19 【教会のない村】
「勇者? 精霊だか何だか知らないが、俺にとっちゃお前らは物乞いと変わらない。消えろ」
「お前が勇者だというのなら、こんなところで何をやってるんだ? さっさと魔王を倒せよ。それがお前に与えられた仕事なんだろう?」
「出て行って。期待したんだろうけど、あんたたちはこの村では歓迎されないわ。せいぜい教会のある村を訪ねて、そこでチヤホヤされることね」
「収穫の時期になって現れるなんて、随分と都合のいい勇者なんだな? よく考えたもんだ。そっちの坊やは同情を誘う為に用意したんだろう? 誰が騙されるか」
「これはこれは山賊よりも厄介な勇者様、初めまして。ところで恥って知っているか? お前の事だよ。結果を出してからその紋章を身につけたらどうだ?」
「お告げとやらがあったと聞いて、もう3年近く待たされてる。勇者なんて信じた俺が馬鹿だったよ。俺が選ばれていたら、もっと早く終わらせていたのに」
「皆、苛立っているよ。無理もない話さ。私たちは毎日必死に生きてるっていうのに、誰かさんは呑気に旅をして暮らしているそうじゃないか。もっと真剣に、死ぬ気でやってみたらどうだい?」
夏も終わり、秋が始まった頃のことだった。途中で立ち寄った教会のない村で心無い言葉の数々を浴びせられた僕たちは逃げるようにその村をあとにした。
仕方なく、その日も野営をすることになった。僕は虚しい気持ちと膝を抱えながら焚き火を見つめていた。
「アリー、どうしたのぉ? お腹でも痛いのけ?」
いわれのない言葉の暴力を、しかも本来助けるべき側の人間から受けたのにもかかわらず、勇者様は微笑みを称えて僕のことを心配してくれた。
「ノト君は……どうして、あんなことを言われて、平気なんですか?」
強いなんて言葉じゃ言い表せない彼の精神力に、僕は同じ人間として純粋に疑問を持った。
「う~ん……さすがに平気ではないよ。だけど、別にアリーが傷つく必要は無いよ? 全部、ボクが言われたことなんだから」
「それにしたって、酷すぎます。最近は魔石もよく見かけるようになって、戦闘も増えてきたっていうのに……」
その夏は酷い暑さで毎日横になって眠らせてもらえていた僕でさえ、休息を取ってもなかなか疲れがとれない状態が続いていた。そんな中でようやく見つけた村で、まさかの鼻つまみ者のような扱いをされてしまった。僕はこの時、彼の為に命を賭す覚悟を固めていた。
「泊めてもらえなかったのは残念だったねぇ。だけど、あの人たちにも生活ってものがあるから仕方ないよ」
「……今日は僕が警戒をします。ノト君は横になって休んでください」
彼はニコニコと笑って静かに首を横に振った。
「どうして……」
「夜の警戒はボクが楽しくてやってるからダメ。今まで何もなかったでしょう? だからアリーは安心して休んでて」
涙で視界が滲んだ。勇者様は嘘が下手すぎる。僕は自分に対する情けない気持ちをあの村人たちへの恨みに変えて吐き出した。
「あんな意地の悪いやつら……地獄に墜ちればいいのに……」
「ダメだよ、アリー。人のこと悪く言っちゃ」
「どうして!? なんであんな奴らの肩を持つんですか!?」
僕が強く抗議すると彼は困ったような悲しそうにも見える顔をさせて小さく息を吐いた。
「……あの村の人たちが言っていた事っていうのは、まったく間違っているわけでもないからね」
「そんなことない!! あの村の人たちが言っていたことは絶対におかしいです!!」
彼はまた首を横に振った。今度の顔は全く笑っていなかった。
「おかしくないんだよ、アリー。僕は旅をさせてもらってるの。人の優しさだったり、親切だったり、それを受けて当たり前だと思っちゃいけないんだよ」
「……勇者なのに?」
「……勇者だからこそ」
そこで会話は途切れてしまった。初めての意見の衝突が僕の耳に残したのは、焚き火の爆ぜる音と虫たちの声だけだった。
ギクシャクした空気を翌日に持ち越したくない、大好きな勇者様に嫌われたくない、彼に可愛く見られたい、隙あらばもうちょっと彼との関係性を発展させたい。沈黙の中で様々な思いを重ねた僕はわざと口調を幼くさせて彼に尋ねた。
「……どして、人の悪口はいっちゃいけないんですかぁ?」
「うん……ボクが15の時にね?」
「はい」
一撃で空気が軽くなった。ぶりっ子戦法はかなりの効果を発揮してくれた。
「教会のお仕事で、村に住む独り身のおじいさんの身の回りのお世話をしたことがあって」
勇者様が故郷にいた頃は畑仕事ばかりをしていたと思い込んでいた。意外な事実を知った僕は興味を惹かれて彼の話に耳を傾けた。
「その人っていうのは、口が良くない事で有名だったんだよね。それで教会の人たちも皆、その人のところ行くのを嫌がっちゃって。最後に僕のところにその仕事が回ってきたんだけど、実際にその人に会ってみると、これがまぁ~……すごかったぁ」
「何がすごかったんですか?」
彼は何も言わずに、僕の目を見つめながら自分の顔の近くで手をパクパクと動かした。僕はその動きを酷い悪口を言われたという意味でとらえた。
「一体……どんなことを言われたんですか?」
僕が眉をひそめて聞くと、彼はわざとらしく怯えた顔を作ってすぐに悪戯な笑顔に変えた。
「……言えない」
「あっはっは。そんなに酷かったんですか?」
「うん。そういう人たちのお世話って、僕の村では基本的に女の人がしてたものだから、余計にその人を怒らせちゃったみたいで」
「へぇ~」
「でも、あのお仕事は……1番って言ってもいいかもしれない。精神的にきつかったね。言葉もそうだったんだけど、ひとりの人の最期を見届けることになっちゃったから」
彼の精神的な強さの秘密を知った気になれた。あまりにも経験値が違すぎて僕なんかとは比べるのもおこがましいとも思った。
「教会からの支援はボクが最後だったんだ。ボクがそこで逃げちゃうと、可哀そうなことをすることになっちゃうからさ。相手は寝たきり同然でお年寄りだったし、ボクもなるべく穏やかに、その人に最期の時間を過ごしてもらおうと思って頑張ってたんだけど……考えが甘かったね。本当に最後の最後まで、その人は強い言葉を使うのをやめてくれなかった」
彼は遠い目をさせて炎を見つめながら話を続けた。
「……結局、その人はふた月もしないうちに亡くなっちゃったんだけど、なんというか、ボクにはその人が自分で自分を傷つけているように見えたんだよね。お墓に入る時も僕以外は誰も来なくて。とっても……寂しそうに亡くなっていった。だから、そういう事を言い過ぎると、ひとりぼっちになっちゃうから、人のことは悪く言わない方がいいんじゃないかなって。ボクは今もそう思ってるんだ」
最近まで暗い洞窟の中で一人で震えていた僕にとって、その話は他人事と思えなかった。彼に救われて遠くなったと思っていた死が距離を縮めてきたような気がして僕は身を震わせた。
「しんみりしちゃったね? ごめんよぉ、こんな話して。今日はもう休もうか」
「……このままじゃ眠れそうにありません。後ろからギュってしてください」
またしても大好きな彼に隙を見つけてしまった僕は大胆に攻めた。お互いに顔は真っ赤。心臓は破裂寸前。今考えてみると少し攻め急いだのではないかとは自分でも思う。
「えっと……」
「もう、わかってるくせに……」
僕はゆっくりと目を閉じて彼に決断を迫った。
「見張りだったら俺がしてやろうか?」
がさがさと音を立てて藪の中から現れたのは、2頭の馬を連れたハンスさんだった。ムードをぶち壊された僕は目をかっ開いて、黙ってハンスさんを睨みつけた。
「お前もスケベになる時がちゃんとあるんだな、安心したよ。だけどそういう事は2人っきりの時にしてくれ。今日のところは俺が見張りをしてやる。休めるうちに休んでおくといい」
「ハンス君!? ど、どうして、ここに?」
「冬が来る前に聖都にたどり着かないと雪で道が閉ざされちまうらしい。馬を使えば何とか間に合うだろうと思ってな」
「そう、なんだ」
「……すまない」
「ううん。ありがとう、ハンス君」
勇者様はお礼を言っていたけれど、僕にとってはちっともありがたくなかった。今まで何度もスルーしてきた馬を持ってきてしまったハンスさんのことを敵として見ざるを得なくなった。




