40 冬のホットな気配
僕の予想通り、訪問客はバードさんだった。ひとつだけ予想外だったのは、彼がむちむちに太った5歳くらいの男児の手を引いていたことで、僕は呆気にとられながらその子のことを見下ろしていた。
まんまるほっぺに口をへの字に曲げたその子は、僕の目をじっと見て逸らさなかった。桃を上から見たかのような、子供が苦手な僕でもずっと見ていられる、妙に味のある顔つきをした子だった。
「炭焼きのところの次男坊っス。ここのウサギをひとりで見に来てたみたいで。ほれ、ちゃんと挨拶しな」
「こんにちは」
面白いと言ったら失礼だけど、独特のビジュアルを持ったその子に対して、僕は余裕をもって初対面の挨拶をすることが出来た。
「こら、マイロ!」
急に恥ずかしくなったのか、マイロと呼ばれた男の子はバードさんの陰に隠れてしまった。その体型は標準よりもむちむちとしているので、痩せたバードさんの下半身では隠し切れずに全身をはみ出させていた。おかしさと可愛らしさを両立させたその動きを見た僕は思わず笑ってしまった。
「……ふふふ、私はそろそろ行くね」
「お疲れ様です。また、遊びに来て下さいね?」
バードさんたちを一緒に出迎えていたウリナさんは微笑みを称えながら頷いて、マイロ君に優しい視線を向けてから去っていった。
「それでどうされたんですか、バードさん。もしかして、今日も同じ?」
「そっスね。院長さんやらお偉いさんやらが、直接会って謝罪をしたいと」
先週の一件があって以来、教会からは毎日謝罪の打診が来ていた。我が家の敷地は教会関係者の立ち入りを一切禁止にしているため、向こう側から直接謝りに来ることはなかったけれど、決まってバードさんが伝言役として家に来るという悪しき流れが出来上がりかけていた。
「本当、僕としては出来るだけ大事にしたくないんですけどねぇ……」
「やはり、今日も断っておきましょうか?」
「う~ん」
僕は勇者様とアリッサちゃんの顔を交互に見ながら考えた。このまま謝罪を断り続けても、変な誤解を与えて関係性を拗らせてしまうかもしれない。この村の教会は勇者様にとって実家のようなものでもあるし、ここらへんで重い腰を上げて、この件については綺麗さっぱり水に流した方がいいのかもしれない。
「いや……行きます」
面倒くさい、じゃ済まされない問題だと思った。この村に住まわせてもらっている以上は、教会とも上手くやっていかないといけない。そういうことが出来るのが大人の女なんだと、フォリアさんだって言っていた。僕は断り続けていた教会からの謝罪をきちんと受けることにした。
「本当スか!? それじゃあ、え~と……」
僕の返答を聞いたバードさんが狼狽える中、落ち着いて状況判断をしたアリッサちゃんが提案してきた。
「わ、私は、ノ、ノト様と留守を預かっていましょうか?」
バハティエの治安はすこぶる良いし、アリッサちゃんはしっかりしている。だけど彼女はまだ14歳だ。僕も14歳をやっていたことがあるけれど、14歳の女子は色んな意味で危ない。万が一、今戦争が起こって、この村にそういう連中が攻め入ってきて、彼女が組み伏せられたりしたら。そうなった場合、僕には責任が取れないし、彼女に留守を頼んだことを一生悔み続けるだろう。まあ、それは大げさかもしれないけれど、アリッサちゃんは可愛いし、彼女の親代わりのフォリアさんだって大好きな人だ。そういう人たちを悲しませたりしたくない。
「ごめんなさいなんだけど、アリッサちゃんも一緒に来てもらって、いいかな?」
「あ、ふぁい! あの、が、頑張ります!」
「あはは、別に頑張る必要はないよ。こういう時は、アリッサちゃんみたいな子がいてくれると、僕も助かるからさ」
「で、お前はどうするんだ? 教会、行きたいか?」
バードさんの質問に、マイロ君は表情を変えず黙って頷いた。
教会へと向かう道の途中、適当な場所で火を焚いて暖を取っている村の人たちを遠巻きに眺めながら、僕は人間の逞しさに心を震わせ、体の方は寒さで震わせていた。
聖都も寒かったけれど、バハティエの冬はもっと寒かった。家と家の間隔が狭かった聖都と違って、建物が密集していないからかもしれない。というか、なぜかはわからないけれど、こんなに寒いのに、この村は建物の防寒対策がしっかりできていない。その証拠に僕たちの家に暖炉が出来るまで、バハティエに暖炉は存在しなかった。
「あれぇ!? あそこにあった診療所……なくなってる!?」
久しぶりに目にしたその場所には、国から派遣されて村に来ていたお医者さんの診療所があるはずだった。僕が以前に見た時には、石造りの建物とその建物を囲っていた石垣があったはずなのに、嘘みたいに何もなくなっていた。ポカンと現場の様子を見ることしかできなかった僕に真相を教えてくれたのは、バードさんだった。
「残念ながら、先月末に。まるでやる気のなかった連中ですが、最後の最後に役に立ってくれました」
「もしかして……暖炉のために集めた廃材って……」
僕の言葉にバードさんはニヤリと笑っただけだった。
「平気なんですか? 勝手にそんなことして」
「大丈夫ス。元々この村の資材でしたし、教会から許可は取ったんで。それに、別に俺たちが何かしたから出て行ったわけでもなく、内輪モメで勝手に夜逃げしたみたいで」
「う、う、内輪モメ?」
詳細に興味を持ったアリッサちゃんに、バードさんは少し考えるようなそぶりを見せてから口を開いた。
「……無理を続けた人間は、いつか必ず生まれる歪によって身を滅ぼす」
教会の教えを引用したのか、アリッサちゃんは少しだけ目を見開いてバードさんの言葉の続きに聞き入った。
「君のことは、フォリアさんからよく聞いている。けれど、誰でもモウゼスじいさんのようになれるわけじゃない。君はこの村にとって明るい希望だけど、ガス抜きは大切だ。どうか上手に……なんだ? その~、いい塩梅で手を抜いてほしいと思ってる」
「あ……あ、ふぁい。その……あ、ありがとうございます……」
これは来たか。新たな恋が。
意味深なやり取りはそっちのけに、僕は2人の間に芽生えそうなホットな気配について注視していこうと、気持ちを熱くさせた。ちなみにマイロ君はバードさんと手を繋いだまま、変わらぬ仏頂面をキープしていた。




