第4話 稲束を担ぎ泥に沈む
大石はその沈み込みを、一つの事実として受け止めた。稲束が左手にぶら下がる。重さが肩から腰へと伝わる。
一歩踏み出す。左足が深く沈む。泥がくるぶしを覆う。
引き抜く。また沈む。足跡が右より明らかに深い。
大石は稲束を担ぎ直す。左肩にずしりと乗る。次は右足から踏み出そうとする。
自然と左足が前に出る。ぐさりと沈み込む。体が傾く。
「……くそ」
歯を食いしばる。左足を引きずり上げる。泥の抵抗が腿に響く。
田んぼの端まであと十歩。一つ一つの足跡が窪みを作る。
左肩の稲束が揺れる。重みが左足へと直撃する。膝が軋む。
彼は歩みを止めない。左足の沈む感触を数える。三歩ごとに深くなる。
やっと端に着く。稲束を積み上げる。左足を引き抜く音が鈍く響く。
足跡の列を見下ろす。右は浅い点線。左は深い穴が連なる。
大石は左足を確認する。泥がびっしりと張り付いている。重たい。
もう一束担ぐ。今度は意識して右足から歩き出す。
二歩目で左足が前に出る。ぐしゃりと沈む。体が覚えている。
左肩の荷がずり落ちそうになる。左手でぐっと押し上げる。
腕の筋肉が悲鳴を上げる。それでも歩く。左足の沈み込みと共に。
稲束を積む。左足を抜く。跡がまた深い。
彼は立ち尽くす。左足の感覚だけが熱を持つ。地に喰い込む己の半身が、確かにそこにいた。左足が稲株の間に深く沈んだ。泥が脛を締め付ける。
大石は腰を折る。長い背中が弧を描く。左手指が落ち穂を摘む。
一本。また一本。穂先が掌に引っかかる。
左足の沈み込みが重心を支える。右足は浮きそうだ。
彼はその姿勢を保つ。腰に鈍痛が走る。背筋が伸びを欲する。
落ち穂は散らばっている。左手で拾い集める。指先が泥をかき分ける。
摘む。握る。籠へ移す。動作が遅い。
隣の畦では少年たちが作業する。両手が器用に動く。
大石は無視する。視線を落ち穂だけに絞る。
左足がじわりと沈む。泥の冷たさが骨に伝わる。
また腰を折る。背骨がきしむ。左手を伸ばす。
稲穂が遠い。体を傾ける。左足に体重がかかる。
ぐさりと沈み込む。膝が泥に埋まる。
「……っ」
歯を噛む。左手で稲で稲穂を掴む。引き抜く。
腰を起こす。左足を引きずり上げる。重たい。
籠に穂を落とす。また前屈みになる。同じ動作の繰り返し。
左足の沈み具合が作業のリズムを刻む。深くなり、浅くなる。
少年たちの籠はもう満杯だ。彼らは立ち上がり、背伸びをする。
大石の籠はまだ半分も埋まらない。左手の動きがもどかしい。
それでも彼は腰を折り続ける。左足の沈み込みを数える。
一本。また一本。落ち穂が消えていく。
左足が地に喰い込み、体を支える。その確かな感触だけが頼りだ。土手の斜面が左足を奪った。体が傾き、鎌が空を斬る。
大石は左膝を折る。足裏で草の根を踏み潰す。ようやく体勢が定まる。
鎌を左手で引き寄せる。草の茎を払う。切れずに滑る。
斜面だからだ。腰が浮く。左足に力を込める。踏み込む。
ぐさりと土が崩れる。足首まで沈む。体が傾くのを止める。
鎌を振る。草がざっくりと音を立てる。一束が揺れる。
左足の踏み込みが深すぎた。抜けない。体をひねる。
鎌を支えに斜面を這い上がる。草が手繰り寄せられる。
再び構える。左足を探る。斜面の角度に合わせて踏み込む。
今度は浅い。体が後ろに引かれる。鎌が土をかすめる。
「……っ」
歯を食いしばる。左足の感覚だけを頼りにする。
踏み込み直す。土が靴の縁を撫でる。ほどよい深さだ。
鎌を水平に引く。草がすっと切れる。断面が白く見える。
一息つく。左足に集中する。斜面でのバランスが剣の構えに似る。
次の一歩。左足を探りながら踏み込む。土の抵抗を計る。
深すぎず、浅すぎず。体が安定する。鎌が草をなでる。
ざっ、ざっ、とリズムが生まれる。左足が刻む。
彼は斜面を登り続ける。一足ごとに踏み込みを確かめる。
左足の感覚が道場の履物を思い出させる。畳の感触。
今は土だ。崩れやすく、不安定な地。
それでも踏み込む。深さを測りながら。鎌を振る。
草が倒れていく。左足の跡だけが深く残る。
大石は振り返る。刈り跡が不揃いだ。左足の踏み込みが乱れている。
しかし、体は覚え始めていた。斜面という地形と、左足という武器を。
もう一度、腰を落とす。左足を土に預ける。ぐっと踏み込む。
地盤が支える。体が前に出る。鎌が草を斬る。
一歩。また一歩。左足が地を穿つ感覚だけが確かだった。 小川の水が鍬の泥を洗い流す。左手で柄を擦る。指の腹に木目のざらりが残る。
水底に沈んだ左足が泥を解き放つ。土色の煙が立ち上る。
鎌の刃を水に浸す。草の汁が渦を巻く。左手でそっと撫でる。
刃の錆びた部分が指に引っかかる。かつて竹刀の疵と同じ感触だ。
「……」
彼は鍬を持ち上げる。水が滴る。柄の擦り傷が白く浮かび上がる。
油壺の蓋を開ける。獣脂の匂いが鼻を衝く。
左手の指に油を取る。鍬の木肌に塗り込む。擦り傷が黒く光る。
同じように鎌の刃にも油を伸ばす。錆びた部分がしっとりと濡れる。
左足を引き上げる。水から現れた皮膚は白く、皺が寄っている。
土の跡が消えない。くるぶしから脛にかけて、まだらに泥色が残る。
右足はきれいだ。浅い流れで洗い落とされた。
大石は左足の跡を見つめる。深く沈んだ証が、皮膚に染み込んでいる。
鍬を逆さに立てる。水気が切れる。鎌も並べる。
左手の掌で油の余りを拭う。擦り傷がじんじんと疼く。
左足の重みだけが、体に残っている。道具はきれいになった。
彼はもう一度、左足を見下ろした。泥の跡が己の軌跡を語る。 左足の草鞋が泥に喰い込んだ。引き抜く音が鈍く重い。
あぜ道の土が右足には浅く、左足だけが深く沈む。歩みが乱れる。
大石は立ち止まる。振り返る。足跡の列が歪んでいる。
右は点のような跡。左は窪みが連なり、泥の底が黒く光る。
「……」
左足に体重をかけてみる。じわりと沈んでいく。地が柔らかい。
右足を替える。沈まない。踏み固められた地盤が突き返す。
鍬を左肩に担ぎ直す。荷重が一層左へと傾く。体が自然と左を向く。
歩き出す。意識して右足から踏み込む。次に左足が前に出る。
ぐさりと深く沈む。泥が草鞋の縁を飲み込む。膝まで響く。
引き抜く。また歩く。同じ繰り返し。左足だけが地に囚われる。
彼は足跡を見つめ続けた。右と左の明らかな差。地が語る事実。
左半身が常に重い。鍬の柄も、稲束も、すべて左へ引き寄せられる。
その引力が今、足跡に現れた。己の体が歪んでいる証だ。
大石は左足を引きずり上げた。
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