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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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46 【食事も修業】

 

 向かいの席についたウーリール先生は曇ったメガネを手に取り、懐から取り出した綺麗な一枚布で丁寧にレンズを拭いてかけ直した。彼の隣に座るシスター・マリアは、我が子を見る母親のような目つきと微笑みでその様子を眺めていた。


「さて、留守の間に何か変わったことはあったかな?」

「はい。私も間に合わなかったんですけれど、勇者様がこの家に訪問なされたみたいです」

「えっ!?」


 2人の会話に1人の間抜けが割り込んだ。その間抜けは僕のことだった。


「この子のことは、あまり気にしないでください。勇者様がこの家から出てきたところは、私が確かにこの目で見ましたから」


 あの時の僕は現場を直視することができなかった。僕が余計な反応をしたせいで、師匠と証言が食い違っているという印象を先生に与えかねない、完全にアホな行動をしてしまった。いや、それもまだわからない。もしかしたら、師匠が嘘をついている可能性だってあるのだから。


「ああ、その事か。それだったら、問題はないよ。彼とは町で直接お会いして、話をすることが出来たから」

「……ご、ごめんなさい」


 勇者様と先生が何の話をしたのかは気になった。けれど師匠の証言が嘘じゃなかったことがわかって、まず謝った。心の中でとはいえ、尊敬するマリアさんを悪者に仕立て上げてまで己を正当化しようとする自分の根性が情けなかった。


「どうして謝るんですか、小鹿ちゃん?」


 師匠も先生も不思議そうな顔をしていた。僕は何も言い返さず、これからは自分の悪い癖を直していこうと心に誓った。


「申し訳ありません、先生。この子、勇者様とすれ違ってから傷心気味といいますか、少しだけ調子が……」

「やはり、そうだったんだね。よかったら、席を外そうか?」

「いや、そ、そ、そんなぁ!!」


 優しくされるほど、いたたまれなくなった。幸いにも先生を止めたのは、僕だけではなかった。


「そうですよ。それに朝食がまだでしょう? すぐに支度しますから、待っていてください」

「ありがとう、マリア。とても助かるよ」


 マリアさんはにっこりと先生に笑いかけた。かと思ったら、即座に真顔に戻した。


「……私以外の女と、2人きりでね?」

「え?」


 あとは見たことのある風景が続いた。相変わらず癖のある彼女の愛に、僕は密かに共感を覚えていた。





 師匠が料理の達人ということもあったけれど、聖都のご飯は何を食べても美味しかった。その日、僕がご馳走になったのは、赤いスープと見たこともない薄い生地に自分で好きな具材を乗せて包み込むという一風変わった料理だった。スープはやや酸味が強くて、お肉を煮込んだものに限りなく近いコクと深みのある、とても美味しいものだった。もうひとつの料理に使われている生地は、向こう側が透けて見えそうなぐらいに薄くて丸い形をしていて、名前は確か『ブリニュラ』だったかと思う。このブリニュラに卵やチーズや各種野菜を包んで、酸味のあるクリームをつけて食べると、これもまた大変味の良いものだった。


 先生と師匠は朝からすごくたくさん食べる人だった。先生は体が大きいから、まだわかる。だけどマリアさんの食べる量には、とても驚かされた。彼女はよく食べる先生のさらに倍の量のご飯をいつも食べていた。また、彼女たちは所作がいちいち美しくて、あまりにも綺麗に食べ尽くすからか、この2人の食事風景はどれだけ見ていても飽きなかったどころか、すっきりとした気分にさせられるものですらあった。


「ふふふ、小鹿ちゃんですね。それじゃあ全然足りませんよ、もっとお食べなさいな」


 師匠は手にしたブリニュラに適当な具材を包み込むと、それを勝手に僕のお皿の上に乗せてきた。


 余談になるけど、この頃になってようやく僕は標準体型になることができた。この町にいる間は、それだけ師匠に食べさせられたからだ。今はまた痩せてきちゃったけど、あの時の僕は魔性のボディを持つ全盛期といっても過言ではない時期だった。


「ところで、先生。ノト君とは、どんなお話をされたんですか?」


 僕はこっちのお皿をチラッと見た師匠の動きにも注意しながら、おそるおそる尋ねた。先生はメガネの位置を手で直しながら白い歯を見せた。


「半分以上は、アリーさんの話題でした」

「……僕の?」

「ええ。よほど気になるのか、何度もあなたの体調を尋ねられました。もっとも、体調が心配なのは勇者様の方でしたが」

「それって、どういう意味ですか!?」


 僕が焦りで声を荒げると、先生は師匠の方に助けを求めるような視線を送った。すると、師匠が淡々とした口調で話を始めた。


「最初に言ったでしょう? あなたたちは相思相愛だと。今、彼の頭の中は、あなたのことでいっぱいなのです。とりあえず、それを食べてしまいなさいな。今日の作戦はそれから執り行うことにしましょう」


 隙の無い動きで彼女は2杯目のスープを器に注ぎ込んできた。


 朝食が終わると、僕のお腹はこれ以上にないくらいパンパンになっていた。その状態では、とてもじゃないけど作戦とやらの説明を受けても、内容が頭に入ってこなかった。気付けば僕と師匠は、勇者様を探しに町へと繰り出すことになっていた。

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