。だから初めてその光景を見た時、僕は内心縮み上がっていた。それで勇者様は、大体そういう人たちに声をかけられて、絡まれちゃったりしていた。でもそういう時も勇者様は腰が低くて、おじさんたちの1年間の働きを労う言葉をかけたりだとか、相手の健康を気遣ったりとかして、すごく品のある落ち着いた対応をしていた。それを見るだけで、僕は気持ちよくなることができた。


 リンゴ売りの少女アンナちゃんも元気だった。彼女は普通の女の子として、外で元気に雪遊びをしていた。アンナちゃんはベールを脱いだ僕のことを知らない人だと思っていたようだった。勇者様が僕のことを紹介すると、彼女には思いっきり嫉妬の目を向けられた。僕は黙ってその現実を受け入れた。


 ヘレナさんは休みなく馬屋で働いていた。ここではほとんど毎日、屋根の雪降ろしと降ろした雪を捨てに行く作業を手伝った。作業中に必ず馬屋の前を通りがかるのが、牧場の子供と大きな牧羊犬だった。彼女たちは毎朝下町の市場までミルク運びをしていて、その帰りに荷車を雪運びの為に貸してくれた。そして除雪が終わったら、彼女たちを家まで送るという流れが出来上がっていた。


 牧場では手伝いを頼まれない日がなかった。牧場のハードな冬の仕事は肉体鍛錬にもってこいだったらしく、勇者様は喜び勇んで頼まれたことをすべてこなしていた。僕は僕で、この地域でしかみられない人間よりも大きな牧羊犬の生態を学んで訓練をしてみたりだとか、そんな僕に興味を持った子供にちょっとだけ冷たい態度で接して逃げられたりだとか、バッカムトについておじいさんと正解のない育成議論を延々と交わしたりして、有意義に過ごさせてもらった。


 そうしてお昼までを別々に過ごした僕と勇者様は、お互いに最高にセクシーに仕上がった顔で再会を果たした。ご飯は牧場の一家が無理やりにでも食べさせてくれた。食事の場では、僕は毎回一家から質問攻めにあった。髪の薄いお父さん、ふっくらとしたお母さん、とても大きなお兄さん、ちょっと大きなお兄さん、勇者様に懐いている女の子、泣いてばかりのベビーちゃん、優しい哲学的なおじいさん、ぶっきらぼうだけどその実、愛情たっぷりなおばあさん、皆とても個性豊かな人たちばかりで、話していてとても面白かった。僕は特におばあさんが大好きだった。彼女は都会の人が聞いたらショックで寝込んじゃうんじゃないかと思うくらいに乱暴な言葉を使っていた。まさか師匠よりも汚い言葉を使う女性が存在すると思っていなかった僕は、会うたびにこのおばあさんに笑わせてもらった。


 食事が終わったら、午後は下町と中層の町の見回りをした。だけどすぐに日が暮れて、そこからウーリール先生のお屋敷へ直行する。大学も休みなのか、この時期の先生は早い時間帯でもご在宅だった。勇者様は毎日ウーリール先生とお話をしていた。僕とは知識量が全然違う人だから、それなりに時間をかけて、魔法の代償と水晶の首飾りに関しての理解を深めていったということなんだと思う。そのおかげで、日に日に勇者様から殺気立ったものというか、僕が感じていた違和感はとれていって、ハンスさんもそのことを喜んでいるようだった。


 2人のお話が終わる頃には外はもう真っ暗になっていた。聖堂に帰ったあとは、僕の部屋の前で勇者様としばらく見つめ合ってから次の日の約束を交わして、彼と別れた。勇者様の姿が見えなくなっても、僕はその場から動かずに自分の心と格闘していた。


『冒険はもうやめて、ここで一緒に暮らしませんか?』


 ずっと、そのひとことが言いたくてたまらなかった。勇者様と一緒にいればいるほど、その思いを殺すことが大変になっていった。いくら水晶の首飾りが魔法の代償を肩代わりしてくれるとはいえ、それじゃあ頑張ってください、なんて少しも思えなかった。だけど、僕の勝手な考えに勇者様が賛成しないことは聞かなくても分かることだった。そこがまた、僕という弱い人間の心を苦しめていた。


 やりきれない思いを抱えて自室に入ると、ベッドの上でうつ伏せになってぐったりとしている師匠がいた。傍らにはフレディ君の姿もあった。


「おぉ、お帰りなさい。それじゃあ、行きましょうか」

「もう少し休んでからにしません?」

「ダメです。あまり休みすぎると、体が硬くなりますから」


 仮眠から目覚めた師匠は、キビキビと動き始めた。それから僕たちは井戸の水汲みに行って、大浴場でダラダラと長話をして、ヘレナさんたちのいる小屋で夕食を食べて、そうして1日が終わった。


 あっという間に4日間は過ぎた。本当になんてことのない日常の繰り返しだったけれど、もう1回あの4日間を過ごしたいと思うくらいに、とても幸せな時間だった。

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