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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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30 【憧れの先輩】

 

 仮初めの修道女生活が始まって、1番最初に覚えた仕事は井戸の水汲みだった。


 井戸は聖堂の裏にある山道を少し上った変な所にあった。足元なんか石だらけ。踏み方を間違えたら足首を捻りそうな整備されていないボコボコの道は、歩くだけで心身ともに消耗させられた。


 毎日毎日こんな道を往復しているシスターって大変なんだなと思いつつも、僕は頭の中でゴージャスな部屋のふかふかのベッドで横になる自分を想像しては、その想像を振り払っていた。


「キッツい……」


 山だったからなのか、とにかく風が強かった。ヒョーヒョーと音を鳴らす強風が吹きつける中、何度も何度も深い深い、信じられないほど深い井戸の底から水を汲み上げていた僕の手はビリッビリに痺れていた。


「オイオイオイ! なっさけねぇなぁ、小鹿ちゃんよぉ! 肉が足りないんじゃねぇですかぁ? そんなことで、修道女はやぁ~っていけませんよぉ!?」


 僕の事を煽っていた時のマリアさんのとっても楽しそうな、あの笑顔は今でも忘れられない。彼女は彼女で日々の生活においての鬱憤が溜まっていたのかもしれない。破戒シスターのちょっとしたいびりにも耐え、僕はなんとか水汲みを終わらせた。


「これって……何の、意味があるんですか?」


 澄み切った山の空気は、吸っても吸っても僕の呼吸を楽にしてくれなかった。作業前に凍えていた体は、いつの間にか熱を帯びて汗までかいていた。


「言ったでしょう!? 健全な愛は健全な体に宿ると! まず、アリーさんには最低限の体力と根性をつけてもらいます! 下っ端シスターの仕事でもある朝晩2回の水汲みは、修業にはもってこいです!」


 マリアさんは、僕が汲んだ最後の井戸水を大きな水瓶に移し替えながら答えた。


「これ、晩もやるんですか!?」

「はい。ぶっちゃけると、ここまで来て水汲みをするシスターは誰もいません。もっと近場に別の井戸がありますからね」


抗議の声明を口から出そうとした瞬間、マリアさんは手のひらを広げて僕の視界を遮ってきた。突然の暗闇に驚いた僕は、結局何も言うことが出来なかった。


暗闇を晴らしたシスター・マリアは、狂気を孕んだくりくりの目玉を笑わせながら真意を語った。


「あなたはここでやらないと、意味がないんです。アリーさんの場合って、勇者様の推薦ということもあって、おそらくここのシスターたちは誰も厳しく接してこないと思うんです。だけど、私だけは違います。例え仮初めであったとしても、あなたにとって必要なことならば、通常よりも断然厳しくさせてもらいますので、そこのところ、よろしくお願いします」

「そ、そんなぁ……」


 いきなり叩きつけられた筋トレと有酸素運動の日課に、僕は恐れおののくことしかできなかった。ここだけの話、マリアさんが一緒にやってくれていなかったら、きっと逃げ出していたと思う。この作業は、それだけ辛いものがあった。けれど、おかげで力はついた。パワーのついた僕はついでに根拠のない自信も生まれて、マリアさんのようにとまではいかなくても、ポジティブな思考というものを手に入れることができた。


「ハウルァッ!!」


 マリアさんはお得意の汚い声を出して、自分の何倍もの重さがある天秤棒を肩に担いだ。棒の両端には、これでもかと水の入れられたカメが2つずつぶら下がっていた。


「では、参りましょうか」


 良い意味でも悪い意味でも、人を惹きつける魅力のある笑みを浮かべた先輩シスターの背中は、それはそれは格好いいものだった。彼女の後姿が聖堂を囲む山々よりも大きく見えた僕は、謎のときめきを感じながら、険しい斜面を嘘みたいに軽く下っていく先輩シスターのあとを追った。





 聖堂の中はいつでも暖かった。それがハンスさんの言っていたストーブの効果によるものだと知ったのは、つい最近の話。聖堂までたどり着いたマリアさんは、裏口から入ってすぐ近くの部屋で担いでいた水瓶を降ろした。


 異常にはすぐに気が付いた。先ほどまで生き生きとしていたはずのマリアさんの表情が芳しくなかった。流石の彼女も重たい水瓶を運ぶ作業は苦痛だったのか。その時の僕はそう思った。


「……くっせぇですねぇ」

「はい?」


 マリアさんは僕の顔の真正面で、ヒクヒクと鼻を動かしながら匂いを嗅ぎ始めた。


「アリーさん。失礼ですけど、最後にお風呂に入られたのは、いつ頃のことですか?」


 マリアさんは真面目な表情で僕の体臭問題について切り込んできた。


「結構……ずっと入ってない感じで、やらせてもらってます」


 そもそも、そんな環境も文化もなかった。旅の中で浴びるものといえば、煙か水。何だったら本物を見るまで、僕はお風呂という概念すら知らなかった。


「あ~、それはダメですね。これから先生に会いに行こうかと思っていたんですけど、予定変更です。アリーさん、山猫みてぇな匂いがします。どうあがいても、くせぇです」


 歯に衣着せぬ批評をいただいた僕は、急に恥ずかしくなって頭をかいた。


「大丈夫ですよ。幸い、ヤシュロクは温泉地帯ですから。シスター専用の大浴場は、風俗の乱れで封鎖されていた時代もあるほど歴史の深いもの。これも勉強です。大浴場へ行きましょう。手取り足取り、私が乙女の正しい洗い方を教えて差し上げます」


 マリアさんは僕の手を取って、部屋の外へと連れ出した。簡単に手を握ってくる彼女に、僕はまた謎のときめきを感じさせらていた。

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