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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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58/64

58 【師匠】

 

 週末の2日間は、ウーリール先生のお屋敷にお泊りをするのが定番となりつつあった。もちろん師匠とは遊んだりもしたけど、主な目的は僕の壊滅的な識字能力を上げることにあった。師匠の熱血指導とウーリール先生の眠たくなるほど優しいボイスのおかげで、すぐにとはいかなかったけれど2週間もすると短い文章ならば難なく読み書きができるようになった。逆をいうと、もう2週間が過ぎてしまっていた。



 その日の午前中は、どこを探しても勇者様が見つからなかった。仕方なしにウーリール邸へと帰った僕たちは、雪を吸ってびしょ濡れになった靴とタイツを暖炉で乾かしながら休憩をとっていた。


「へい、そこのシスター。聖夜祭まで時間も無いことですし、もう少し焦ったらいかが?」


 清楚でお馴染みの僕の師匠シスターマリアは、床に直接に座って全開にした両足の指を暖炉の炎にあてながら、ほんのわずかな僕の心の動きを見抜いてきた。


「シスターこそ、もう少し余裕を持ってはいかがでしょうか? 情愛というのは、相手があってこそ成り立つものですし」


 師匠の隣に座っていた僕は、勇者様が見つからなかったことにホッとしていた。彼を見つけるたびに師匠が危ないことばかりやらせるからだった。それに聖夜祭が終わったところで、雪の季節は2か月も3か月も続く。焦ったところで、勇者様はどこにも逃げやしない。そもそも師匠が勝手に聖夜祭をゴールに設定しているだけの話だった。


「言うねぇ、お嬢ちゃん。ところで、ちょいと聞いてもいいかい?」


 師匠は十分に温まった足を引っ込めて、あぐらをかきながら僕の顔を見てきた。


「なんですか?」

「故郷の母がよく言っていました。常に最悪の場合を想定して備えておきなさい、と。今回の場合で言うと、あなたが勇者様に思いを拒絶されたと仮定します。その時、あなたはどうするんですか? ここに残って、シスターを?」

「まっぴらごめんですね。僕の命は、拾ってくれたノト君のものです。例えどんなことになっても、どんな手を使ってでも、僕は最後まで彼に添い遂げるつもりです」


 悩むまでもないことだった。勇者様は色々と考えてくれていたけれど、僕は一直線にしか物事を考えられない。救ってくれた恩人の為に自分の命を使う。そうすることでしか、彼に報いることはできない。邪険にされようが、ひとりにされようが、絶対に勇者様についていく。後ろからこっそり追いかけたっていい。魔法の代償によって勇者様がどんな姿になろうとも、そのあとは僕が全力で彼を支援する。最初からそれ以外に答えなんてなかった。


「狂愛ですねぇ……死は恐ろしくないですか?」

「自分よりも、彼の死の方がよっぽど。それに、人間ってなかなか簡単には野垂れ死ねないんです。それを知っていることが、僕の唯一の武器と言いますか……」


 その時、師匠と過ごす聖都での日々が、僕というどうしようもない人間をマシなものにしてくれたことに気が付いた。


「こういう考え方ができるようになったのも、ひとえに師匠のおかげですけどね」

「師匠?」


 友達というにはあまりにも先に進んだ存在で、身内にしては情け容赦ない厳しさを持ったマリアさんには、師匠という言葉がぴったりだと思った。僕は改めて彼女に自分の気持ちと感謝を伝えた。


「はい。ありがとうございます。大好きですよ、お師匠様」


 瞳を潤ませた師匠は僕をきつく抱きしめてきた。暖められて刺激的なニオイを含んだ空気が鼻にツンと香った。


「はいっ! 休憩、おしまいっ! 靴も乾いたことですし、勇者様を探しに行きますよっ!」


 感動の空気はそれまでだった。師匠は僕の背中をバシッと叩いて立ち上がると、乾いたタイツを顔に投げつけてきた。僕は若干湿り気の残るそのタイツを履きながら尋ねた。


「何か当てがあるんですか?」


 師匠は笑いながらお得意のウインクを決めてくるだけだった。





 その部屋は聖堂の一角にあった。間仕切りの向こう側にベッドが2つあって、古めかしくも荘厳な装飾のなされた椅子やテーブルなどの家具もあった。壁には一面の大きなタペストリーが貼られていて、とても広いのに冷たさを一切感じさせない快適な部屋だった。


「どうですかぁ? 明かりは必要そうですかぁ?」


 先に中に入って様子を見てくるように言ってきた師匠が廊下から声をかけてきた。


「ちょっとだけ、薄暗いですかね。あ、でもなんか、奥の方が明るくなってるみたいです」


 部屋は入って左手側の奥にも続いていた。そこからランプの色がかすかに感じられたけれど、それ以上はひとりで足を踏み入れる気になれなかった。


 助けを求めて振りかえると、目を据わらせた師匠が邪悪な笑みを浮かべていた。徐々に閉まっていく入り口の扉が完全に閉まりきるまで、彼女はその恐ろしい表情を少しも変えることはなかった。


「……は?」


 閉じ込められた。師匠に。閉じ込められた。さっき、大好きって伝えた人に。閉じ込められた。僕が大好きと言った時に、目をうるうるさせて抱きついて喜んでくれた人に。閉じ込められた、閉じ込められた、閉じ込められた、閉じ込められた、閉じ込められたぁ!!


「ちょっとぉ!! 師匠!?」


 僕は押しても引いてもビクともしない扉をバンバン叩いて声をあげた。


「静かに!! 勇者様に見つかってしまいますよ!?」


 外から師匠が扉を押さえている。それはもう、絶望の他に言葉が無かった。野生の熊を連れてきたって、彼女に力で勝てるわけがないのだから。


「なんでなんでなんで!? 意味がわからないんですけど!?」

「意味なんて求めない!! 人生はラブ&ロマンス!! 日々行ってきたイメージトレーニングの成果を、今こそ発揮するのです!!」

「そんなぁ!? 急にそんなこと言われても!!」


 やいのやいのと騒いでいると、扉に大きな人影が浮かび上がった。その影は僕の体を完全に包み込んでいた。


「……アリー?」


 振り向くしかなかった。そこには上半身裸の勇者様がいた。

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