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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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29 【狂愛の獣】

 

「精霊様が敵って、どういうことですか?」


 僕たち人間の創造主であり、生活を送る上で根幹となる教えを後世の為に遺したとされる存在。それが精霊様であり、世界各地に点在する教会ではその教義を説いている。子供の頃の記憶になるけれど、道端にごみを捨ててはいけないだとか、人から借りたものはちゃんと返しなさいだとか、親を大切にしなさいだとか、毎日歯を磨きなさいだとか、教会ではそういうことを学んだ。


「敵とは言ってないです。ただ、正典にも記されている勇者様の預言の項に関してだけは長年の間、解釈がちょっと違うんじゃないかな、と個人的に思っていまして」


 シスター・マリアが言っているのは、万人が知っていて当たり前の預言『来るべき勇者』に関する話だった。教義内容の解釈については、教会内部では揉めごとになることもあると勇者様にチラッと聞いたことだけはあった。


 問題の核心に触れる前に、僕は気になることを彼女に聞くことにした。


「長年の間って……マリアさん、おいくつなんですか?」

「23です」


 危ないところだった。見た目からして僕より年下だと思っていたけど結構年上だった。念のため敬語を使っておいてよかった。


「疑問を持ったのは、何歳のときですか?」

「14歳のときでした。きちんとした、成人向けの預言の項を最初に習った時ですね。まぁまぁ、今は私のことはいいじゃねぇですか」


 マリアさんは僕の手からカップをひったくってカートの上に乗せると、今度はカートの下段から見たこともないほど大きくて分厚い製本を取り出した。本を手にした彼女は続けざまに僕の顔の前にページを開いて見せてきた。


「それよりもアリーさん、まずはこれを読んでみてください」

「すいません、僕は文字が」


 田舎の民である僕は当然、文字の読み書きなんてできるわけがなかった。


「それは失礼しました。お気になさらず。私も先生に教わるまでは、まったく読めませんでしたからね。仮初めの修道女生活で、ゆっくりと学んでいきましょう」

「仮初め?」

「はい。勇者様と男女の関係になっちまえば、こっちのもんですから。それまでは教育係の私のもとで猫を被っててくださいね?」

「ど、ど、ど、どういう事なんですか? 僕はノト君に……拒まれた、ばかりで」

「だからぁ……何から話していいやら。とりあえず、座ってもよろしいですか? この本、重たくって。すみません」


 マリアさんは返答を待たず、僕がいるベッドの足元に本を置いてその近くに腰掛けた。


「わお……素晴らしいですねぇ」


 座り心地についてひと言を呟くと、彼女はまっすぐに僕の目を見つめてきた。


「大丈夫です、アリーさん。あなたたちは相思相愛ですから。今回おかしなことになっちゃったのは、高潔なる勇者様の深い情愛と、疑わしい預言までをも信じてしまった敬虔さゆえに起こってしまったことなんです」

「でも」

「そこまでぇっ!!」


 マリアさんの声は不思議な力を持っていた。魔物化した熊の咆哮よりも大きな彼女の声は何故か不快ではなく、それまで僕が引きずっていた苦しい思いを取り払ってくれるかのような、聞いていて爽快な気持ちにさせてくれるものだった。


「お黙りなさいな、小鹿ちゃん。とにかく、大丈夫なものは大丈夫なんです。しかし時間がないことは確かです。あなたは聖夜祭までに勇者様との愛を育み直し、さらには疑わしい預言に打ち勝つ方法を探し出さなくてはならないのですから」


 聖都ヤシュロクは夜と冬が長い国だった。寒さと活動時間の短さもさることながら、雪がすごく厄介で、本格的な冬が来ると人間が埋もれてしまうほどに雪が降り積もってしまう場所でもあった。


 ハンスさんのおかげで冬が来る前になんとか現地に到着できた僕たちは、冬期の間は聖都に滞在するという予定を組んでいた。聖夜祭が終わっても聖都の冬はまだまだ終わらない。しばらくの間は旅に出れるほどの状態にはならないはずだと僕は思った。


「どうして、聖夜祭までなんですか?」

「決まっているじゃないですか。その方がロマンチックだからですよ」


 マリアさんは得意満面の笑みを浮かべてウインクをした。彼女のウインクはひと筋の火花を飛ばした。その火花は種火すら残されていない、灰の被った僕のハートに希望の火を灯してくれた。


「僕は……何をしたらいいんですか?」

「おっ? やる気になってくれましたか。いいですねぇ。乙女は目を輝かせてナンボですから」


 体温が戻った気がした。自然と視線がカートの上に乗せられたカップとお茶菓子にいった。


「預言に対抗する方法については、当てがあります。マイダーリンが教えてくれると思うので。まずはその預言がどう疑わしいのか、説明をいたしましょうか?」

「その知識、果たして本当に僕に必要なんでしょうか?」


 難しい話を聞きたくなかったというのもある。だけど僕がその時必要としていたのは、多少の飲食物と勇者様への熱い思いを成就させる方法だけだった。僕の言葉を聞いたマリアさんは大きく目を開くと、素早く距離を詰めてきて手を握りしめてきた。


「素晴らしいです……まさに狂愛の獣。それじゃあ、まずは健やかな体を取り戻しましょう。健全な愛は健全な体に宿りますからね」


 僕とマリアさんは、カートの上に乗せられていた美味しい飲み物とお茶菓子を食べ尽くした。再出発の狼煙は2人分のゲップが部屋に響いたあとに上げられた。

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