2話 奇獣店への道
「法のない場所…?」
一瞬疑わしい表情になったが、次第にそれは関心へと変化していった。
「中々面白そうな話ですね。まぁ、危険なことには変わりないと思いますが…」
「もう少し怖がると思ってたんだがな…」
リディスは少し残念に思いながらも、黒市の説明を始めた。
「黒市場。人間社会から追いやられた種族達が築き上げた最後の砦であると同時に、国境を越えて地下広がる世界最大の闇市場だ」
「黒市場…カッコいい響きですね」
リディスはカーラを獣車に乗せて、廃墟が立ち並ぶ地域を進んでいた。ここは過去にモンスターの侵入によって放棄されている区域。少なくとも人間はここに近づこうとは思わない。
「ここから黒市に入れるぞ」
リディスは石造りの下水道を指差した。地面には瓦礫が散乱しており、隙間からは鳴ヶ虫の幼虫が顔を出している。
「下水道の中なんですか?それに地面に気味の悪い虫が...」
「鳴ヶ虫か?強酸性の水域を好む奇蟲の一種だ。人が住める地域にはまず居ないな」
リディスは獣車から降りると、瓦礫の中から少し大きめの船を引きずり出して下水道に押し出した。獣車の固定を外し、700キロの巨体が入った車箱を船に滑らせた。
「強酸性の下水道だ。死にたくないなら落ちるなよ」
そう言い放ち、リディスは船に乗り込んだ。足元がおぼつかない中、カーラも何とか乗り込むことが出来たようだ。
この船は簡易的なモーターが推進力らしく、緻密に設計された歪な穴に購入した魔鉱石をはめ込めばモーターは動き出す。
壁が見えないほど暗い下水道には、強い腐卵臭が漂っている。
下水道を進んでいくと、淡い灯りが見えてきた。うっすら見える曲がり角を左に抜けると、そこには目を疑うような、賑やかな市場が存在した。
「ここが黒市場だ。案外悪くない場所だろ?」
賑やかな黒市を見て、カーラは目を見開いた。
「てっきり薄汚い場所かと思っていましたが…寧ろ美しさまで感じますね」
黒石で統一された冷たく重々しい建物を、ランタンの灯りが温かく照らしていた。建物の隙間を縫うようにして、それぞれの店を表す旗がかかげられている。
そんな光景に見惚れていたカーラに、リディスが声をかけた。
「さて、俺は何故お前をここに連れてきたと思う?」
「リディスさんの仕事の手伝いとかですかね?」
カーラは当然のように答えた。
「行く当ても無いので、寧ろありがたいくらいです。自分で言うのもアレですが、結構器用な方なので、ほとんどの仕事はできると思いますよ」
下水道の先には船舶昇降機があった。滝のように流れる水とともに、船はゆっくりと降下していく。
少しすると、同じような市場が見えた。市場そのものが層のように重なっているように見える。
「ここが4階層。俺の店がある場所だ。念のため言っておくが、知らない種族には気をつけろよ」
さらに黒くなった水が、静かに流れている。少しした先で船は停泊した。船から降りると、リディスは大きな車箱を鎖で固定し、錆びた滑車で巻き上げた。
大きな台車に車箱を乗せ、古びた建物を通り過ぎて行く。似たり寄ったりの建物の中、1軒だけ白黒の旗が掲げられている。
「ここが俺達の店。奇獣店アンノウンだ。そこそこ広いだろ?」
カーラは軽く疑問符を浮かべたように呟いた。
「奇獣店…?」
「生きたモンスターを捕獲して売り捌く。それが俺達の仕事だ」
「それってかなりヤバいんじゃ...?」
「ハイリスク・ハイリターンって事だな」
店に入ると、奇妙な値札が並んでいた。
[タッツェルブルム 130ドガ]
[超希少 スフォンク 幼体 570ドガ]
[チバ・フー・フィー 16ドガ]
「これがモンスターですかね?」
カーラの疑問を嘲笑するかのようにリディスは答えた。
「モンスターと言うには取るに足らない存在だな。エキゾチックアニマル?とか言う類いの小遣い稼ぎだ」
「小遣い稼ぎって値段じゃないですけど…?」
「多くの需要に対してこれが唯一の供給だ。この高値でも買うやつは多い」
店に並ぶ商品を一通り見せた頃、バックヤードから何者かが現れた。
「空腹〜…」
白髪と、左右対称の赤いメッシュ。緋色の眼は何処か恐怖を感じさせる。その髪と眼を見た瞬間、カーラの顔が青ざめた。
「その腕、もしかして地上の罪人かな?」
震えるカーラの目には涙が浮かんでいる。
「これはちょっと……助けてぇ…」
恐れるのは当然のことだ。なにせ、その外見は誰がどう見ても[グール]そのものである。
「ねぇリディス。この人何?地上の奴がそう簡単に来れるとは思わないんだけど…?」
その人物の問いかけに対して、リディスは淡々と答えた。
「コイツは地上で拾ってきた。もう少し金になりそうなやつを狙いたかったからな。実力は知らないが、使えないことはないだろ?餌じゃないから殺すなよ」
少し考える様子を見せると、軽く頷いた。
「ん〜。なるほど。一応分かった」
予想外の返答にカーラは驚いたが、同時に安堵の表情を浮かべた。
「私のことは殺さないんですね?」
「金になるなら殺す意味もないしね。その焼印が目立つ分、地上の方が危なかったするんじゃない?」
「そうなんですかね…?まぁ、頑張ります…」
それでもカーラは怯えていた。
グール...この世界で最も一般的な人喰い種族。悲しみや恐怖心、共感性等が人為的とも思えるほど欠如しており、高い身体能力と再生能力を保有する。人間を食べる必要は特にない。




