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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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23/64

23 飛び越えちゃった

 

 翌朝もストルさんは昨日と同じように、自宅前の石垣の上で横になって日光浴をしていた。


 彼はなぜ、恋人の手を握らないのか。他に女がいるからか。はたまた強者にありがちな同性愛、または少年性愛の嗜好を持ち合わせているからなのか。今回の僕の任務はそこのところを明らかにすることだ。


 標的は現在27歳。僕より9年も多く人生という道を踏みしめてきた男。そんな相手に冷静に駆け引きをして、巧みに情報を引き出すことはできるのか。ひと晩休んで熱気の冷めた僕は少々気後れ気味に彼の前に立った。


「あれぇ? アリーちゃん先生、今日はどうしたの?」

「昨日、セルマさんからニンニクをたくさんいただきまして。お裾分けに来ました」

「そういうことか。もうひと月経ったのかと思って、焦っちゃったよぉ」


 今日もストルさんはお得意のジョークで僕と勇者様を笑わせてくれた。


「ニンニクかぁ。これからの季節に嬉しいねぇ。どうもありがとう。お返しに何かあったかなぁ……卵なんか食べる?」

「食べます! 欲しいです!」


 卵は勇者様を元気にさせる食べ物のひとつだ。僕は即答した。


「ははは。それじゃあ、いっぱいあげちゃう。ちょっと待ってて」


 ニンニクの束を手にしたストルさんは笑いながら家の中へと入っていった。番犬の鳴き声が朝のバハティエによく響いた。


 僕はこの隙に、通りの木々に扮しているつもりになっているウリナさんに、もっと近づいてくるよう手招きした。彼女がこんなに隠れるのが下手だったのは計算外だった。それにしても大きくて可愛い。


 彼女は身を低くして石垣の角にまで移動した。だから見えてるって。ほっかむりが。


「お待たせ、はい。あとこれ、キャベツ。食べるでしょう? 少ないけど持ってって」

「え!? こんなに!?」


 戻ってきたストルさんが僕に渡してきたのは、箱いっぱいに入れられた卵と大きな2玉のキャベツだった。


「でも、こんなにいっぱい持っちゃったら……」


 僕は一緒に来た勇者様のことを見た。両手いっぱいに荷物を抱えてしまって、誰が愛しの彼を連れて帰るというのだろうか。頭の中で荷物と勇者様と僕を様々な形に組み替えて最適な答えを出そうと考えた。


「そうか、ごめんごめん。俺が家まで荷物を運ぶよ」


 ストルさんは僕に渡した荷物を手早くひったくると、そのまま出発しようとした。


「あ~!! ちょちょちょ!! ままままま、ま!!」


 ウリナさんのほっかむりがはみ出ている方向に歩き出そうとしたストルさんを僕は気持ちで止めた。


「ははははは! なにそれ? どうしたの?」

「いや、その~……ウリナさんが、そろそろ来る時間なんじゃないですか?」

「冴えてるね。そうだわ。アイツを待たせちゃ気の毒だ。悪いけど、ウリナが来るまで少し待っててくれる?」

「もちろん!」


 これで舞台は整った。


「ベン! お前は何で人の食べ物に限って欲しがるんだ!? 下がれぃ!!」


 玄関に荷物を置いたストルさんは、忠実でもない番犬を一喝して下がらせると、石垣の上に座り込んだ。


「触ってもいいですか?」


 僕は叱られて落ち込んでいるベンを慰めるため、飼い主であるストルさんに許可を求めた。


「う~ん……おすすめはできない」

「獣使い!」


 渋ったストルさんに僕は胸を張って名乗りを上げた。すると彼は顔を綻ばせて僕に一礼した。


「大変失礼しました。どうぞ、お気に召すままに」


 無事に許諾を得た僕は、黒い体に赤い目をした中型の墓守犬の鼻先に手の甲を突き出した。墓守犬のベンは鼻をヒクヒクと動かして僕の手の甲を嗅ぐと、ガバっと大きく口を開いた。僕は出していた手を素早く握り込んでベンの奥歯に押し当てた。


「おお~、さすが」

「えへへ」


 ベンは僕の拳をかみ砕くことなく、ペロペロと舐め回してくれていた。少し変わった挨拶をした僕のことを認めてくれた証だった。


 僕はベンの耳、口のまわり、全身をくまなく触ってチェックした。ダニの1匹もついていない、とても綺麗なその体からは飼い主の愛情と管理能力の高さがしっかりと感じられた。


「すごいですね。お手入れは毎日?」

「まぁ相棒だし、一応ね。コイツには健康でいてもらわないと困るから」


 僕はストルさんの心意気に感動しながら、最後にベンの頭をひと撫でして異種交流を終わらせた。


「昨日、ウリナさんが家に訪ねてきたんですよ」

「え?」


 不意打ちは成功した。いつもは余裕のある態度を見せるストルさんが動揺を見せた。これで精神的に優位に立てた。


「彼女とたくさんお喋りができて、楽しかったです。めちゃくちゃ可愛いんですね、あの人」

「そうだろう!? あ、いや、えと、ウリナってさ……他の女の子といる時はどんな感じなの? あのまんま?」


 ストルさんが見せた反応は僕の考えていたどのシナリオからも外れたものだった。いかにもウリナさんひと筋といった、彼女を心から愛する男にしかできない表情や多少の照れが見れた僕は内心ホッとした。


「ええ。可憐で控えめで、これからの時代にはもってこいの、とても素晴らしい女性でした。彼女の大ファンになっちゃいましたよ、僕」

「そうだろう!? あ、ごめん。その……それで、彼女とはどんなことを?」


 もう言っちゃおう。だってわかんないだもの。僕の目の前にいるのは何の問題もなく、ただひたすらにウリナさんのことを愛しているストルさんだ。それなのにどうして彼は彼女に手を出さないのか。僕は核心に迫るために、昨日あったことをそのまま彼に伝えることにした。


「あなたと次のステップに進みたいって。大好きなストルさんに手のひとつも握ってもらえないから、自分に問題があるんじゃないかって……深刻な悩みを抱えていました」

「あ……そう、か」


 そこでストルさんは口をつぐんでしまった。ここは畳みかける所ではないと思った僕は、彼が次に口を開いてくれるまでゆっくりと待ち構えた。


「アイツの手、綺麗だったろう?」

「はい、とても」

「俺の仕事ってさ、言ってしまえば、うんち壺の回収だからさ……怖いんだ。なんだか、彼女のことを汚しちゃうような気がして」


 呆れた。そんなことを気にしてウリナさんを何年も待たせていたのか。僕は少しだけ怒りを覚えた。


「バカにしないでください。あなたに感謝こそすれ、そんなこと考えている人、この村には誰ひとりとしていませんよ。僕なんか出ない日は穴に直接指を突っ込んで出させる日があるんですから。ねぇ!?」

「ん……むぅ……」


 僕が同意を求めると勇者様は恥ずかしそうに首を縦に振った。


「手なんて洗えば綺麗になるじゃないですか、別に」

「しかし……」


 ここまで言ってもなかなか態度を軟化させないストルさんに、僕はとっておきをお見舞いをしてあげることにした。


「ルフ、アフニョール、クォエタ……

 ルフ、ミンファドリク、ダハ、カタヤーナ……

 アーティアダミ、マーダミ……

 クォアト、タティリ……

 ユールジャ、アタ……

 ……アルハギク・アルハギト!!」


 呪文の詠唱を終えた僕は手のひらを天高く伸ばした。


「それは……なんだい?」

「勇者の浄化魔法です。ノト君は卑劣な魔王ヴァダリによって潰された喉がまだ本調子じゃないので、代わりに僕が浄化させていただきました。これでストルさんが触っても、ウリナさんの手は汚れません。勇者の嫁の永久保証付きです」

「……はっはっは! まいったな。わかったよ、どうもありがとう」


 これで万事解決だ。僕は安心して世間話を始めた。


「それにしても、いいんですか? こんなにたくさん食べ物をいただいちゃって」

「なんかさぁ、毎年この時期になると、独特の、なんだろう。胃腸のむくみみたいなものを感じてねぇ……もう歳だね」

「お疲れみたいですね。どうでしょうか? そろそろウリナさんに同じ屋根の下で過ごしてもらって、本格的に生活を支えてもらっては?」

「いや、これからが一番キツい時期なんだ。彼女には辛い思いをさせたくない」


 週が明ければいよいよ冬が始まる。ストルさんの言っていることは事実だろう。なんと男らしいことか。でも、それは間違った男らしさだ。


「ストルさんはパンを作った経験は?」

「ないね……いつも、ウリナが持ってきてくれるから」

「そうでしょう? 実はパン作りって、死ぬほどめんどくさいんです。生地をこねるのに体力がいるし、どの種をどれくらい混ぜて、これぐらいの時間をおいて膨らませて、でも新しい種をそろそろ作らないといけないから、それとは別にこっちにこれを混ぜて作って、なんて頭も使ったりしますから。よそ様の窯を借りるんであればお金も必要です。手挽きをサボろうと思っても、水車小屋は変な所にあって行き辛いし、僕なんて諦めて作ってないですからね。それをウリナさんは10年間も、毎日休まずにやっているんです。他の誰のためでもなく、あなただけのために」


 僕はストルさんの顔を見た。彼はようやく自分の考えが根本的に間違っていたことに気が付いてくれたようだった。


「だから、あんまりウリナさんを舐めないでください。彼女の愛はそんなことで離れたりはしません。彼女はあなたと添い遂げることを心に誓ったその日から、とっくに腹はくくっています。愛だけじゃなくて、根性だってあります。自分よりも年下の、よそ者でもある女に頭を下げて悩みを相談しに来たんですよ? 僕が彼女と同じ立場だったら絶対に出来ませんよ、そんなこと」

「……あ、ありがと」

「どわぁ!?」


 その存在をすっかり忘れていた僕は腰を抜かして驚いた。突然お礼を言ってきたのは、僕の背後に立っていたウリナさんだった。その顔は流れる涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


「ウリナ!?」

「ごめんなさい……こんな酷い顔で……でも、私、アリーが言ってくれたように、あなたと一緒に暮らしたい……ずっと、ずっと……そう思ってた」

「ああ、俺もだ。今までごめん。俺はお前を大事に思って……でも、もう大人になったんだもんな。ウリナ、俺と一緒に暮らしてくれるか?」

「……はい」


 悩める恋人たちは手を取り、抱きしめ合った。諸々の段階を飛び越えて、その日から2人は夫婦として暮らすようになった。

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