1話 鋭利なる羽根
『レド...レド...レド...レド...』
まだ静かな森の早朝に、その鳴き声が響いていた。
「そろそろ近づいてきたと思うんだが...」
一人の男がそう呟いた。彼、リディス・コバルトがこの森に訪れるのは初めてではない。それどころか毎週のように通っている。
目的はただ一つ。モンスターの密猟だ。
鳴き声を追っていくと、リディスは一度立ち止まり、地面に落ちていた羽根を拾い上げた。
「ここまで来ればかなり近いな」
拾い上げられた松葉色の羽根は、朝日に照らされ美しく輝いている。硬く鋭い羽根の側面は、容易に切れ味が想像できる。
肩にかけた鞄から、小さな革の切れ端を取り出し、羽根に巻いた。これが刃の鞘となってくれる。
『レド…レド…レド………』
鳴き声が止み、森は静まった。その場で立ち止まり、注意深く周囲を観察する。
枝葉の擦れる音がした。
その音に気づき、振り返る頃にはジャラジャラという羽根の音が、冷たく響いていた。
茂みから姿を現したのは、ケントロヴェラヴ。カミソリのような鋭い羽根に覆われている5m程度のワイバーンだ。
無数の羽根が密集する、首を震わせて威嚇を行う。羽根1本で20ドガ。全て集めればかなりの大金となる。
ゆっくりと歩みを進めるケントロヴェラヴを横目に、リディスは樹木に義手を構えた。
[パシュッ!]
義手の甲から射出されたワイヤーが幹を貫く。
幹の中で展開されたフックは、木の内部を大きく傷つけ、樹皮が決壊した。
バケツをひっくり返したような大量の樹液が頭上から振り注ぐと、ケントロヴェラヴの鋭い羽根は、樹液の粘度に負けてしまった。身体にくっつき、無力化された羽根で身を守ることはできない。
それでも、暴れられれば少なからず羽根はこちらへ飛んでくる。リディスは自身の服が鋭く切れ、血が滲んでいることに少しして気づいた。
「本来はこんな扱いを受ける相手じゃないんだが、刃物は刃毀れ羽根はバラバラ。このくらいしか思いつかなくてな」
リディスは軽く言い放つと、ケントロヴェラヴの頭に布を被せた。布を被せられたからか、大人しくなったケントロヴェラヴは獣車の荷台に乗せられた。
少し大きな車箱に入れられてしまえば、外からは何もわからない。
リディスは実に半年ぶりに、街の通りを出歩いた。検問は非常にザックリしているため、容易に突破できる。モンスターから街を守ることに専念しすぎた結果だ。そうは言っても目立ちたくはないため、リディスは人の少ない通りを進むことにした。
道の奥から、怒鳴り声と泣き声が聞こえる。
「や、やめてぇ...」
人の少ないところほど、治安は悪い。道の端で、いかにも偉そうな男たちが、一人の少女を一方的に痛めつけていた。
例えリディスが密猟だとか密売だとか。そんなことばかりしていても、人が痛めつけられる姿を見て楽しめるなんてことは決して無い。
「このまま通り過ぎるわけにもな...」
その呟きに、男達5人が反応した。
「おい、何見てんだ?告げ口したら殺すぞ」
「っていうか、言われる前に殺せばいいんじゃねぇーのー?」
数人のうち1人が短刀を持ち、ゆっくりと近づいてくる。
リディスは鞄から数本の羽を引き抜いた。
「俺にだって攻撃手段くらいあるぞ。死にたくなければ相手をあまり侮るな。」
「それはお前にも言えるだろうが!」
男は突如短刀を振り下ろした。引き抜いた羽根で何とか防いだが、5本の羽根は割れてしまった。いくら脆いとは言え素人の攻撃で壊れるような代物ではない。第一、リディスはそんな使い方をしていない。
とは言え、あの羽根との鍔迫り合いだ。もはや刃物とは言えない程刃毀れしているだろう。
相手が短刀の状態に目を疑っている隙に、羽根を鞄から引き抜くと、素早く相手に向けて放った。
ケントロヴェラヴの羽根は一級品。鉄の刃物とは切れ味が違う。投げた羽根は男の胸部を貫通し、レンガの壁に突き刺さった。
相手は人間。胸部を刃物が貫通すれば、基本的には死んでしまう。彼も地面に倒れ込んでしまった。男達はざわついている。人が死ぬ瞬間を見たことがなかったのか。相手を侮っていたのか。
男達は恐る恐るその場を後にした。
「羽根を5枚も折られちまった。俺も人のこと言えねぇのかもなぁ.. . 」
「うぇ...マジで殺しちゃうんだ...」
振り返ると、さっきまで痛めつけられていた少女がいた。少女を見ると手首に十字の焼印が施されている。これは重罪人を意味している。数年前に導入された、比較的新しい制度だ。
「えっと、助けていただきありがとうございます...?」
金色の美しい目と髪は、罪人である事を信じられなくしてしまう程のものだった。
「えっと、カーラ・パイライトって言います。まぁ、どうせすぐ死んじゃうんでしょうけど。私別に大したことしてないのに!一体どうすればいいんですかぁ!!」
カーラは初対面とは思えない態度で泣きついて来た。命という名の借りがある以上、ここで見放すのはあまりにも勿体ない。それに、これも何かの縁だろう。
「なぁ、カーラ」
「はぃ?」
「法のない場所って知ってるか?」
リディスはカーラに軽く問いかけた。
ヴェラヴ...尾が発達したワイバーンの科。様々な地域で独自の進化を遂げており、ケントロヴェラヴは比較的原始的な種とされている。




