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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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59 【煙たいハンサム】

 

 久しぶりに勇者様の真隣に座った。師匠が横に座った時のそれとは、ベッドが全然違うきしみ方をしていた。


「ごめんねぇ? 変な恰好見せちゃって。泥棒かと思って、慌てて出てきたものだから」


 着替えを済ませた勇者様は、いつもの紋章入りの帷子ではなく簡易的なチュニックを着ていた。新鮮な姿を見た僕の心はじんわりと温かくなっていた。


「出てきたって……どこからですか?」

「この部屋、お風呂が付いてるんだ。今朝は煙突の点検と掃除を頼まれてて。それで、ちょうど今帰ってきて、煤を落としてところ」


 まさか煙突の中にいたとは。いくら探しても見つからなかったわけだ。師匠はそのことに感づいて、僕をここへと連れてきたのだろうか。


『隣に座ったら、まずは膝を当てる!』


 ふと、頭の中で師匠のやかましい声が響いた。勇者様が隣に座った時の鉄則、ボディなんとかだ。僕は膝の先を勇者様の膝の横あたりにちょこんとつけてみた。一瞬だけピクリと動いたような気はしたけれど、勇者様は嫌がらずに受け入れてくれた。


「……大丈夫?」

「え? ああ、はい。なんとか」


 何が大丈夫なのかは、よくわからなかった。とりあえず肯定しておいた。


「もし何か困っていることがあったら、教えてくれると助けてあげられるかも」

「何かって、例えば?」

「その……先輩に嫌がらせをされている、とか」


 いじめられてると思われてた。よくよく考えてみると、そりゃそう思われても仕方がない部分が大いにあった。師匠には投げ飛ばされ、突き落とされ、最終的には勇者様の部屋に閉じ込められちゃってるわけだから。


「僕がその……え? もしかして、ずっとそういう風に、見えていたってことですか?」

「違うの?」

「違いますよ! 確かにマリアさんは当たりが厳しい時もありますけど、基本的にはいい人ですから」

「本当?」

「精霊様に誓って」


 僕が冗談半分で口にした言葉は、勇者様を笑顔にした。心に残っていた隔たりが、なんとなく解消された瞬間だった。


「良かった。ずっと心配してたから」

「もう……心配するぐらいなら、最初っから置いていこうとしないでくださいよ。ショックでしたからね? 本当に」

「……ごめん」

「謝らないでください。僕なりに動いてというか、実は周りが勝手に動いてくれたんですけど、偉い学者先生にお話を伺って、事情は把握できましたから」


 自分でも驚くほどスムーズに言葉が出てきた。故郷に帰ったかのような安心感と自信みたいなものがまじり合った不思議な気持ちだった。


 反対に勇者様は押し黙っていた。なにか躊躇している、最悪の事ばかりを考えている。顔を見ただけで彼の気持ちがわかるようになっていた。


「大丈夫です。もし何かあっても、僕がずっとそばにいますから」


 勇者様を安心させたい。その思いから僕は彼の方にもっと体を寄せて笑顔を見せた。


「……ベールは、被らなくなったんだね?」

「はい。何か、おかしいですか?」

「ううん。ここでベールを被らないってことは、誰か心に決めた人がいるってことだから。素敵だと思うよ」


 そんなルール、全然知らなかった。


『大チャンスです。拾いなさい!』


 師匠もそう言ってる。ボクもチャンスだと思った。


「僕が心に決めた相手、気になりませんか?」

「……聞いても、いいの?」

「僕がこの世で愛している人は、出会った時からずっと同じ。その思いは変わっていません」


 薄暗い部屋の中で、キラキラと輝く勇者様のつぶらな瞳を見つめた。その次は彼の口。そしてもう一度、彼の目を真っすぐに見た。


「大好きですよ、ノト君?」

「ボクも。大好きだ、アリー……」


 勇者様の顔がゆっくりと近づいてきた。ひまわりのような、控えめでとてもいい香りがした。お互いの唇の隙間がほとんどなくなったのを見届けてから、僕は薄く目を閉じた。


 残念なことに、そこで唇がくっつくことはなかった。突如として部屋の扉が開かれたからだった。


「いや……本当に、スマン。わざとじゃないんだ」


 こんな人に、さん付けはしたくない。久しぶりに邪魔をしてきたのは、ハンスだった。僕はやっぱりハンスがあまり好きじゃない。波長が全然合わない。覚えてろよ、本当に。



 この時ハンスさんに復讐を誓った僕は、平和になった世で隙を見つけ次第、それを実行している。その時はスカッとするんだけど、この男は能力が高いから、なんだかんだで上手く立ち回る。それにまたイラっとして、次の復讐を行うきっかけになるという、無限に続く地獄を繰り返している。人を恨んではいけない理由というのは、たぶんそういうところにあるんじゃないかなと思う。かといって、ハンスさんを恨むのをやめろというのは、僕には無理な話だ。

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