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僕だけの勇者様  作者: ふるみ あまた


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15/64

15 【共通点】

 

 麦の実る季節は僕が完全に調子に乗っていた時期でもあった。道中、魔物や追い剥ぎなんかに出くわしても勇者様がいればなんのその。魔石も1度だけ見つけた。僕は魔石を浄化した後の勇者様に聖水をかける役目を買って出た。血を流し、苦しんでいる彼を見ているだけなのが耐えられなかったからだ。そうするだけで彼と痛みを分かち合っているつもりになれた。僕はすっかり勇者様の妻気取りでいた。


「ノトくぅ~ん?」

「どうかしたのぉ?」

「僕が呼んだら、名前を呼んでください!!」

「わかったよ、アリー。それで、どしたのぉ?」

「何でもないです」


 僕はその日も特に何か用事があるわけでもないのに大好きな勇者様の名前を呼んで彼を困らせていた。気持ち悪いでしょう? でもこの時の僕は本当にどうしようもなくって、自分中心に物事を考えるダメダメな状態だった。それでも勇者は怒ったりはしなかった。


 聖都を目指していた僕たちは、漁船で湖を渡った後も大きな町に続いていそうな街道は避けて、森の中や山道を突き進んだ。時には脇道どころか獣が通るような道なき道を歩くこともあった。だけどそういった部分に関して嫌だったとか辛かったとかいう記憶は一切ない。勇者様と一緒にいられれば、僕はそれだけで幸せだから。



 この頃になってくると僕はおしゃれを楽しむようになっていた。おしゃれと言っても、その辺の道端で見つけた良い匂いのする草木や果実を集めて身体に擦りつけたりだとか、お風呂に入れなかった日はそれらを火にくべて煙を浴びたりだとか、立ち寄った村でいただいた種油で髪をツヤツヤにしたりだとか、その程度だったけど。


 他には歯磨きなんかも気合いを入れていた。勇者様に顔を近づけてもいい匂いをさせる女でありたかったがために、歯をギシギシに擦ったあとフレディ君のご飯でもあるお花を噛みしめたりしていた。効果のほどは心と態度には出ていたと思う。



「もう夏だねぇ……」


 一面の麦畑を見た勇者様の独り言とも語りかけとも取れない呟きは僕の情緒を刺激してくれた。


 僕はおろか勇者様の背丈まで越えて成長した麦たちは風に揺れてシャワシャワと音を鳴らしていた。麦はどの村でも実はもとより茎の部分まで使われているとても大切な作物だ。茎を乾燥させて作った藁は屋根にしたりだとか、未だにこれを寝床に敷いて使っている集落もあったし、馬のおやつにしているところもあった。



 馬と言えば、ここに来るまでにいくつか廃村も見かけたんだけど、その周辺で野生化した馬を何度か発見したことがあった。馬に乗れば歩くよりも早く聖都に行ける。さすがの僕でもその考えが頭をよぎった。だけど勇者様ってば、そういうところで抜けていた。彼は馬を見つけても『馬だよぉ、アリー。可愛いねぇ?』なんて言って呑気に見物するばかり。今考えると瘴気で苦しんでいた人たちには申し訳ないことをしたなとは思う。だけど当時、そこまで頭が回らなかった僕は全力で勇者様の呑気に乗っかった。恋する乙女だった僕にとっては徒歩でも早すぎる旅だったから。



 麦の穂と空の合間に石造りの屋根の尖った部分が見えた。教会のある集落が畑の先にあるということだ。


「ここは無事みたいだね。行ってみようか」

「はい。もしかしたら、パンが食べられるかもしれませんね?」

「うーん……」


 僕はパンが苦手だけど、一般的にパンは人気食品。良かれと思って発した話題に勇者様はあまりいい反応を見せなかった。ピンときた僕は期待を込めながらもおそるおそる尋ねた。


「もしかして……ノト君、パンが?」

「あんまり……そういうこと言っちゃダメだっていうのは、わかってるんだけどね?」


 勇者様は遠回しに肯定した。苦手な食べ物という共通点を見つけた僕は心を躍らせ、口もよく回るようになった。


「ですよね? 重たいですもんね!? 焼きたてならまだいいんですけど、すぐカチカチになっちゃうし、僕も苦手なんです!! え!? すごい!! 一緒だ、僕と!! 何だ、もう!! 早く言ってくださいよ!!」

「アリーも苦手なの? あはは、でもダメだよぉ。大切な食べ物でそんな……」

「いやいやいや!! いいじゃないですか!! 今は誰もいないんですから!!」


 勝手に勇者様と心の距離を縮めた気でいた僕は見苦しいほどに嬉々とした態度を崩さなかった。


「でも、良かった。アリーもボクと同じで。誰もいないから、思い切って話すね? ずっと心苦しかったから……」

「え?」

「バハティエの教会では、村の子供たちと食事をする催しが月に1度あって」


 愛の告白かと勘違いして身構えていた僕は、鼻息を荒くさせたまま勇者様が突然始めてくれた昔話を聞いた。


「そこではやっぱりパンも出るんだけど、ボクは苦手だから子供たちにあげてたんだ。そしたら子供たちは皆ありがたがって、お礼を言ってくれるんだよね。ボクからしたら苦手な食べ物を押し付けてるだけなのに。なんだか悪いことしてるなぁとは思ってたんだけど、ずっと本当の事が言えなくって……」


 なんとなんと、なんと可愛いことか。こんな可愛い内容の懺悔がこの世にあるだろうか。僕はこの時、彼を一生愛することを心に誓った。もちろん、弱みを見せた獲物の隙を見つけることも怠らなかった。


「ノト君の好きな食べ物、教えてください」

「ボクが好きなのはスープとお粥、それとマメだね」

「わかりました。僕がノト君のお嫁さんになったら、毎日お出ししますね?」

「う……」


 僕が勇者様を完全に落とすまで、あとひと声必要だった。

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