表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【全62話完結済み】幼なじみと異世界転移したら俺だけ禁忌の闇属性だった——だけど、この力の代償を俺はまだ知らない  作者: 夕凪航


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/37

王女

 俺は誰よりも早く訓練場にいた。朝食前の一時間。この時間だけは、訓練場を独り占めできる。

 木剣を振る。まめが潰れた手のひらに布を巻いて、その上から握る。痛い。でも振る。

 昨日セリア先輩に直された構えを、体に叩き込む。足の幅。腰の高さ。手首の角度。一つずつ確認しながら、ゆっくり振る。

 十回。二十回。三十回——


「邪魔よ」


 声が降ってきた。

 振り返ると、金髪の少女が訓練場の入り口に立っていた。

 リーシャ。王女。国王の娘。

 初日に玉座の間で見た少女。食堂でいつも一人で食べている少女。今は訓練着に着替えていて、腰に剣を帯びている。本物の剣。木剣じゃない。

「ここは私の訓練場所よ。毎朝この時間に使っているの」

 冷たい声。見下ろすような目。王女の目だ。

「……先に来てたの、俺なんですけど」

「だから退いてと言っているの」

「一緒に使えばいいじゃないですか。広いんだし」

 リーシャの目がわずかに見開かれた。たぶん、口答えされると思っていなかったんだろう。王女に逆らう人間は少ない。

「……あなた、ランク外の転移者ね」

「はい」

「ランク外が、朝から何をしているの」

「素振りです。何もないので、振ることしかできないんで」

 リーシャが俺を見た。数秒。品定めするような、でも少しだけ違う目。

 不意に、剣を抜いた。

 銀色の刃が朝日を反射して光った。

「なら、退いてもらうわ。実力で」

 構えが変わった。空気が張り詰める。訓練場の空気が、一瞬で冷えた。

「……模擬戦?」

「嫌なら逃げなさい」

 逃げるという選択肢は、俺の中になかった。

 木剣を構えた。


    ◇


 リーシャは——強かった。

 最初の一撃で分かった。Cランク相当。ディオンと同じか、それ以上。剣の軌道が鋭い。速い。重い。

 木剣で受けた瞬間、腕がしびれた。一合目で弾き飛ばされかけた。

 二合目。横薙ぎ。見えた。体を反らして避ける。

 三合目。突き。来る。左に跳んで躱す。

 四合目。上段。——間に合わない。木剣を上げて受ける。衝撃で膝が折れそうになる。

「なぜ」

 リーシャの声に、苛立ちが混じった。

「なぜ避けられるの。あなた、ランク外でしょう」

「分からない。体が勝手に——」

 嘘じゃない。本当に分からない。リーシャの剣が来る前に、体が動いている。どこに来るか、何となく分かる。理由は説明できない。ただ——見えるのだ。剣の軌道が。

 五合目。六合目。七合目。

 一発も当てられない。ワタルの木剣はリーシャに届かない。力も速さも足りない。でも——当たらない。リーシャの剣が、俺に当たらない。

 八合目。

 リーシャが踏み込んだ。今までと違う速度。フェイントを混ぜた二段攻撃。

 一段目は避けた。二段目が——肩を掠めた。

 木剣が手から弾け飛んだ。

 石畳に膝をつく。肩が痛い。勝負は一瞬で決まった。

 でも——八合。ランク外が、Cランク相当の王女と八合打ち合った。

 リーシャが剣を下ろした。息が少し上がっている。

「……名前は」

「ワタル」

「覚えておくわ」

 それだけ言って、背を向けた。訓練場の反対側に行き、一人で素振りを始めた。

 俺は木剣を拾って、立ち上がった。膝が笑っている。肩が熱い。

 でも——悪くない気分だった。


    ◇


 その日の昼。食堂で、リクトが眼鏡を光らせていた。

「ワタルさん、今朝のことですが」

「……見てたのか」

「偶然通りかかっただけです。ですが興味深いデータが取れました」

 リクトがノートを広げた。あいつ、いつ書いたんだ。

「あなたの反応速度は通常の人間の範囲を超えています。魔力が測定不能であるにも関わらず、Cランク相当の攻撃を8回避けた。これは偶然では説明できません」

「つまり?」

「あなたの中に、測定器では検知できない何かがある。それが反応速度に影響している可能性があります」

 右手を見た。あの夜の黒い光。測定器が壊れた時の反応。

「僕はデータを集め続けます。いつか必ず、答えに辿り着きます」

 リクトの目が真剣だった。こいつがこの目をしている時は、本気だ。

「……頼むよ、リクト」

「任せてください」

 フタバが横からリクトのノートを覗き込んだ。

「なになに? ワタル先輩が王女様とバトルしたって?」

「バトルじゃないよ。模擬戦。つーか負けたし」

「でも8回避けたんでしょ? すごいじゃん!」

 フタバが目をキラキラさせた。こいつの「すごい」のハードルは優しい。でも、今はそれが嬉しかった。

「ハルカ先輩も見てたよね。窓から」

「え」

 フタバの言葉で、テーブルの向こうのハルカを見た。

 ハルカが一瞬、目を逸らした。

「……ちょっとだけ」

「見てたのか」

「たまたま起きたら、窓の外で誰かが剣を振ってたから」

 ハルカが笑った。いつもの穏やかな笑顔。でも、ほんの少しだけ——何かが混じっている気がした。

「ワタルはいつも誰かの前に立つね」

「……そうか?」

「うん。昔からそう。フタバちゃんが泣いてた時も。転移した時も。今朝も」

 ハルカが俺を見た。真っ直ぐに。

「——それが、好きなんだけど」

 最後の一言が、ものすごく小さかった。聞こえたのか聞こえなかったのか、微妙なライン。

「え、何?」

「なんでもない」

 ハルカがスープに口をつけた。耳が少し赤い。

 フタバがにやにやしている。リクトは我関せずでノートに何か書いている。ユウスケは隣で黙々と食べている。三杯目のスープに手を伸ばしていた。


    ◇


 ——一方。

 食堂の窓際の席。

 リーシャは一人で食事をしていた。いつもと同じ席。いつもと同じ距離。誰も隣に座らない。

 目の前にスープとパン。銀のスプーンでスープを掬い、口に運ぶ。美味しいはずだ。でも、味がしない。いつからか、食堂の料理の味が分からなくなっていた。

 周囲の笑い声が聞こえる。友達同士で騒いでいる。肩を組んでいる。食べ物を分け合っている。

 ——私には、そういうものがない。

 王女。その称号が、壁になっている。誰も対等に接してくれない。「王女殿下」と呼ばれ、道を開けられ、頭を下げられる。誰も怒らない。誰も笑わない。誰も——ぶつかってこない。

 今朝の転移者は、違った。

 「先に来てたの俺なんですけど」。

 あの言い方。王女に向かって。普通なら不敬だ。処罰されてもおかしくない。

 なのに——腹が立たなかった。

 むしろ。

 むしろ、少しだけ。

 ……嬉しかった。

 認めたくはない。でも。

 あの男——ワタル。ランク外。才能もない。魔力もない。何もないくせに、8回も避けた。

 そして、退かなかった。

 王女に退けと言われても、退かなかった。

 それが——

 スープが、少しだけ味がした。

 スプーンを置いた。窓の外を見た。訓練場が見える。朝、あの男が木剣を振っていた場所。

「……ワタル、か」

 小さく呟いた。自分でも驚くほど自然に、名前が出た。

 ——何を考えているの、私は。

 スープの残りを飲み干した。味がした。今日は——味がした。


    ◇


 夜。寮の自室。

 ベッドに横になって、天井を見ている。

 リーシャのことを考えていた。

 あの目。戦っている時の鋭い目。でも、剣を収めた後の目は違った。

 寂しそうだった。

 強いのに、寂しそうだった。王女で、Cランクで、誰よりも剣が上手くて。でも、食堂ではいつも一人で——

 あの目を、俺は知っている。

 昔、フタバが丘の上の木の下で泣いていた時と同じ目だ。

 独りぼっちの目。

 誰かに見つけてほしいのに、誰も来ない時の目。

 ——あの時、俺はフタバに声をかけた。「大丈夫だよ」って。

 リーシャに、同じことができるだろうか。ランク外の俺が、王女に。


 答えは出なかった。でも、胸の奥に小さな棘が刺さったまま——眠りについた。


 王女は強かった。

 でも、どこか寂しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ