22 恋のミステリー
僕のように明るくなりたい。恋する乙女ウリナさんの考えはバハティエの2大女傑にすぐさま否定された。僕の性格については昨日アリッサちゃんにも同じことを言われた。だけど本当の僕は明るくなんかない。僕みたいな健やかな心と体を持つ乙女の性格をひと言で表すのならば――。
「この子は明るいわけじゃないの。ただ何も考えてないだけ」
「そうそう! こういう子は1人いれば、たくさんなんだから!」
何だい、フォリアさんもブレンダさんも。2人とも20歳は若返ったかのように声のトーンを上げちゃって。随分楽しそうに僕の事を紹介してくれるじゃないか。
残念なことに2人の言っていることは全くもってその通りだった。僕は勝手に盛り上がる先輩たちを無視して、本来あるべき方向に話の矛先を戻すべくウリナさんに話しかけた。
「まぁ、そういうことです。このお2人がおっしゃられたように、ウリナさんは無理して明るくなろうとしなくても、十分すぎるほど素敵だと思いますよ? ストルさんだって言ってたじゃないですか。『そんなお前だけが好き』って」
ウリナさんが真っ赤にさせた顔を両手で覆ったのは、そのことを思い出したからか、それとも2人きりの時にもっとすごいことをされながら甘い言葉を囁かれたからか。大きな体に見合わない可愛らしい仕草をさせる彼女を見ながら僕は色んなことを想像した。
「ラブラブなんですね? あの後、家の中でストルさんに抱きしめてもらっちゃたりしてたわけですか?」
僕は鼻息を荒くして2人だけの秘密の情事を暴こうとした。
「そんなこと!」
ウリナさんは声を荒げながら立ち上がった。その勢いで彼女の座っていた椅子が倒れた。僕は彼女の大きなお尻を見ながら倒れた椅子をちょうど良さそうなところに置き直した。
「ご、ごめんなさい……」
「お気になさらず。普段の僕はもっと激しいので」
「そうそう! ガラスの食器なんか絶対に使わせられないのよ、この子には!」
「それより、お尻痛くない? アリー、ウリナの椅子になんか敷いてあげたら?」
「そうですね。ウサギの毛皮を持って来ます」
僕が毛皮を持ってきて椅子に敷くまでウリナさんは立って待っていてくれた。彼女が座り直して、ブレンダさんが全員分の毛皮を持ってこなかった僕に小言を言って、飲み物をひとすすりすると会議は再会された。
「アリー、大変だよ?」
ちょっと目を離した隙にも話は進んでいたみたいで、フォリアさんがその内容を僕に報告しようとしてきた。
「なんですか?」
「この子、ストルのところに通ってもう10年にもなるのに、まだ手も握ってもらってないんだって」
「なん……ですと?」
そんなバカな。それは絶対におかしい。確かにウリナさんは下手な男性よりも大きく育った人だ。だけど、村中のどの女性よりも身体をたわわに実らせているし、1番といっていいほどに美人だ。食べてもいいご馳走が目の前にあるのに手を付けない、そんな男がこの世に存在するわけがない。これをミステリーといわずしてなんという。
「じゅ……10年!? ってことは、え!?」
次に僕が驚いたのは交際の開始時期だった。ウリナさんは確か勇者様よりもひとつ年上の22歳。10年前といったら彼女は12歳だ。いくらなんでも早すぎやしないだろうか。
「この子たちの父親同士が親友でね。2人がまだ小さい時からそういう話が決まっていたんだ」
フォリアさんの説明にウリナさんがこくりと頷いた。
「……親が決めた結婚だけど、全然嫌じゃなかった。ちょっと変わったところもあるけれど、暗い私にも優しくしてくれるし、面白いことを言って笑わせてくれる。そんな彼が大好きだから」
確かにストルさんは、暇さえあれば集会場に集まってお酒を飲んでナイトレスリングの真似事をして笑い合っているような、バハティエの一般的な男性たちとは全然違う。口数が多いから胡散臭い時もあるけど、その雰囲気も手伝って毎回笑わせてくれる。それでいて嫌なことは言ってこない。そういった所が繊細な心を持つウリナさんという人にガッチリハマったわけだ。
ここであることに気が付いた僕は、静かに話を聞いている勇者様を見た。
「もしかして……ノト君が小さかった頃って、ストルさんやバードさんと仲が良かったりしました?」
「ああ、よくわかったね? よく3人で集まってたりしたよ」
フォリアさんの言葉で裏が取れた僕は改めてこの村のことが好きになった。勇者様の腕っぷしの強さと優しさはストルさん、器用な手先と思慮深さはバードさんによって育まれたものだったのだ。
自分の推理が当たっていたことに大満足して何度も頷いていると、ウリナさんが不思議そうに尋ねてきた。
「あの……どうして、あなたはいろんな人と仲良くできるの?」
「いや、僕は結構人を選んで交流させてもらってますよ? 本当にいろんな人と仲良くできるのは、こういう人たちのことで」
僕はその場で大きく手を動かしてブレンダ&フォリアの2人を囲った。
「苦手な相手とも上手くやっているように見せるのが、大人の女ってもんだからね」
「あっはっは! でも、アリー。アンタは態度に出すぎている時があるから、気を付けなさいよ?」
フォリアさんは余裕たっぷりに答えて、ブレンダさんは笑い飛ばして僕にお説教をした。
「……そうなんだ。全然、そうは見えなかった」
「そうなんですよ、ウリナさん。でも、もしかしたら、それって、ストルさんにも同じことが言えるかもしれません」
大きなミステリーがまだ片付いていない。僕は次なる推理をウリナさんに伝えるべく、真剣に彼女の瞳を見つめた。
「どうして……あなたに酷いことを言ったのに、私に親切にしてくれるの?」
おい、乙女。今はそんなことよりも推理を語らせておくれ。僕は仕方なく、彼女の愚問に答えながら思い当たることについても口にすることにした。
「そんなのは簡単ですよ。痛いほどあなたの気持ちがわかるからです。僕も同じ苦しみを味わいましたからね。でも、恋愛っていうのは気持ちが燃え上がるほど、相手のことを忘れがちになってしまいます。あなたにはそのことを、どうしてもお伝えしたくて。こちら側の情熱が、かえって相手を苦しめていただけなんていう事例もございまして……ねぇ、ノト君!?」
「……」
僕と目を合わせた勇者様はゆーっくりと視線を横に逸らしてそーっと目を瞑った。
「あ、えっ!? 寝たふりですか!? ちょっとぉ!? 酷いですよ!! いいんですか!? 僕とノト君だけの秘密のラブラブエピソードを喋っちゃいますよ!?」
僕が脅かすと勇者様はすぐに目を開いた。
「引っかかりましたね? もう、簡単なんだから」
ダイニングには笑い声がこだました。ウリナさんも一緒に笑ってくれていた。
笑いもひと段落したところで、僕はこの会議の締めとしての言葉を発した。
「安心してください、ウリナさん。僕の予想だとストルさんが手を出してこないのは、あなたのせいじゃありません。彼側に何かしらの理由があるんだと思います。でもどんな理由かまではわからないので、明日僕が本人に直接会って確かめてみます。ウリナさんは近くに隠れて、その様子を見守っててください」
「……わかった」
「明日はストルさんのお宅に行く前に、ここに寄ってくださいね。それから一緒に行きましょう。こっちは車椅子なんで、いつもより早めの時間にお願いします」
こちらの勝手な事情にウリナさんは大きく頷いて快諾してくれた。
「ところでウリナさん、いつもストルさんのお家の中で何をやっていらっしゃるんですか?」
僕の疑問に彼女は躊躇いながらも可愛らしく答えてくれた。
「いつも、焼いたパンを食べてもらったあとは……か……彼の、寝顔を……眺めています」
殺そう。事と次第によっては喜んでこの手を汚してやろうじゃないか。 僕はすっかり目の前の可憐すぎる乙女の大ファンになっていた。




