18 アリー
マッサージをひと通り終えると勇者様はお休みになられていた。そのお顔といったらまさに安息といった様子で、僕たちは寝顔見守り隊としてそれを誇らしく眺めながら温かいネイマを飲みつつ軽い雑談を交わしていた。
「あ、あの……ひ、ひとつだけ聞いても、よろしいでしょうか?」
「なぁに?」
アリッサちゃんと仲良くなりたい僕は出来る限り優しい表情と声を作って彼女を促した。
「ど、どうして、いつもそんなに、あ、明るいんですか?」
受け取り方によっては失礼になりそうな質問が来た。彼女もそういう意味で聞いてきたわけじゃないことはわかるけど、もう少し言い方はなかったのだろうか。
「明るい!? うーん、明るい……そんなに明るいかなぁ、僕」
「はいっ!!」
出会ってから今までに聞いたことがないほど力強い声を出してくれたアリッサちゃんの為にも僕は真剣に考えた。
自分でいうのもなんだけど、僕は明るいというよりはダーク寄りな性格をしていると思う。それでもアリッサちゃんがそういう質問をしてきたということは、少なくとも彼女の目には僕がそういう風に見えているということだ。この認識のズレは何なのか。
僕は質問を返すことにした。
「僕のどこが明るいと思う?」
「え、えっと、その……いつも、笑顔でいらっしゃいますし、とても、し、幸せそうに見えます」
「そりゃあ今、僕は幸せだよ。好きな人に与えられるだけじゃなくて、ようやく与える側に回ることができたんだから。ただ、明るいっていうのはちょっと違うかなぁ……」
口を小さく開けて少しだけ怯えたような目をさせたアリッサちゃんを安心させるため、僕は彼女に笑いかけながら話を続けた。
「フォリアさんにもブレンダさんにも毎日のように怒られて、その度に落ち込んでるし……でも、あの人たちからは、ノト君にだけじゃなくて僕に対する愛情も感じるんだ。それに2人ともタイプは違うけど、強い人たちでしょ? だからどれだけ怒られても、僕はあの人たちのことを尊敬してるし、大好きなんだよね。その気持ちっていうのはバハティエで暮らしている他の人たちにも同じことが言えて、好きな人には嫌われたくないでしょ? だから僕はヘラヘラと笑っていられるんだと思う」
ここまで説明を終えると、アリッサちゃんはさっきよりも目を大きく開いて僕を見つめていた。その瞳から恐怖の色はなくなっていた。
「ごめん。ちょっと長かったね? 要するに僕は好きな人の前では常に笑顔ってこと。この意味、わかる?」
僕はアリッサちゃんに思い切り笑いかけた。
「はぅ……はっ、はっ、はっ……」
彼女は体を強ばらせて短く震えるような息を吸いっぱなしの状態になってしまった。
「だ、大丈夫!? 息吸ったら、吐かないと!!」
焦った僕はアリッサちゃんのもとに駆け寄って背中をさすった。勇者様と同等か、下手をするとそれ以上にピュアな心を持ち合わせている彼女を落ち着かせるには、それなりの時間が必要だった。
「……だから明るいっていうのはちょっと違ってるかもね。僕だって心の中ではドロドロしたものを抱える時もあるから」
呼吸を整えて落ち着きを取り戻したアリッサちゃん相手に、僕はまだまだ自分の話を聞かせていた。彼女が要所で共感してくれるものだから、すっかりいい気分にさせられていた。
「そ、そうだったんですね。お、奥様でもそんな気持ちになられるになんて、知らなかったです。で、でも、どうしてそんなに、ノト様の回復を焦っていらっしゃるんですか?」
奥様と呼ばれた僕は貴婦人気取りで口を動かした。
「それも僕のドロドロのひとつだね。元気になったノト君に、もう一度抱きしめてほしいから。これから人肌恋しい季節にもなるわけだしさ……そういえば、バハティエの冬って相当辛いんでしょ?」
この村に来て初めて迎える冬は不安でいっぱいだった。雪の多い地域よりも寒くなるから舐めていると本当に死ぬと、ブレンダさんにもフォリアさんにも散々脅かされていたからだ。
「ふぁい。た、体験したことのない寒さだと思います。あ、朝なんかは顔の痛さで目が覚めますから」
「それは怖いね……ノト君、大丈夫かな?」
ベッドを見ると勇者様は子犬よりも可愛い顔をして寝息を立てていた。
「ろ、炉で熱したレンガを、フラックスでグルグルに巻いて、布団の中に入れれば、なんとか……」
「今度、やり方を教えてね?」
「あ、ふぁい」
「本当は、アリッサちゃんには住み込みでずっと居てもらいたいくらいなんだけどね」
「ええっ!?」
僕の願望に驚いたアリッサちゃんは両手で口元を覆ったまま固まった。この際言ってやれと思った僕は未来計画を彼女に打ち明けることにした。
「僕の方に雇うだけのお金がないから、まずはそこを解決してからの話になるけど……アリッサちゃんだって、フォリアさんのところでまだまだ勉強中の身でしょ? だからあくまでも仮の、将来の話になるんだけど、もし良かったら、その……僕とノト君の間に子供ができた暁には、住み込み乳母になって……くれませんか?」
しばらくの間、アリッサちゃんは体を震わせるだけで何も言わなかった。
失敗したか。
自分の考えを押し付けすぎたか。
僕がそんな事を思っていると彼女はゆっくりと口開いた。
「……じょ、じょ、冗談、で、ですよね?」
「いや……本気だけど?」
そう言うと、彼女はポロポロと涙をこぼしながら心情を話し始めた。
「ま、町では、本の読める女は煙たがられます。わ、私は、び、美人でもないし、ひ、人と、は、話すのも苦手で、余計に……こ、ここなら居場所が、あ、あると思って……でも最近になって、じ、自分が何の為に学んでいるのか、わからなくなっちゃってて……ありがとうございます。頑張って、たくさん、たくさん勉強します」
僕のそれと比べて、あまりにも質の高いものを抱え込んでいた14歳の少女は、泣きじゃくりながら僕のお願いを快諾してくれた。
そのあと僕は寝室の床に藁をたっぷりと敷きつめたり、勇者様に寝返りを打たせたりしながらアリッサちゃんが泣き止むのを待った。作業を終えた僕の胸には新たなる強い思いが宿っていた。
「外に出てみようか?」
「え?」
「精霊の木の苗木を西側に植えてみたんだ。大丈夫そうか、ちょっと見てくれない?」
僕はまだ顔に涙の痕が残っているアリッサちゃんを外へと連れ出した。
庭へは寝室からも直接出られるようにしてもらっている。寝室から出て真っすぐ南に進めばバハティエを一望できる僕と勇者様のお気に入りの絶景スポットに行ける。けれど、今回の行き先は苗木を植えた西側だ。植えた苗木の前にアリッサちゃんを立たせた僕は、泣き腫らした目をした少女と精霊の苗木という芸術的な構図をしばらく楽しませてもらった。
「……無理だと思ってる?」
「ふぁい?」
「ノト君の体の事」
僕は単刀直入に聞いた。
「そ、それは……」
言葉を詰まらせるアリッサちゃんを見ても、僕は何も嫌だとは思わなかった。
「たとえ世界中の人が諦めたって、僕だけはね、期待してるんだ。どちらかと言えば知ってるっていう感覚に近いかな。だって、アリッサちゃんだって、ノト君には期待してたんでしょ?」
「え?」
「魔王討伐を成し遂げた勇者ノト。いくつもの困難を乗り越えたノト君はこの村だけじゃなくて、世界中の人たちの期待に応えてくれた。そんな人だったら、いつの日か僕だけの勇者様として目覚めてくれても、何もおかしくないと思わない?」
勇者様の大ファンのアリッサちゃんはまた泣き出してしまった。
「ご、ごめんなさい」
「ううん。でも、本当にそう思ってるんだ。その日まで、そんなに遠くない気がする」
寝室から物音が聞こえた。何か重たいものが落ちたような音だった。
「……ほらね? ちょっと下手だけど、もう寝返りが打てるようになったみたい」
見ずともわかる寝室の様子を説明すると、アリッサちゃんは慌てて中に戻っていった。僕も走って彼女の後を追いかけた。ちょうど教会でお昼を告げる鐘が鳴らされる時間だった。




