17 アリッサちゃん
今日のヘルプはうら若き少女、アリッサちゃん。5年プラス1年もの間、野風に吹きつけられていた僕と違ってお肌がスベスベしている。僕だってスキンケアはしてるけどね。たまに忘れちゃうけど。まぁ負けますよ、そりゃあ。悔しいけど。
僕たちは勇者様を寝室に連れて行ってベッドに寝かせた。窓に日が差し込むにはまだ時間は早いけれど、外よりも寒いダイニングよりは全然マシな環境だ。施術に入ってもらう前に、僕は妻として磨きに磨いたお小水搾りのテクニックをアリッサちゃんに見せつけた。
「すごい……本当に、お上手になられましたね」
「そりゃあ、もう。毎日やってるからね」
毎晩もっとすごいことだってやっている僕は溢れた自信を顔に出して、取り出したものを捨てるために退室させてもらった。
バハティエには排せつ物を1日以上放置してはならないという厳しい決まりがある。出したものは専用の壺にまとめて入れて寝る前に外に出しておくと、回収係の人が遠くまで捨てに行っているのか何なのか、実はよく知らないんだけど、朝起きるとその壺が新しいものに変えられているという仕組みがとられている。この施策のおかげで流行り病が嘘のように根絶されたらしい。
問題は捨てる時にちょっと恥ずかしいということ。僕の場合、壺自体が重いからずっと外に出しっぱなしにしてる。だから捨てるタイミングで誰かが訪ねてきたりしたら、気まずい思いをすることになる。自業自得だけどね。
寝室に戻るとアリッサちゃんは着替えを済ませていた。彼女は週に2回ほどこの家に来てくれていて、薬品と自分の身体を使って勇者様の肉体に刺激を与えるという、嫉妬深い僕にとっては耐えがたい施術を行ってくれている。その辺りの心情を正直に打ち明けた結果、勇者様の身体に触れる際は上半身を彼女が下半身を僕が担当することになった。それでもやかましい僕の心のざわめきについては夜伽の時に思い切りぶつけさせてもらっているので、これ以上はもう何も言わない。
僕が戻ってきたのを確認したアリッサちゃんは白くてふんわりとした手で勇者様の指先に触れた。
「ほ、本当に……動かした……」
蚊の鳴くような小さな声は感動で震えていた。喜びを分かち合う仲間がまた1人増えた僕は嬉しくなって経過報告をつけ足した。
「そうなんだよ。すごいでしょう? 声も出るようになったんだよ? ノト君、アリッサちゃんが来てくれましたよ?」
「あ……ん?」
勇者様は微かに顔を動かしながら僕の声に応えた。
「ほらね?」
「わぁ……さすがは、勇者様だぁ……」
「アリッサちゃんのおかげだね?」
「そ、そ、そんな……私は、何も……」
「あんまり謙遜すると、僕みたいなバカな女はそのまま受け取っちゃうよ? 昨日も先生に聞かれたんだ。マッサージをちゃんとしてるかって。それって、それだけ重要なことだから言ってきたってことでしょ? だから、僕にマッサージのやり方を教えてくれたアリッサちゃんのおかげ。どうもありがとう」
「は、ふぁい」
アリッサちゃんは顔を真っ赤にして返事をした。僕は微笑みながら将来彼女に僕たち夫婦の養子になってもらうか、子供が苦手な僕の為に乳母になってもらうかで勝手に悩んだ。読み書きができてピュアな女の子なんて最高だ。そのためにはもっとお金を稼がないとならないけど。
「そ、そろそろ、は、始めましょうか」
「うん、お願いします」
会話がひと段落するとアリッサちゃんはいつも通り、とてもいい匂いのするお手製のキャンドルに火を灯した。このキャンドルを使うことによって勇者様の嗅覚を刺激することが目的らしい。
次に彼女はキャンドルの火を勇者様の目の前でゆらゆらと左右に揺さぶった。これもいつもやっていることだけど、何をしているのかはわからない。僕の目にはアリッサちゃんが勇者様の視線の動きを観察しているように見えた。
ここまでの一連の動きを終えたら、いよいよマッサージだ。まずは勇者様の関節という関節を一つずつゆっくりとほぐしていくところから始まる。
「ぜ、全然、固くなっていないし、筋肉も落ちてないですね……これも、精霊様の御加護なんでしょうか……」
「いや。僕が毎日、無理やりにでも動かしているからじゃないかな?」
未だにアンチ精霊様の精神が抜けきっていない僕はその功績を自分のものにしようとした。
「ま、まさか……歩かせる練習なんて、してないですよね?」
飛び抜けて頭がいいアリッサちゃんは今日も僕の考えを見抜いてきた。
「実は考えてはいるんだ。ノト君も僕の言ってることをわかってくれているみたいだし、昨日そのことを先生に相談しようと思ってたんだけど、色々あって忘れちゃった」
僕の言葉を聞いたアリッサちゃんは口を真一文字に結ぶと小さく首を横に振った。
「……人は1週間歩かなかったら、元通り歩けるようになるまでひと月はかかるといわれてます。きちんとした段階を踏んでいかないと危険です」
「ふーん……ノト君でも?」
彼女の話はあくまでも一般的な話。精霊様に選ばれし者の場合はそれに当てはまらないはず。僕は確信をもって彼女に聞いた。
「わ、私の口からは、なにも言えません。せ、責任がありますので。先生もきっと、反対するかと」
「困ったなぁ。じゃあ、内緒でやっちゃおうかな?」
「ぜ、絶対にダメです!! ど、どうしてもとおっしゃられるのであれば、その時は私でもいいので誰か他の人を呼んでください!!」
アリッサちゃんは真剣に怒ってくれた。さすがに折れざるを得なくなったけれど、僕はみっともなく最後のあがきをみせた。
「……ノト君が勝手にやった場合は?」
「どどど、どういう意味ですか?」
「だからぁ、愛する僕を抱きしめたくなったノト君が、自分の意志で病床から立ち上がってきた場合のお話」
「そんなの、聞いたこともないです……でも……あぁ……」
困り果てたアリッサちゃんは両手で顔を覆ってしまった。悲壮感たっぷりの彼女の姿を見ると独特の快感が得られるのは確かなことだけれど、僕はいつだって本気だ。
「今のうちに、床にたくさん藁を敷いといた方がいいかな?」
「……わ、悪くないと思います」
彼女の答えに満足した僕は次なる動きに取り掛かった。




