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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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56/64

56 【じんせい】

 

『大丈夫? 一旦、休憩にしようか?』


 勇者様は歩いて旅をしていた。


『馬だよぉ、アリー。可愛いねぇ?』


 勇者様は野生の馬を見て笑っていた。


『そう、なんだ』


 勇者様はハンスさんが連れてきた馬を見て、嬉しそうな顔をしていなかった。


『……ごめん』


 勇者様は部屋を去ったあの時……彼は、一体どんな顔をしていたのだろう。





 僕は大馬鹿だった。自分の欲望にだけ一生懸命になっていて、大好きなはずの彼に対してあまりにも無関心すぎた。もう少し考えれば、もう少しだけでも注意深く勇者様を見ることが出来ていたら、彼がどうしてその決断を下したのか理解ができたはずだった。僕がこれまでしてきた自分勝手な考えと行動は、勇者様をどれだけ苦しめてきたのだろう。そう考えると、罪の意識で押しつぶされそうになった。


 いてもたってもいられずに、僕は立ち上がった。そのまま勇者様のもとにまで一直線に走り出したかった。ところが僕の手をがっしりと掴んでいた師匠の手が、そうはさせてくれなかった。


「どちらへ?」

「謝らなきゃ。僕は……ノト君のことを、たくさん傷つけてしまったから」


 彼の前で何度笑ったことか。彼の前で何度弱音を吐いたことか。彼の前で世界が平和になった後の話を何度したことか。楽しかった旅の思い出が、すべて後悔に塗り替えられていった。


「それをしたとて、何になるというのです? 謝りにいったところで、勇者様はあなたを許すに決まっています。それであなたの心が救われても、何も変わりやしません。あなたが本当に勇者様を愛しているというのであれば、彼を救うことにだけ専念しなさい」


 師匠は僕がとっさにとった行動の本質をグサリと突き刺してきた。僕に出来ることは、その場で崩れ落ちることだけだった。


「どうして……どうして精霊様はノト君にだけ、そんな酷いことを? こんな理不尽がありますか? こんな馬鹿な話が、何で通るんですか? 皆、それでいいと思ってるんですか? 世界中の人たちは、ノト君が死ねばいいと思っているってことですか!?」


 とっくに枯れ果てたと思っていた涙が溢れ出した。他の人たちを非難したところで、自分もその人たちと何ら変わらなかった。被っていた禍々しいベールを掴み取って、暖炉の炎に投げつけた。燃え上がった火柱を見ても、全然気持ちはおさまらなかった。むしろ何かをすればするほど、心が蝕まれていくような気がした。


 僕の行動に驚いて、怯えたフレディ君はウーリール先生のお腹の上に避難した。僕を見下ろしていた師匠が、ゆっくりとしゃがみ込んで目を合わせてきた。


「……それはわかりません。私なんて、自分で自分の考えていることがわからなくなる時があるくらいですから。他の人の考えていることなんて、もっとわからないですよ。でもね? ここにいる私たちだけは、そうは思っていないということだけは保証します」


 そう言って、師匠は手を差し伸べてきた。しばらく見つめた後、僕は赤く照らされていたその手にすがった。師匠は僕の体を強く抱きしめてきた。





 師匠の腕の中でひとしきり泣いて、椅子に座り直してもしばらくは放心状態が続いていた。師匠は温かいミルクをいれてくれて、先生は何も言わずにフレディ君をひたすら愛でていた。


「取り乱してしまって、すいませんでした」


 僕が謝罪の言葉を口にすると、ウーリール先生が穏やな笑みを浮かべた。


「マリアにも引けを取らない、素晴らしい肩でした」

「やだ、もーう!」


 冗談を誰よりも喜んだ師匠が、盛大に音を立てて先生の肩を叩いた。師匠の何倍も大きい体をした先生が椅子ごと動いて、これに驚いたフレディ君は床に盛られていた牧草の山に身を隠した。


「さて、そろそろ、お話の続きをしていきましょうか?」


 僕は無言で先生の言葉を肯定した。師匠も真面目な顔つきに戻して頷いた。


「今現在、その厄介な魔法の代償を肩代わりしてくれるであろう、首飾りを作っている真っ最中です。ただ、その首飾りがどこまで機能してくれるかは、私にもわかりません。命だけは助かっても、体のどこかに損傷が出たりだとか、そういったことは大いに起こりえることだと思います」

「……それでも、何もしないよりは」


 それ以上は言葉が続かなかった。その場にいる全員がうつむいた。


「他に……何か僕に、出来ることはないんですか?」


 すぐにでも動き出したい思いにかき立てられた僕の質問に、師匠が両手を動かしながら答えた。


「もちろん、ありますよ? 勇者様に生きる希望を与えることです。すなわち、彼とあなたが心から愛し合い、肉体的にも、こう……ガッチリと。ですから、あなたたちにはこの町で結婚してもらいます」

「へ?」

「それは本当にそうなんです。魔法というのは使用者の精神状態が大きく影響します。可能ならば、そこまでいってほしいと、私も思っています」

「良いタイミングでベールを捨て去ってくれましたね。明日からは、本格的にドキドキ大作戦の方を始めていきますよ? 覚悟を決めてくださいね?」

「あ?」


 人生って忙しい。感傷に浸ることのできた時間はあっという間に過ぎ去って、僕は自分に向けられた2人の艶のある瞳を交互に見るばかりで、気持ちの切り替えが追い付かなかった。

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