24 我が家、工事中につき
晴れて夫婦となったストルさんとウリナさんの初めての共同作業は、僕たちの家まで荷物を運ぶことだった。
「近くで見ると、ますますおっきい家だな。出世したんだなぁ、お前たち」
緩やかな坂道が右へ左へと3つほど続いた先に構えられている家を見上げながら、両脇に大きなキャベツを抱えたストルさんが親戚のおじさんみたいなことを言ってきた。
「こっちは命がけで世界救ってきてますからね。これぐらいは当然ってものです」
「ははは! そりゃそうだ。だけどそれにしちゃあ、小さすぎやしないか?」
「こういう時って、なんて言うんでしたっけ、ノト君?」
人間多くを求めてはならない。そんな意味の言葉がこの村にあった気がする。僕は勇者様に答えを求めてみた。
「……日にひとつのパンと3杯の葡萄酒?」
「それそれ! それですよ、僕が言いたかったのは」
代わりに答えてくれたのはウリナさんだった。涙と鼻水の消え去った彼女の顔にはアンニュイな色気だけが残っていた。
「何度聞いてもいい言葉だねぇ。肝に銘じておこう」
ストルさんの言葉を合図にしたかのように、僕たちは誰とはなしに坂道を上り始めた。
「それにしても、あの家って、なんであんなに大きいんですか?」
教会を抜かせば、僕たちの家はバハティエにある建物の中で一番大きい。通路が広くて車椅子の移動が楽なのはいいけれど、天井が高くてとにかく寒い。そもそも建物の造り自体が、他の人たちの暮らす家とはまるで違う構造をしていた。
「なんでも、俺たちのじいさん世代が子供だった頃に、寄合所として使われていた所らしい。当時は水害が多くて、高台にあるから避難所としても活躍したんだってさ」
「あ~、だからか」
またひとつ謎の解けた僕は、わかったところでどうしようもないこともあることを学んだ。
家にたどり着くと、ちょうど玄関からバードさんが出てきたところだった。内鍵しかない我が家は基本的に出入り自由。今のところ外鍵を付ける予定はない。その方が僕たちが留守にしていても、ブレンダさんとフォリアさんが中に入れて色々と便利だからだ。ちなみにバードさんは現在、暖炉作りをしてくれているハンスさんの助手を務めている。
「バード! 久しぶりだなぁ! お前……また痩せちゃった!?」
「ははっ、そういうお前は髭を剃れってんだ」
ストルさんと軽口をたたき合ったバードさんは、僕たちに目を合わせてから礼儀正しく頭を下げた。さらに彼はこちらから何も言わずとも事情を察してくれたようで、ウリナさんの持っていた卵の入った箱を優しく受け取った。
「……ありがとうございます」
「大丈夫ス……納屋で?」
バードさんは最小限の動きと言葉で僕に確認を取ってきた。
「いいんですか? すいません、よろしくお願いします」
「行くぞ、ストル」
「えぇ? 俺のも持ってよぉ」
「甘えんな」
バードさんはストルさんを連れて家の裏へと回っていった。とても紳士的なのに僕やウリナさんと話すときは素っ気ない。もしかしたら、女性が苦手なのかもしれない。もしそうだとしたら、村の若い娘たちに人気上昇中なのにもったいない。僕は彼に見合う女性を探すことを密かな目標として打ち立てた。
「おや、アリー。お帰り」
次に玄関から出てきたのはフォリアさんだった。
「明日はアリッサが来る日だからね? ちゃんと出迎えてやるんだよ?」
「わかりました」
今日が終われば、もう週の後半に入ってしまう。なんだか、いつもよりも早く時間が流れているような気がした。
「ウリナ、アンタ……うーん? ストルの件はどうなったの?」
ウリナさんの顔を見たフォリアさんは少し考えてから僕に事の顛末を尋ねてきた。
「言ってあげてくださいよ、ウリナさん」
僕は自信満々に彼女を後押しした。
「えっと……その……」
ウリナさんは恥ずかしそうにうつむいて、大きな体をもじもじとさせるばかりだった。
「ふふふ。いいよ、聞かなくてもわかったから。良かったね」
「え? えぇっ!? フォリア……姉ちゃん!?」
大きな声を割り込ませたのは納屋から戻ってきたストルさんだった。他の仕事に回ったのか、バードさんの姿はそこになかった。
「久しぶりだね、ストル。元気そうじゃないか。髭は剃った方がいいね?」
「バードにも同じこと言われた。でも、すごぉい……まだまだ、お姉ちゃんだねぇ。若さの秘訣は何? 薬草?」
「そうさねぇ、手のかかる娘たちをそばに置いておくことかな?」
フォリアさんに向けられた視線に僕は不満顔で返した。それを見たウリナさんはクスクスと笑っていた。
「おお~、本当に、本物の、フォリアお姉ちゃんだぁ……」
会話を交わして現実味が増したのか、ストルさんはあんぐりと口を開けていた。
「ふふ、そうだよ? いくらデカくなったつもりでいても、私は一生アンタたちのお姉ちゃんだからね?」
「それ、嬉しいかも……あ、そうだ! 俺たち、結婚することにしたんだ。ね?」
突然同意を求められたウリナさんは、頬と耳を春に咲く花のように淡く染めて反応した。
「そうなの!? いきなり、そこまでいったんだ……おめでとう」
「ありがとう。婚宴は春にこの2人がやるから、俺たちの番はその次になると思う」
「あっ!!」
婚宴という単語を聞いて思い出した僕は声をあげた。
「なに?」
「いや……なんでもないです……」
僕は恐ろしい目をさせたフォリアさんを見ないようにして答えた。
「ははははは! 絶対ヤバいこと忘れてるじゃんか!」
いつもだったら叱られていたはずの場面が、ストルさんが笑い飛ばしてくれたことによって変えられた。
「まだまだ喋り足りないし、面白くなりそうだけど、俺たちはそろそろ帰らせてもらうよ。アリーちゃん、これからウリナと仲良くしてあげてね?」
「もちろん! ウリナさん、いつでも遊びに来てくださいね?」
「……いいの?」
「当たり前じゃないですか。もし来なかったら、僕の方からそちらに伺いますからね? ストルさんとのラブラブな話を、ぜひ聞かせてください」
彼女は何も言わず、はにかんだ笑顔で頷いてくれた。簡単に別れの挨拶を済ませると、2人はなんとも幸せそうに坂道を下っていった。
「さて、私もおいとまさせてもらおうかね」
「えっ、もう帰っちゃうんですか?」
ブレンダさんも大好きだけど、なんだかんだでフォリア派みたいなところのある僕は内心ガッカリした。
「うん。これからブレンダが来るって聞いてるし、それに……」
家の方を見たフォリアさんは艶っぽく笑ってから声をひそめた。
「怖~い親方もいることだし、ね?」
「ハンスさん……まだあの感じなんですか?」
「意外な一面、ていうやつだね。でも、バード君とは相性がいいみたい」
「へぇ~」
「それよりもアンタ、何を忘れてたのかは知らないけど、今やれることだったらすぐにやっておきなさいよ?」
「は~い……」
一生見た目の若いお姉ちゃんは僕への忠告と爽やかなハーブの香りを残して去っていった。




