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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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42/64

42 鏡

 

 司祭様とマザーへの説得は、出来るだけ悲惨に聞こえるように身の上話をすることによって、大成功に終わった。お見送りの申し出は断った。教会の偉い人たちのやることの多さは知っていたからだ。僕と勇者様は、素晴らしい心を持った聖職者たちと和解のハグを交わして別れた後、2人きりで礼拝堂まで続く廊下をゆっくりと進んでいた。


「終わりよければすべてよしですね。こんな時間になっちゃいましたけど、トイレは大丈夫ですか?」

「んん」


 勇者様が軽やかに答えてくれたのはいいことだったけれど、この件には関係のないアリッサちゃんを待たせてしまっているのが気がかりだった。


「アリッサちゃんには申し訳ないことをしてしまいましたね。なにかお詫びの品を贈った方がいいですかね? お金とか」

「……ん~」


 勇者様も一緒になって考えてくれた。僕の予想通り、マザー・ミネルバの抱擁は勇者様の体調を急激に回復させていた。


「それにしても、シスター・エラって、素直に反省できる人だったんですね。さすがは年上というか、僕とは全然違っていて、ちょっとだけ悔しかったです」

「あは、はは」

「笑わないでくださいよ。真剣にそう思ったんですから」


 嫌いな人のことは、どうしても表面的にしか見れない。それでも今日会った彼女は、少なくとも私利私欲に走るだけの浅はかな人間ではなかった。偉い人たちの前だと自分を抑えて、ちゃんとできる人でもあることを知った。思わぬ形で彼女の意外な一面を見てしまった僕としては、機会があれば彼女に歩み寄ってもいいかもしれないと思えた。


「難しいですよねぇ。皆仲良くは理想ですけど……」

「むぅ」


 されどシスター・エラのことだ。そうしたところで、余計に悪感情を抱かせてしまう可能性の方が高いだろう。それだけは、なんとなくわかる。僕と彼女はどうしたって合わない。未来への薄い期待と濃い失望を胸にした僕は、廊下を突き当たった先にある扉を開いた。





 礼拝堂に入って、最初にハンスさんと目が合った。ハンマーを手にしていたところから察するに親方状態で、バードさんが暖炉作りをひとりで出来るのか見守っていたようだった。職人たちのすぐ近くの長椅子にはアリッサちゃんが座っていた。彼女は立ち上がって、こちらに笑顔を向けてくれた。


 顔を見るだけでホッとできるメンバーに笑顔を返した僕は、マイロ君の姿が見えないことに気が付いた。日は落ちかけていたし、さすがに帰らせたのだろうかと思ったけれど、その考えは違っていた。


 マイロ君の行方を教えてくれたのは、ハンス親方だった。彼が向けた視線を辿ると、反対側の壁に近い椅子にシスター・エラとマイロ君が並んで座っていた。僕と目の合ったシスター・エラは別人のような険しい表情に変えて、手に持っていた光沢のある小さな石を隠すような動きをみせた。


 またしてもシスター・エラの知られざる一面を見てしまった僕は、少しだけと思って、視線を戻してハンス親方に目配せをした。僕の意図を汲み取ってくれた親方は、呆れたように大きなため息をついてから動き始めた。


「……さぁて、んじゃあ、そろそろ」

「へい!」


 親方の号令に従って、バードさんが帰り支度を始めた。


「お嬢ちゃんのことは、俺たちが送ってやる。薬師の家でいいんだよな?」

「え……で、ですが……」

「いいから、な?」


 ハンス親方は強引にアリッサちゃんを誘った。困惑してこちらを見てきた彼女に、僕は師匠直伝のスマイル付きウインクを送って安心させた。


「マイロ! 帰るぞ!」


 バードさんに呼ばれたマイロ君は、もちもちと走っていって彼の手を握った。4人が礼拝堂を後にすると、堂内にいた他の人たちが空気を察してひとり、またひとりと姿を消していき、その場にいるのは僕たちとシスター・エラだけになった。


 意を決してシスター・エラに近付いてみると、彼女は僕たちから目を背けて合わせようともしてくれなかった。僕はマイロ君に貰ったであろう石を握っている手の方を彼女の本体だと思うことにした。


「お疲れさまでした、シスター」

「アンタ、一体どういうつもり?」


 いきなりの喧嘩腰に出鼻を挫かれた。僕は気圧されて何も言い返せなかった。彼女はイライラとした態度のまま、言葉を続けた。


「聞こえなかったの? どうして罰則を求めなかったのか、聞いてるの」

「だって……精霊様の教えの基本は『愛すること』と『許すこと』だから、その通りにしましょうって。それだけですけど?」


 言葉通りのことだった。しかし僕とシスター・エラの間にある見えない壁が、意味を捻じ曲げて彼女にその内容を伝えてしまった。


「何それ。精霊様気取り?」

「そういうわけじゃ……」

「私、別にアンタなんかに助けてもらったなんて思わないから」


 さすがにこの言い様にはカチンときた。助けてあげたなんていう気持ちは僕にはまったくなかったけれど、そもそもここまで大事になってしまったのはお前の安易な行動のせいだろうと、彼女の胸ぐらを掴んで言ってやりたくなった。だけど、そこをグッとこらえるのが大人の女というものだった。


「それはそうですけどぉ……あなたと同じ罰を受けてまで、責任を取ろうとしてくれた司祭様と院長さんには、もうちょっと感謝した方がいいんじゃないですかね?」


 カチンときている時点で僕も大人としてはまだまだという事には気が付かなかった。彼女に歩み寄るつもりが、彼女を挑発するような言い方をしてしまっていた。


「今度はお説教? 良いご身分ね。そりゃそうよね。勇者様の妻ともなれば、周りの皆は誰でも頭を下げてくれるんだから……でも、私は違う!! 私はアンタなんか眼中にもない!!」


 僕は長めの瞬きをして、沸騰しかけた頭を冷静にさせた。そしてもう1度彼女の顔を見て、よく考えた。


 眼中にもない相手と会話をしているのに、どうして声を荒げたのか。なぜ、この人は泣いているのだろうか。それは彼女の言っていることが本心じゃないからだ。僕には彼女の考えていることが、手に取るようにわかった。私は悪くない。悪いのは私じゃない……。


「……誰も、私の気持ちをわかってくれない」


 僕が他人の食糧をかすめ取って生きていた時のことだ。あの薄暗い洞窟の中で、幾度となく考えていたことを僕が口にすると、シスター・エラは愕然とした表情を見せて押し黙った。


 彼女のことを嫌いな本当の理由がわかってしまった。それは、彼女があまりにも昔の僕と同じ考え方と行動をする人だったからだ。彼女を見ると、過去の醜い自分と向き合わなくてはならなくなる。だから僕はシスター・エラが死ぬほど嫌いだった。


 魔王が悪い。時代が悪い。村を焼き払った人々が悪い。そうやって他の何かを恨んで生きていた僕は、勇者様と出会った後でも、彼のことを認めない人たちを悪者として捉えることもあった。


 生きるためだけなら、盗みじゃなくてもよかった。体を売ってもよかったし、教会に駆け込んでもよかった。実際は今だからそういう事をポンポン思いつくけど、それでも僕が選んだ道が盗みだったのは変えようがない。12歳だった僕は『楽』に負けてしまったのだ。


 僕に染みついた負け犬根性は、未だに抜けきっていないし、人間としての機能に大きな欠陥も生み出している。聖都にいた時にせっかく読み書きを教えてもらったのに、少しでも難しい内容の文章だったらすぐに諦めてしまうし、そういう話をされたらついていけなくなってしまうのが良い例だと我ながらに思う。


「その考え方は、おススメできません。あなたを絶対に、幸せにはしてくれませんから……」


 うわべから始めることでも、だいぶ良くなってくる。言葉にするのは難しいけれど、それを知っていた僕は、おそらくは通じないであろう体験談をなるべく短くしてシスター・エラに伝えた。彼女はただ口元を小刻みに振るわせるだけで、何も言い返してこなかった。


「考え方を変えるっていうのは、僕の場合は大変でしたけど……子供を慈しむことのできるあなたなら、きっと簡単にできると思います。僕の言いたいことはそれだけです。だから、今はさようならですね。聖夜祭の日まで、どうかお元気で」


 結局は、何をすることもできなかった。苦手な相手との心の距離を縮めることは、思っていたよりもずっと難しいことだった。礼拝堂を出る直前、僕は何気なく振り返って堂内を見渡した。正面の高い所に掲げられている、手入れが行き届いた鏡は1点の曇りもなくキラリと輝いていた。

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