表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/15

第4話 稲束を担ぎ泥に沈む

 大石はその沈み込みを、一つの事実として受け止めた。稲束が左手にぶら下がる。重さが肩から腰へと伝わる。


 一歩踏み出す。左足が深く沈む。泥がくるぶしを覆う。


 引き抜く。また沈む。足跡が右より明らかに深い。


 大石は稲束を担ぎ直す。左肩にずしりと乗る。次は右足から踏み出そうとする。


 自然と左足が前に出る。ぐさりと沈み込む。体が傾く。


「……くそ」


 歯を食いしばる。左足を引きずり上げる。泥の抵抗が腿に響く。


 田んぼの端まであと十歩。一つ一つの足跡が窪みを作る。


 左肩の稲束が揺れる。重みが左足へと直撃する。膝が軋む。


 彼は歩みを止めない。左足の沈む感触を数える。三歩ごとに深くなる。


 やっと端に着く。稲束を積み上げる。左足を引き抜く音が鈍く響く。


 足跡の列を見下ろす。右は浅い点線。左は深い穴が連なる。


 大石は左足を確認する。泥がびっしりと張り付いている。重たい。


 もう一束担ぐ。今度は意識して右足から歩き出す。


 二歩目で左足が前に出る。ぐしゃりと沈む。体が覚えている。


 左肩の荷がずり落ちそうになる。左手でぐっと押し上げる。


 腕の筋肉が悲鳴を上げる。それでも歩く。左足の沈み込みと共に。


 稲束を積む。左足を抜く。跡がまた深い。


 彼は立ち尽くす。左足の感覚だけが熱を持つ。地に喰い込む己の半身が、確かにそこにいた。左足が稲株の間に深く沈んだ。泥が脛を締め付ける。


 大石は腰を折る。長い背中が弧を描く。左手指が落ち穂を摘む。


 一本。また一本。穂先が掌に引っかかる。


 左足の沈み込みが重心を支える。右足は浮きそうだ。


 彼はその姿勢を保つ。腰に鈍痛が走る。背筋が伸びを欲する。


 落ち穂は散らばっている。左手で拾い集める。指先が泥をかき分ける。


 摘む。握る。籠へ移す。動作が遅い。


 隣の畦では少年たちが作業する。両手が器用に動く。


 大石は無視する。視線を落ち穂だけに絞る。


 左足がじわりと沈む。泥の冷たさが骨に伝わる。


 また腰を折る。背骨がきしむ。左手を伸ばす。


 稲穂が遠い。体を傾ける。左足に体重がかかる。


 ぐさりと沈み込む。膝が泥に埋まる。


「……っ」


 歯を噛む。左手で稲で稲穂を掴む。引き抜く。


 腰を起こす。左足を引きずり上げる。重たい。


 籠に穂を落とす。また前屈みになる。同じ動作の繰り返し。


 左足の沈み具合が作業のリズムを刻む。深くなり、浅くなる。


 少年たちの籠はもう満杯だ。彼らは立ち上がり、背伸びをする。


 大石の籠はまだ半分も埋まらない。左手の動きがもどかしい。


 それでも彼は腰を折り続ける。左足の沈み込みを数える。


 一本。また一本。落ち穂が消えていく。


 左足が地に喰い込み、体を支える。その確かな感触だけが頼りだ。土手の斜面が左足を奪った。体が傾き、鎌が空を斬る。


 大石は左膝を折る。足裏で草の根を踏み潰す。ようやく体勢が定まる。


 鎌を左手で引き寄せる。草の茎を払う。切れずに滑る。


 斜面だからだ。腰が浮く。左足に力を込める。踏み込む。


 ぐさりと土が崩れる。足首まで沈む。体が傾くのを止める。


 鎌を振る。草がざっくりと音を立てる。一束が揺れる。


 左足の踏み込みが深すぎた。抜けない。体をひねる。


 鎌を支えに斜面を這い上がる。草が手繰り寄せられる。


 再び構える。左足を探る。斜面の角度に合わせて踏み込む。


 今度は浅い。体が後ろに引かれる。鎌が土をかすめる。


「……っ」


 歯を食いしばる。左足の感覚だけを頼りにする。


 踏み込み直す。土が靴の縁を撫でる。ほどよい深さだ。


 鎌を水平に引く。草がすっと切れる。断面が白く見える。


 一息つく。左足に集中する。斜面でのバランスが剣の構えに似る。


 次の一歩。左足を探りながら踏み込む。土の抵抗を計る。


 深すぎず、浅すぎず。体が安定する。鎌が草をなでる。


 ざっ、ざっ、とリズムが生まれる。左足が刻む。


 彼は斜面を登り続ける。一足ごとに踏み込みを確かめる。


 左足の感覚が道場の履物を思い出させる。畳の感触。


 今は土だ。崩れやすく、不安定な地。


 それでも踏み込む。深さを測りながら。鎌を振る。


 草が倒れていく。左足の跡だけが深く残る。


 大石は振り返る。刈り跡が不揃いだ。左足の踏み込みが乱れている。


 しかし、体は覚え始めていた。斜面という地形と、左足という武器を。


 もう一度、腰を落とす。左足を土に預ける。ぐっと踏み込む。


 地盤が支える。体が前に出る。鎌が草を斬る。


 一歩。また一歩。左足が地を穿つ感覚だけが確かだった。 小川の水が鍬の泥を洗い流す。左手で柄を擦る。指の腹に木目のざらりが残る。


 水底に沈んだ左足が泥を解き放つ。土色の煙が立ち上る。


 鎌の刃を水に浸す。草の汁が渦を巻く。左手でそっと撫でる。


 刃の錆びた部分が指に引っかかる。かつて竹刀の疵と同じ感触だ。


「……」


 彼は鍬を持ち上げる。水が滴る。柄の擦り傷が白く浮かび上がる。


 油壺の蓋を開ける。獣脂の匂いが鼻を衝く。


 左手の指に油を取る。鍬の木肌に塗り込む。擦り傷が黒く光る。


 同じように鎌の刃にも油を伸ばす。錆びた部分がしっとりと濡れる。


 左足を引き上げる。水から現れた皮膚は白く、皺が寄っている。


 土の跡が消えない。くるぶしから脛にかけて、まだらに泥色が残る。


 右足はきれいだ。浅い流れで洗い落とされた。


 大石は左足の跡を見つめる。深く沈んだ証が、皮膚に染み込んでいる。


 鍬を逆さに立てる。水気が切れる。鎌も並べる。


 左手の掌で油の余りを拭う。擦り傷がじんじんと疼く。


 左足の重みだけが、体に残っている。道具はきれいになった。


 彼はもう一度、左足を見下ろした。泥の跡が己の軌跡を語る。 左足の草鞋が泥に喰い込んだ。引き抜く音が鈍く重い。


 あぜ道の土が右足には浅く、左足だけが深く沈む。歩みが乱れる。


 大石は立ち止まる。振り返る。足跡の列が歪んでいる。


 右は点のような跡。左は窪みが連なり、泥の底が黒く光る。


「……」


 左足に体重をかけてみる。じわりと沈んでいく。地が柔らかい。


 右足を替える。沈まない。踏み固められた地盤が突き返す。


 鍬を左肩に担ぎ直す。荷重が一層左へと傾く。体が自然と左を向く。


 歩き出す。意識して右足から踏み込む。次に左足が前に出る。


 ぐさりと深く沈む。泥が草鞋の縁を飲み込む。膝まで響く。


 引き抜く。また歩く。同じ繰り返し。左足だけが地に囚われる。


 彼は足跡を見つめ続けた。右と左の明らかな差。地が語る事実。


 左半身が常に重い。鍬の柄も、稲束も、すべて左へ引き寄せられる。


 その引力が今、足跡に現れた。己の体が歪んでいる証だ。


 大石は左足を引きずり上げた。

感想・誤字報告も歓迎です。

少しでも楽しんでいただけたら、ブックマークして続きを追っていただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ