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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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25 親方とシスター

 

 フォリアさんを見送った直後のことだった。大きな槌を肩に担いだハンスさんが、バードさんを引き連れて玄関から出てきた。僕と勇者様に気が付いたハンスさんは、愛想のいい笑みを浮かべながら大股開きで歩み寄ってきた。


「奥さん、旦那さん、おかえりなせぇ。留守の間に調べさせてもらいやしたが、炉はそのまま使っても大丈夫そうでした。これから屋根を見て回りてぇんですが、登ってもよろしいですか?」

「あ、はい……どうぞ、ご自由に」


 人違いではない。今朝一番にやってきて槌を握りしめてからというもの、ハンスさんは人格はおろか口調までが変わってしまっていた。


「バード! 何をぼさっとしてやがるんでぃ! 旦那さんが中に入りやすいようにお前が動くんだよ!」

「へい、すいやせぇん! わかりやした!」

「バードよぉ……俺たちゃこれから、人様の家に手を加えるんだ。そういうところが仕事に出てくる。よく覚えておけよ?」

「親方ぁ……」


 バードさんはハンス親方に心酔しきりだった。頼んでおいて言うのも何だけど、この2人は朝からドラマチックなことばかりやっていて、工事が全然進んでいないような気がした。ブレンダさんの到着が待ち遠しいばかりだ。


「ハンス様ぁ!」


 聞き間違いではない。耳障りなメスの鳴き声が響いた。それは僕が死ぬほど嫌いな女の声だった。


 その異質な修道女は、今日もボディーラインがはっきりと見える薄布で身を包んでいた。ベールからはみ出たサラサラで艶のある明るい栗色の長い髪を揺らしながら、シスター・エラは他の何も視界に入れずハンスさんに近づいていった。


 基本的には誰でも出入りが自由な僕たちの家だけど、教会関係者だけは立ち入りを禁止にさせてもらっている。ところがこの女ときたら、とうとう自分の欲望の為だけにそれを破った。この女は自分の行動が修道女としての信仰心はおろか、人間としての道徳心すら持ち合わせていないことを証明していることに気付くこともなく厚かましく生きている。それだけで僕はこの女が嫌いだ。もちろん僕が一方的に嫉妬している部分もあるし、本当はもっとたくさん理由があって嫌っているけれど、わざわざ嫌いな人物を説明したくないので省略。


「ハンス様、酷いです。今日はシスターたちが森に枝木を拾いに行く日。逞しい男性がいないと、皆が困ってしまいます」


 はい、クソ。お前がハンスさんと一緒にいたいだけなのに、他のシスターたちが迷惑しているような言い方。全然ダメ。終わってる。


「……何か聞こえるなぁ。もしかしたら、ろくに挨拶もできねぇ未熟な人間が、近くにいるのかもしれねぇなぁ。尼か何かは知らねぇが、基本が出来てねぇ人間に俺ぁ用はねぇ。それに、ここは教会関係者は立ち入り禁止のはずだ。今なら見なかったことにしてやる。とっとと帰ってくんな」


 親方ぁ!!


 なんと気持ちがいいことか。僕が不満に感じたことをハンス親方がビシッと言ってくれた。


 いつものハンスさんと違いショックだったのか、シスター・エラは地面に両手と両膝をついてがっくりと肩を落とし込んだ。


「……土に手をつかないでくだせぇ。勇者様の土地が穢れるってもんでさぁ。親方の言う通り、今日のところはお引き取りを」


 バードぉ!!


 ……いや、お前はダメだろう。そこまで言ったら。地元の人間なんだから。でも、この言い様はバードさんも普段からこの女にはムカついていたということだ。僕は新たな仲間を心強く思った。


「触らないで!」


 エラは起き上がるのに手を貸そうとしたバードさんを拒絶した。この女は差別主義者というか、自分の中で勝手に序列を作って、自分にとって価値が無いと判断した人間には平気でこういう態度をとる。どんなに嫌いであっても彼女に手を差し伸べることのできるバードさんとの対比で、見ていて哀れですらあった。


「バード! そんなもん、放っておけ」

「そんな……酷い」


 そこに何の感情もない、いつでも自由自在に流せる彼女の汚い涙を見ても誰も何も感じなかった。


「聞こえなかったのか? 帰れ」


 なかなか立ち上がろうとしないエラをひと睨みして、ハンスさんは職人の魂が宿る背中を向けた。彼女はようやく諦めて立ち去ってくれた。


「……やれやれだぜ。すいやせんね、奥さん。あとで教会の方には報告しておきやすんで」

「ありがとうございます。あ、そうだ。帰りに僕たちの婚宴に必要なお金を持って行ってもらえますか?」


 僕はさっき思い出したことを親方に頼んだ。


「あっしで、よろしいんですか?」

「いや、今この状況でハンスさん以上に強い人いないじゃないですか。お願いします」

「あい、わかりやした! このハンス、責任をもって、テメェの命よりも大切な戦友たちの婚宴資金を預からせていただきやす!」


 ちょっと重たいところがあるけれど、そんな親方が好きになってきた午前の出来事だった。

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