60 聖夜祭
今年最後の夜は、よく晴れたものとなった。バハティエの大きなお月様は、地上にいる僕たちを優しく照らしてくれた。とはいえ、月明かりだけでは心もとなしと思った僕は、ウーリール先生にいただいた夜にだけ光るペンダントを勇者様の首にかけてから外へと出た。
「くぅ~~っ……寒いっ。ノト君、平気ですか?」
「うん」
冬の風の冷たさに、車椅子のハンドルを握る力が自然と強くなった。僕は玄関を出てすぐのところにある、30羽のウサギたちが眠る小屋の前で足を止めた。愛する旦那様に、教会まで移動するための力を分けてほしくなったからだった。僕は車椅子の前にささっと回り込んで、勇者様の温かい体に抱きついた。
「僕はダメみたいです。ギューってしてください」
「ぎゅう」
2週間前までだったら信じられないほどに強い力で、勇者様は僕の体を強く締め付けてくれた。やっぱり僕だけの勇者様は最強だ。苦しさの中に心地良さがちょうどよくある。こればかりは勇者様にしかできない力加減だった。無性に彼の頬にキスをしたくてたまらなくなったけれど、唇が触れて濡れたところが冷えてしまうとかわいそうなので、何度も頬ずりをするだけにとどめておいた。摩擦で十分に温まってから顔を向き合わせると、お互いの呼吸がぶつかって白く舞い上がった。結局僕は我慢できず、勇者様と唇を重ねて愛を確かめ合った。
「知ってますか? 雪を口に入れると、息が白くならなくなるんですよ。聖都でマリアさんに教わったんです。ほら、バッカムトの獣舎があったでしょう? あそこで。実はあの時、飼い葉の裏に僕も隠れてたんですよ?」
「!?」
「あっはっは! 驚きました? 誰が隠れてると思ってたんですか?」
「フォリア、ねーちゃ……」
「もーう、フォリアさんはあの時いなかったでしょう? ボケちゃったんですか? 僕の事も忘れちゃった?」
それだけが心配なことだった。勇者様は時々『何もかも記憶にございません』みたいな、赤ちゃんのような顔をする時がある。あまりにも気になって、おじいちゃん先生にもそのあたりのことを伺ってみたんだけど『ただ顔が可愛いだけ』という診断が下されて、笑い飛ばされた。とりあえず僕はもう1度、今度は強めに舌を絡ませて勇者様に愛を伝えた。
「アリー……あ、アリー」
唇を離すと、勇者様は僕の名前を呼んで何かを伝えようとしてきた。
「はい、なんですか?」
「もう気付いてもいいんじゃない? 普通は、さ」
聞き慣れた声がして振り向くと、ランプを手にしたフォリアさんが呆れた顔をして立っていた。
「本当に、アンタって子は……迎えに来てよかったよ。注意力ってものが、まるで無いんだから」
「ど、どこから見てました?」
「最初からだよ。さあ、さっさと行くよ。急がないと、司祭様の説教が始まっちまう」
「せ、説教!?」
遅刻なんかで聖夜祭の日に怒られるのは嫌だ。僕は急いで車椅子の後ろに回り込んで、しっかりとハンドルを握った。
「そっちの意味じゃないって。この村の聖夜祭では、司祭様からのありがたいお言葉を受け取るっていう風習があるの」
「あぁ、なんだ。それなら安全第一で行きましょう」
「ふふっ。調子がいいんだから。ま、そこがアンタのいいところでもあるんだけどね」
そう言ってフォリアさんは歩くたびにセクシーに動くお尻を僕たちに向けた。僕は急いでフォリアさんと横並びになって歩くペースを彼女に合わせた。
礼拝堂は別世界のように暖かかった。村中の人たちが長椅子に座って、ざわざわと雑談しながら司祭様の登場を待っているようだった。
僕には持ち運びができる普通の椅子を用意してもらっていた。何かあった時に素早く行動できるように、僕はその椅子を堂内の後ろの壁際に寄せて、村の皆さんとは少し離れた場所で参加させてもらうことにした。
「私はあっちにいるから、何かあったらすぐに知らせるんだよ?」
「はい。その時はお願いします」
残念だけど、フォリアさんとはそこでお別れとなった。勇者様の位置をバッチリと決めて、深く椅子に腰かけると背中と足元がひんやりとした。仕方ないかと覚悟を決めたところで、アリッサちゃんとウリナさんがやってきた。
「……これ、使って」
「か、壁際は、さ、寒いでしょうから」
「こんな高価なもの……いいの?」
なんとなんと、2人はとても貴重な手編みのブランケットを渡してくれた。
「……私たち、すぐそこに座っているから。何かあったら、頼ってね?」
「ブ、ブランケットは、も、持ち帰ってもらって、け、結構です。ど、どうぞ、使ってください」
「ありがとう……」
2人はスマートに去っていった。心優しい友人たちにほろりとさせられつつ、早速、僕は勇者様に友情のブランケットをかけてあげることにした。
「よかったですねぇ、勇者様。本当にありがたいですねぇ……って、長っ。これ、2人で使えますよ。僕も一緒に、いいですか?」
「うん……」
お互いの背中を通してもなお、ブランケットは長さに余裕があった。2人一緒に足元までぐるりとブランケットにくるまると、実際以上に大きな温もりを感じた。僕を温めてくれたのはそれだけじゃなかった。さらに勇者様がブランケットの下でもぞもぞと手を動かして、寒空の下で冷え切っていた僕の手を優しく包み込んでくれた。勇者様と初めて手を繋いだ去年の聖夜祭の場面が、なんとなく今と重なった。
司祭様はすぐに現れて壇上に立った。バハティエの教会の礼拝堂は聖都にあったそれと比べると、天井が低くて装飾も控えめだけど、正面の壁に設置された丸い鏡の輝きだけは引けを取らないものがあった。
司祭様は少しだけ間を置いてから聴衆に向かって穏やかに笑いかけ、ありがたい説教を始めた。
「厳しい寒さの中、皆さん、よくぞおいで下さいました。出来るだけ短くいたしますので、何卒お付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます」
一斉に笑い声が上がった。相槌を打っている人も何人かいた。
「つい最近のことです。この礼拝堂に暖炉がもたらされました。この大変ありがたいものは、ある冒険者と村の若者の手によって、我々に与えられたものです。まずはその2人に感謝を申し上げたいと思います。本当に、ありがとうございます」
堂内に拍手の雨が降り注いだ。同時に若い女性たちの視線が、ある一定の場所に集まった。そこにはハンスさんとバードさんが並んで座っていた。
「感謝しなければならないのは、暖炉だけではありません。我々は常に何かを与えられることによって、生きているのです。それは家畜の血肉であったり、毛皮や骨であったり、畑の野菜や森の果実、麦、水、そして空気。今暖炉で燃えている薪と土炭も、明日になれば灰になっています。そうして失われていった多くの命に我々は命を支えられ、今日この日、この時を迎えることができました……」
司祭様のお話は、この年に失われていった命と生まれて出てきた命について考えさせられるものだった。僕はしんみりとした気持ちでその話に聞き入った。
1年が終わる。明日から新しい年が始まる。辛い冬を乗り越えて春がやってくれば、勇者様と出会って2年が経つことになる。日々高まっていくこの気持ちのピークはどこにあるんだろう。将来、勇者様と喧嘩したり、何か気に入らないことをされて、口をきかなくなっちゃう、なんてことはあるんだろうか。腹が立ってご飯を作ってあげない、なんてこともしてしまうんだろうか。たくさん怒ってお皿を壁に投げつけちゃうとか、そういうこともしちゃうんだろうか。もしそうなったとしても、勇者様となら乗り越えられる自信はある。なぜならば、毎日勇者様のお尻を拭いているからだ。勇者様が元気になったら、今度は僕のお尻を拭いてもらおうかな。そうすることで、より愛が強まる気がする。どんなに怒っても、もったいないからお皿だけは投げないようにしよう。ベールを燃やした実績はあるから、そこだけは本当に気をつけないといけない。勇者様、あなたの妻は来年はもっといい妻になります。だから、勇者様も来年はもっと良き夫でいてください。愛しています。




