26 休憩
バードさんに過剰に手伝ってもらって家の中に入ったあと、すぐに職人たちの休憩時間が訪れた。僕がテーブルに乗せた2つのホットミルク入りのカップは空にされても湯気が立ち昇っていた。
「やはりそこは鉄板で蓋をした方が風が防げそうだな。鉄が手に入りそうな場所に心当たりは?」
槌から手を離したハンスさんは、いつものハンスさんに戻っていた。彼の質問に答えたのはバードさんだった。
「教会の近くに鍛冶場が」
「教会か……あんなことがあった後だから少し顔を出し辛いが、報告ついでに行ってこよう。アリーちゃん、お金の用意をしてくれるかな?」
「まぁまぁ。もうちょっと、ゆっくりしてからにしましょうよ。それよりも、ハンスさんも大変ですね。変なのに狙われて」
珍しいメンツでのお茶会をもう少しだけ楽しみたかった僕は、彼らのカップにたっぷりのホットミルクを注ぎ込んだ。
「あのシスターは幼稚すぎる。まともに相手はしていられない」
「エラのやつ……ノトが旅に出る前は『勇者様、勇者様』ってすり寄ってた癖に、今じゃノトに祈るどころか、目も合わせやしねぇ。まったく胸糞悪い。恥を知れ、クソ尼が」
さすがはあのブレンダさんの血を引く男。本気を出せば、バードさんもこれぐらい口汚く罵ることができたらしい。普段は温厚な彼の人柄とその言葉のギャップに、僕はなんだかおかしなって口元を緩めてしまった。
「ははっ、そう熱くなるなって。このまま彼女が生き方を正さないのなら、相応の罰を受けることになるさ。もうすでに、その罰は始まっているけどな……」
「やっぱり、教会でも浮いてるんですか?」
僕の言葉にハンスさんは悩ましい表情で首を振った。
「あの人って、歳はいくつなんですか?」
同じ女として思うに、大人であっても年齢によってはあの感じなままなのもわからなくはない。僕は改めてシスター・エラという女性の経験値の方を確認してみた。答えてくれたのはもちろん、バードさんだった。
「ストルと同じ、27っス」
「え゛……」
全員が押し黙った。想像した彼女の未来はどうしようもなく暗かった。僕は彼女のことを嫌ってはいるけど、不幸になってもらいたいわけじゃなかった。これだけ人間が集まって暮らしていれば、馬が合わない人だっている。全員が仲良く手を取り合って頑張りましょう、なんていうのは出来ないことだってわかっている。ただ、彼女にはもう少しだけ私利私欲を捨ててもらって、この村の人たちに歩み寄ってもらいたいだけだった。
「……ハンスさん、彼女に惚れられたのも何かの縁と思って、あの人を変えてあげられませんか?」
ハンスさんは冷ややかに笑ってから僕の提案に答えた。
「無理だな。仮にそうしたところで、あの手の人間は余計に調子に乗るだけだ」
「経験がおありで?」
「ノーコメント。ただ、結局は自分を変えられるのは自分だけなんだよ。誰だって人から影響を受けることはあるけど、その影響をどう体現するかはその人にしか出来ないことだから」
「親方ぁ……」
バードさんは槌を持たないハンス親方の言葉に感銘を受けていた。僕はバードさんの方にも話を振ってみることにした。
「バードさんは、お付き合いされている方とか、意中のお相手とかはいらっしゃるんですか?」
「え、俺? えと……い、いないス」
恥ずかしかったのか、彼は目をそらしてしまった。ストルさんとウリナさんの件を解決して、燻ぶり始めていた僕の心に再び炎が灯された。
「いいんですか、そんなことで。バードさんって、村の若い女の子たちに結構人気があるんですよ?」
「……まぁ、いいじゃないスか。俺みたいなモンのことは」
「ダメですよ! 今なら選び放題なんですよ? このチャンスはものにしておいた方がいいですって」
「はぁ……」
「教えてください。どんな人がお好みなんですか?」
「若いのは、あんまり……甘えなんで」
「甘えられるのが苦手なんですか?」
「いや、甘えるのは俺の方で。末っ子スから」
なるほど。明らかに色のついた表情の若い娘たちに絡まれても、彼が普段と変わらない素っ気ない態度を貫いていたのは単純に興味がなかったからか。僕はついでに疑惑を晴らすための質問をした。
「女性が苦手ということはないですよね?」
「な……まぁ、ガキの頃から散々バカにされて育ってきたし、そりゃあ多少は」
僕の予測は正しかった。残念だけどバードさんは時代の被害者だった。バードさんが子供だった頃は荒々しさだけが男に求められた。そこに魔王が現れて、暗い時代が訪れた。精霊様が祝福を与えたのは、荒くれていた男たちではなく、のほほんとした怪力の男。それが勇者様だった。彼が世界に平和と秩序を取り戻すと、時代にはまた少しずつ変化がみられるようになった。それが若い世代の女の子たちがバードさんという、それまでもてはやされていた男性像とは違う男の人に興味を持ち始めたことでもあった。
「それは問題ですねぇ……」
僕は女性が苦手なバードさんのために何ができるのかを考えた。彼がハンスさんに助けを求める視線を送ったのも見逃さなかった。
「そろそろ行こうか、バード。地元の人間が一緒にいてくれた方が何かとありがたいからな」
「へい!」
2人は息を合わせた動きで素早く出かける準備を整えた。2人の年上の男たちを同時に相手にするには、僕の経験値だけではまだまだ足りないようだった。




