結 帰還
愛とは何なんだろう。難しいことを考えても、たどりつく先はいつも一緒で『人による』という結論に落ち着く。僕の場合だと、勇者様と愛を誓い合ったことによって無敵の状態にある。そう思い込んで生きている。まだベッドの中でグースカ寝ている勇者様なんかは、そのあたりのことをどうお考えになられているのだろうか。
「僕のこと、愛してますかぁ?」
「う……ん……うん」
勇者様の場合はそういうことらしい。満足できた僕は勇者様の頬にキスをしてから、ダイニングへと向かった。
ほのかに暖かさの残るダイニングにはフレディ君がいる。バハティエ原産の血統が入っている他のホエウサギたちと違って、おそらくこの村の冬の寒さに彼は耐えられない。そう考えて一応、ここにフレディ君専用の小屋を作るに至った。
「おはよう、フレディ君」
挨拶もそこそこに僕は暖炉に火を起こして、フレディ君の朝ご飯と小屋の掃除を素早く終わらせた。外にはまだ、ウサギたちが暮らす小屋が2つも待ち構えているからだ。僕は気合を入れて、一回挫けて、暖炉の火でしっかりと体を温めて、あらかじめ体を縮こまらせてから玄関を出た。
「うっ……あ、あれ? 今日はそれほどでもないかな?」
新しい年が始まって、もうひと月と半分が経っていた。良く晴れたバハティエの朝の空は、今日も地上の冷え込みを厳しくさせているかと思いきや、季節の移ろいというものがすでに始まっているみたいだった。
「うあっ、ダメだ! あ……あぁ、ダメダメダメダメ……」
いきなり強い風が全身に吹きつけた。すっかり気力を奪われて、師匠に聞かれたら怒られそうな泣き言を漏らしつつ、僕はなんとか母屋の近くにあるウサギ小屋にまで歩を進めた。
ウサギたちの寝床は高床式を採用している。小屋に入って脱走防止の柵を2つ越えれば、この子たちのテリトリーだ。とは言っても、ウサギたちはまだお休み中。隙間風対策の囲いをとってやるには時間が早すぎる。この時間は掃除をきっちりとこなして、飼料用の桶に朝ご飯を入れて、飲み水を新しいものに交換しておくだけに留めた。
作業が終わったら、お次は庭の西側へと足を延ばす。強風が多くなってきたこの時期、苗木の冬囲いが飛ばされていないか、こまめにチェックする必要があるからだ。
「うん、大丈夫そうだね」
精霊の木の苗木は3本に増えていた。年が明けて早々に旅立ったハンスさんがこの前帰ってきて、その時にまた新たな苗木を持ってきてくれたからだった。友への感謝と大いなる野望を胸に、僕はいつものように冬囲いの下で眠る苗木たちに向かって話しかけた。
「さあさあ、皆さん! わが家へとやって来たからには、ぐんぐん育って、たくさん実ってくださいねっ?」
愛と力の象徴でもある堕天使様にあやかって、彼女を誇張した真似なんかしちゃったりして。これをすると活力は湧いてくるんだけど、いかんせん恥ずかしくて人間相手にはとても出来たものじゃない。なので、こうして誰にも聞かれることのないであろう時間帯に、こっそりと植物たちを相手にする時にだけ実践させてもらっている。
「あっ、ヤバい……」
またしても突風が襲ってきた。僕は寒さから身を守るため、その場で両方の膝を抱え込みながらしゃがんだ。
「もう……寒すぎる。このままだと、おばあちゃんになる前に死んじゃうんじゃないかなぁ……」
体勢はそのままに、僕は我が身の心配をした。生きている限り、死は必ず訪れる。勇者様か僕、どちらかが先に死ぬことは絶対に避けられないことだ。どんなに好きでいても、死んでしまえば一緒にいることはできなくなる。そんな将来を考えるだけで、めちゃくちゃ嫌な気分になれる。だけどそれは体だけの話であって、心は永遠に繋がり続けることができる。
「はぁ……早く起きてこないかなぁ……」
大きな影が東から伸びてきて、僕の体をすっぽりと包み込んだ。春の訪れが近づいていることを知らせる強い風から季節外れのひまわりの匂いがした。




